94 金をかけずに

2009.5


 いかにして金をかけずに楽しむことができるか。これがこれからの高齢者にとっての大問題である。もちろん金なら腐るほどあるという高齢者には関係のない話ではあるが、ほとんどの高齢者は金に困るに決まっている。若い頃のように働けないから収入は減るし、老化とともに必然的に医療費はかかるし、そのうえ年金だっていつどうなるか分からないとなれば、金がなくても生きていけなければしょうがないわけである。それもただ生きていればいいというのではなく、それなりに楽しく生きていけなければならない。

 飛鳥で世界一周旅行とか、オーストラリアに別荘を持つとか、週に2、3回はゴルフをするとか、そういう生活とは無縁な場合、では金をかけずにどうやって楽しむかということが切実な課題になるわけである。

 白地図などは、その一つの例としてはもってこいである。白地図なんて1冊1000円もしない。それで1ヶ月は十分に楽しめる。しかし一生それで楽しめるわけでもないだろう。中には「地理検定」を受けるためにものすごい勉強をする人もいるらしいが、ぼくなどは飽きっぽいから、そこまではのめり込めない。

 ぼくはよく人にあなたは多趣味だから定年後も退屈しないでしょうなどと言われるが、多趣味だからこそ退屈するのである。村上龍が『無趣味のすすめ』という本を書いて結構売れているらしいが、要するに趣味は洗練された世界だからそこに劇的な展開はない。それがあるのは仕事だということらしくて、定年退職者向けの本ではなさそうだ。仕事が面白ければ趣味なんかいらないのは当然の話で、その仕事を奪われるのが高齢者なのだから、やはり「無趣味のすすめ」というわけにはいかないのだ。

 多趣味は無趣味といわれるように、飽きっぽいから多趣味になるわけで、これ一筋という趣味の持ち主は絶対に退屈なんてしない。となるとこれ一筋という趣味を見つけなくてはならなくなるが、そういう趣味を持っている人というのは、最初から持っているもので、定年になってさあどうしようなんてことは絶対にない。

 それならどうすればいいのか。結論は簡単だ。何にもしないでいることに慣れることだ。できれば退屈こそ極上の時間の過ごし方だと悟ることだ。

 兼好法師も言っている。「つれづれわぶる人はいかなる心ならん。」と。意味は「暇で辛いなんて言う人の、気持ちって分かんない。」ということだ。兼好はやはりいつも時代の先端を行っている。


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