71 一人カラオケ

2008.12


 何かというとため息が出る。それと同時に何かしらの言葉が口から飛び出す。「あ〜あ、来年はもう還暦かあ。」「早いとこ仕事やめて自由になりたいなあ。」「あ〜あ、つまんないなあ。」「面白いことないかなあ。」、こんなことばかり口走っているようでは、人間もオシマイである。しかしこんなことばかり言っているわりには、それなりに人生を楽しんでいるように周りには見えるらしい。周りにそう見えるということは、実際にもそうなのかもしれない。自分のことは自分がいちばんよくわからないものだから。

 このまえ、期末試験も終わり、職員室で成績の処理をしているときに、突然「あ〜あ、カラオケに行きたいなあ。」と結構大きな声で呟いてしまった。周囲の教師たちは、呆れた顔でぼくを見た。何を言っているんだか、このオヤジは、という顔である。しかし、それはその時の切実な気持ちだったのである。

 時々一人でカラオケに行こうかと本気で思うことがある。芸能人のトークなどを聞いていると、結構一人でカラオケに行くという話が出てくるので、あながちイケナイことではないのだろうが、しかし、一人でカラオケボックスに出かけて、一人ですと言って受付のお兄さんだかお姉さんだかに申告する勇気はどうしてもない。そういうとき、彼らは、どういう目でぼくを見るだろうか。同情か、哀れみ、侮蔑か……。いやいや、そんなことはあるまい。無関心、に違いないのだ。でも、どうもそうではあるまいと勘ぐってしまう。中高年になっても自意識過剰である。

 カラオケというものは、一人で行くよりオトモダチと行ったほうが楽しいに決まっているとは限らない。渾身のちからを傾けて、魂込めて歌っている時に、おおはしゃぎでしゃべっていたり、せっせと自分の歌を探したりしている姿を見ると、結構ムカツクもので、それぐらいなら、誰も聞いていなくても、自分で心ゆくまで歌っていたほうがずっとマシだと思ったりする。

 それにしても、いったい何曲ぐらい歌えるものなのか、一人カラオケで試してみたいという気が今しきりとする。誰かと連れだって行くと、歌う歌がいつも同じになってしまう。五木ひろしの「そして…めぐり逢い」、クール・ファイブの「逢わずに愛して」、北島三郎の「風雪ながれ旅」、金田たつえの「花街の母」あたりが定番で、いいかげん自分でも飽きてきた。

 一人カラオケで思いっきり冒険をしてみたいものだ。


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