34 逃げた馬は帰ってくるか
2010.3
この3月4日、専任教諭としての最後の授業を行った。その授業風景。
教材は漢文の『塞翁が馬』。人生というのは一寸先は闇だ。幸せが禍を呼び、禍が幸せを呼ぶ。だから幸せな時も有頂天になるな、不幸が襲っても絶望するな、という人生訓として有名な話だ。
中国の北の方に占い師の老人がいた。この老人の持ち馬が逃げて胡(異民族)の国に入ってしまった。さあ大変。ただでさえ砦を作って胡人の侵入に備えているのだから、そっちへ馬を探しに行くなんて危険でできない。近所の人がお見舞いに来た。
今で言えば、1000万で買ったばかりのベンツが盗難にあったようなもんだね。近所の人は、内心「ざまあみろ。」なんて思ってるかもしれないけど、いちおう「大変でしたねえ。」ぐらいは言うよね。
しかしそのジイサンは言うのだ。「いやいや、これはきっと良いことが起こる前兆ですぞ。」さすが占い師だね。すると、どうだ。逃げた馬が胡の駿馬、つまりすばらしい馬を連れて帰ってきた。逃げたのが雄なら雌を連れて。雌なら雄だ。だって、その後に、その家では馬が増えたって書いてあるからね。
これはいいよなあ。盗まれたベンツがBMを連れて帰ってくるなんてことはないもんね。まして、そのうちアウディが生まれましたなんてことは絶対ないもん。
こういう変なことを思いつくと、どうしても言ってしまうタチで、生徒は笑う者と、馬鹿言ってらあと呆れ顔な者とに分かれる。中3ともなれば、いつまでもぼくの馬鹿話につき合っていられなくなるのも道理である。
しかしこの後、このジイサンの子どもが、馬が増えたがために乗馬に凝り、そのため落馬して足の骨を折り、そのため胡と戦争になってもビッコだったので兵役を免れ、親子ともに長生きしましたと続くこの話の中で、ひときわ意外性があって面白いのは、逃げた馬が彼女(彼)を連れて帰ってくるという所である。骨折や兵役免除の話は、すぐに予想がつく。車の免許をとるという事は、事故を起こす可能性を引き受けたという事だ。兵役免除は、戦時中でもよくあったことだ。
逃げた馬が彼女(彼)を連れて帰ってきて、更にその間に子どもが続々生まれてしまうなんて、なんて素敵なことだろう。ぼくらの人生にもこんな展開があるとしたら、それはいったいどういうことなのだろうと考えるだけでワクワクする。
こんなふうに考えるとき、この話は単なる人生訓ではなく、楽しい小説になるのだ。