2 無知をさらして

2009.7


 オーディオには凝る方である。音楽を聴くのだから、音質なんて関係ないという人もいるが、それじゃあその人は、絵を見るときに色なんて関係ないと言えるのだろうか。もっとも、昔の白樺派の作家たちが、モネやらルノワールやらの絵のモノクロの複製画を見て感動していたということもあるから、CDラジカセから流れてくるモーツァルトのピアノ協奏曲に感動したとしても一向に構わないわけではあるのだが、やはりできればいい音を聞きたいという気持ちが強い。

 しかしこのところ、そうした往年のオーディオ熱もすっかり影をひそめていて、それが証拠につい昨日までblu-specCDというものが発売されているということを知らなかった。ソニーが開発した高音質のCDということで、ブルーレイディスクを作る技術でCDを作ったということらしい。しかも従来のCDプレーヤーで聞けるという。ちょっと興味をそそられ、ソニーから聞き比べの2枚組CDが出ているというので、アマゾンで注文しようとして、ふとカスタマーレビューを見た。

結果を書くならば、やはりCDはCD、この2枚組を聴き比べるとわずかに違いは感じられますが、2枚組にしてさあ聴いてくれというほどの違いはないと思います。SACDやDVD-Audioレベルを期待してしまった自分が浅はかでした。

 なーんだ、そうなのか。じゃあ、やめようか、などと思って更に読むと、この人はこう締めくくっていた。

余談ですが聴き比べという通常より集中して聴かれるであろうこの1曲目のピアノ曲でなんと演奏者のものと思われる声?鼻歌?(雑音)が聞こえます。最初、自分のアンプが壊れてラジオが混線したのかと思ってびっくりしてしまいました。

 1曲目のピアノ曲は、バッハのゴールドベルク変奏曲で、ソニーなのだから、グレン・グールドの演奏に決まっている。グールドの「歌」は、あまりにも有名で、これを「ラジオの混線」と勘違いする人が、カスタマーレビューなんて書いているんだなあと思ったら、笑ってしまった。

 それにしても恐ろしい時代だ。昔なら、友だちに笑われてそれで済んだのに、今では数百人、いや数千人に笑われる。もっとも、無知をさらすのは今どきのタレントの「芸」だから、素人もそれを真似ているだけなのかもしれないが。

 いやいや、他人事ではない。こうして延々と書き続けているエッセイも、この人のカスタマーレビューと五十歩百歩なのだから。



*カスタマーレビュー=一般の購入者の批評。アマゾンのサイトでは誰でも批評を書き込める。当然のことながら玉石混淆である。


 

 

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