36 教師たちの夜

2010.3


 勤務校では、学年末に、その年の退職教職員の歓送会を兼ねたパーティが箱根のホテルで行われる。もちろん、パーティは夜だから、希望者はそのままそのホテルに宿泊することができる。温泉に入って、食事をして、酒を飲んで、一年の労をお互いにねぎらうという誠に結構な会である。

 これも、ぼくが勤務し始めた頃は近場の会場で行われ、宿泊は伴わなかった。それで、車で来た人は飲めないし、何だかせわしなかった。どうせなら温泉にでも行きたいなあ、そうすれば車も関係なくゆっくり飲めるし、一泊してゆっくり語り合うのも悪くない、そう思ったぼくは、その会の世話人になったときに、「温泉で一泊」を校長に提案した。どうせだめだろうと思っていた提案だったが、あっさり通ってしまった。ケチな学校なのに、珍しくふとっぱらだと感動したものだった。

 それがその後すっかり定着し、現在に至るというわけで、実はぼくはこの会に関しては隠れた功労者であるのだ。

 教師が酒を飲んで話し込むと、無意味なほどに熱くなるもので、最初のうちは徹夜も辞さずといった勢いで、話し込んだものだ。10畳ぐらいの部屋に、30名ぐらいの人間がすし詰めになって、あちらこちらで話の花が咲くのを眺めているだけでも楽しかった。

 そのうちだんだんと歳をとってくると、熱い話も面倒になり、ホテルにも必ずカラオケルームが設置されるようになったのをきっかけに、とにかく二次会はカラオケと決め、カラオケルームを予約してなかったらオレは行かないなどと勝手なことをほざく始末となった。

 今年もとにかくカラオケだけを楽しみに出かけたのだが、英語の外国人教師が英語で『スイートキャロライン』なんかを歌うものだから、ノリにノッた。おまけに、一人の若い外国人教師が北島三郎のファンだったりして、ぼくでさえ知らない『石狩川よ』などという歌を歌うものだから、大いに気をよくして、彼のために『風雪流れ旅』を歌ったら、「コノ歌ヲ聞イテ、サブチャンガ、好キニナッタンデス。感動シマシタ。」などと褒められ、更に気をよくして「よし、今度は、あなたに小節の歌い方をじっくり教えて進ぜよう。」などとすっかり師匠気取りになってしまったのだった。

 ところがその夜、平均年齢が60歳を遙かに超えるぼくの寝室では、イビキともウメキともつかぬ怪音の大合唱とトイレを流す音に、一睡もできずに夜明けを迎えたのだった。来年は、1泊はやめようかなあ。


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