39 困った 

2010.4


 困った。欲しい物がなくなってしまった。

 今まで欲望の赴くままに、あれも買いたい、これも買いたいと、新製品が出るたびに狂ったように買いあさってきた。そうした物欲を満たすためには、正規の働きではとうてい間に合わないから、様々な別の仕事をして稼ぎもしてきた。

 3月の給料が最後の「ちゃんとした給料」となり、ああこれからは、もうこんなにもらえないのだと(といっても、果たして「こんなに」と形容してよいものかどうかためらわれるほどの給料ではあるのだが)ため息ついた。

 少なくとも4月からは、今までのように給料の中からお小遣いをもらうということはできなくなったわけで、そうなると自分の小遣いは自分で給料以外から稼ぐしかない。といって、もうこれ以上の「他の仕事」ができるものなのかどうか心許ない。心配だ。どうしよう。そう考えているうちに、ふと、今さしあたって買いたいものがないという事実に気付いたのだ。

 物心ついたころから、あれ買ってこれ買ってで、ぼくの人生の大半は費やされてきた。またそうせざるを得ないほど新製品はいつも驚きと輝きに満ちていた。趣味も次から次へと生まれてきた。

 ああ、それなのに、それなのに。今はもう欲しいものが思いつかない。買いたい衝動が消えてしまった。これを精神のデフレ状態というのだろうか。

 今までぼくを熱狂させてきたもの。それはビデオ及びビデオカメラ、富士通のワープロ、アップルのパソコン、デジタルカメラ、大型プラズマテレビとブルーレイディスクレコーダー、iPodなどなどだ。

 「おれさあ、困っちゃったよ、欲しいものがなくなっちゃっんだ。」と、同僚でかつ同級生の男に嘆いたら、「だって、ヤマモトは、もう全部買っちゃったじゃないか。当然だろ。」ときっぱりと言われてしまった。そう言われれば一言もない。後先かまわず何でもホイホイと買ってしまうぼくとは違って、何事につけても慎重な彼にしてみれば、ぼくなどは「呆れたはてた道楽者」に他なるまい。

 しかし、それはそうなのだとしても、今まで消費社会の申し子のように、消費生活にどっぷり漬かってきたぼくにしてみれば、「欲しいものがない」という事態は「生きていても仕方がない」という事態にも等しいとも思われてくる始末で、さすがにこうなってくると、生き方そのものの反省を強いられるはめに陥ってきたようだ。

 これからは「消費生活からの脱却」を目指すのだろうか……。ああ困った。


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