30 縦結びになってしまう

2010.2


 ぼくには苦手なことがたくさんある。

 中でも全くできないのが、泳ぐことと飛行機に乗ることだ。泳ぐのはまあ運動能力だろうから珍しくないとして、飛行機に乗るというのは能力の問題ではなくて多分意志の問題だろうから、できないというより、やる気がないと言うべきなのかもしれないが、とにかく還暦を過ぎてなお一度も飛行機に乗ったことがない。まことに地に足のついた生活をしてきたわけである。

 ジェットコースターの類もまったくダメで、一度も経験がない。観覧車も小学生の頃に乗って死ぬほど怖い思いをして以来、一度も乗ったことはない。飛行機嫌いというのも、どうやらこのあたりの延長線上にあるようだ。ジェットコースターに乗れない奴が飛行機に乗れるはずがないではないか。

 全くできないというわけではないが、極端に苦手なのは記憶に関することで、まず人の名前が覚えられない。これはやはり教師としては致命的な欠陥だが、それでも定年までなんとかやってこれたのが不思議である。

 それなら顔を覚えるのが得意かというとそうでもない。最近では松嶋菜々子と竹内結子の区別がつかなくて困っている。そこへ松たか子が紛れ込んでくることもある。

 名前や顔はまだいいほうだ。大の苦手は数字である。これについては以前に書いたから省略。

 その数字以上に苦手なのが、紐を結ぶことである。今まで何百回と家内に教えてもらってきたのだが、いまだに「縦結び」になってしまう。雑誌を捨てるために紐で束ねるときなど、その都度間違える。その度に「たてむすび」に必ずなってしまい、脇で見ている家内に「どうしてそこをそうしちゃうのよ! そこからそっちへ回しちゃうからおかしくなるんじゃないの!」と叱責されるはめになる。その度に自己嫌悪に苛まれる。

 一本の紐を、あっちへ回したり、こっちへ持ってきたりという順番がどうしても覚えられない。しかも数字が覚えられない。そうなるともう手編みなどというものは、ぼくにとっては気の遠くなるような高度な技術に思えてくる。手芸などのテレビ番組は好きでときどき見るのだが、「ここで13目編みまして、こんどは1目おきにこのようにして編んでいきます。」などとこともなげに言いながらすいすい編んでいく講師を見ると、不思議な人だなあと感嘆してしまう。

 それは空港でどこにも恐怖心で顔をこわばらせている人のいない映像を見て感じる「不思議さ」と同質のものなのである。

 


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