67 悩殺

2008.11


 中学生に国語を教えているが、隔週で漢字の小テストを実施している。ぼくはどうも漢字は苦手だ。最近になって、ぼく自身は今更漢字の得意な人間にならなくてもいいから、せめて生徒だけは、漢字をきちんと書けたり読めたりして欲しいと思うようになった。総理大臣にならないまでも、漢字の教養は大事なことだと思えてきたのだ。

 『覚えやすい常用漢字』という問題集を持たせて、その中の数ページを指定して、そこから出題するのだが、この問題集にはときどき首をかしげたくなる熟語が載っている。「倫」の用例として載っている「精力絶倫」なんて、辞書には「並外れて優れている」という意味だとあるが、実際にはそんな基本的な意味で使うことはないわけだから、純真な中学生にはとても出題できない。

 先日の回にも、「悩」という字の用例として「悩殺」というのがあった。試験の形式として、問題をあらかじめ印刷するのではなく、その場で問題を黒板に書いてゆくという形をとっているので、黒板には「ノウサツ」とだけ書いて、例文はその場で考えることになる。出題は20題なので、別にわざわざ「悩殺」を出題しなくてもいいのだが、つい「ノウサツ」と書いてしまう。生徒はあらかじめ準備はしてくるものの、「ノウサツ」という音の響きにはなじみがないから、「え?」という顔をする。「えーっと、ノウサツのポーズ。」。すると数人の生徒はすぐに意味までわかってちょっと笑いながら漢字を書く。しかしぽかんとしている生徒もいる。「だからさ、えーっと、マリリン・モンローのノウサツのポーズ、とかさ。」と言うと、「なにそれ。」という顔と「あー、あー。」と納得の顔が交差する。あれ、この子たちはマリリン・モンローを知ってるんだとちょっと驚く。そんなわけで結構楽しい。

 採点をすると、「脳殺」という答えが少なからずある。これでは、マリリン・モンローがあまりに刺激的なので、脳を殺してしまうという意味になってしまいそうだ。「悩殺」でなければならない。しかし「悩」は「なやます」だとして、なぜ「殺」なのか。「悩まして殺す」ということなのか。何となくそんな感じがするが、実は「殺」という字は、動詞の後について「たまらないほどひどい」という意味を添える字だと漢和辞典にある。「笑殺(たまらないほどおかしがる)」「愁殺(心細くてやりきれないようにさせる)」などの用例も載っている。

 やっぱり漢字はおもしろい。


 

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