68 漢字の中の詩

2008.11


 前回、漢字のテストのことを書いたが、その続き。

 前回のテストで、「淡泊」という漢字を出題した。もちろん「タンパク」と読み(麻生さんが読めないといけないので、念のため)、「淡泊な味わいの日本料理」とか、「淡泊な性格」とかいった用例をあげた。さて、採点の時に、自分で模範解答を作ったのだが、「淡白」と思わず書いてしまって、あれれこれは違うな、「淡泊」だよなと修正して、それから、どうして「泊」なのかと疑問に思った。「淡」が「あわい」なのだから、あっさりしているという意味では「白」のほうがいいじゃないか。「泊」では「泊まる」という意味なので、「あわい」「あっさりしている」という意味とは全然関係がないんじゃないかと思ったのだ。

 漢和辞典を調べてみて、驚いた。定年間近の国語教師が今更こんなことに驚いていてはダメじゃないかと思うのだが、まあほんとうのことなので仕方がない。白川静の『字統』によれば、なんと「泊」とは「浅き水。水波のしずかな、舟を碇泊するのに適したところ。」という漢字なのだという。そこから「泊まる」という意味も生まれ、また「淡泊」に通じるというわけである。

 その意味を知ったとき、爽やかな風が頬をさっとなでていったように感じた。

 広く澄んだ川面を一艘の舟がすべるように流れ、やがてその舟が浅瀬にしずかにとまる。水辺の葦の葉が少しだけ冷たい風にそよぐ。遠くには青く霞んだ低い山並み。旅人は、この川辺のひなびた宿屋で一夜を過ごすだろう。ともに旅する友人と、言葉少なに酒を酌み交わし、ときに李白や杜甫の詩を吟じたり、またときに笛を奏でたりして、淡き交わりのひとときを楽しむだろう。

 さてもう一題。「雪辱」という漢字を出題した。「セツジョク」と読み、「恥をそそぐこと」の意で、この場合「雪」は「そそぐ。汚名などを消し去る。」の意がある。しかしどうして「雪」にそういう意味があるのか。『漢字源』によれば「万物を掃き清める雪」とある。雨かんむりの下の部分が、「すすきなどの穂で作ったほうき」を意味するところからくるという。(『字統』ではこの説はとらない)雪が降ると、汚れた地上も一瞬にして美しく清められる。それはいつも雪が降る度に感じることだが、それが漢字一字に込められているとしたら、ここにも詩がある。

 知れば知るほど奥深い漢字の世界。こうした世界を散策できるのは、日本に生まれたことの数少ない恩恵である。


 

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