54 夢の印税生活

2008.8


 まれにみる高齢者社会の到来である。高齢者にとっては、あと何十年あるかわからない「自由」な時間をどう過ごすのか、そしてその間の生活資金をどうするのかが切実な問題となる。

 定年後をどう過ごすかというテーマでの「有識者」の話の中にときどき顔を出すのが「本の出版」の話だ。自由な時間を使ってこれまでの人生を振り返って自伝をまとめたり、趣味に関することを書いてみたりしてはどうでしょう。今では簡単に本を出すこともできますし、本にすればそれを多くの人に読んでもらえます。その上印税も入ってくるのですから、老後の生活設計にはうってつけです。なんてことを平気で言う人がいるのだ。

 この中で「本にすれば多くの人に読んでもらえる。」というのと、「印税が生活費になる。」という2点に気をつけなければならない。「名誉欲」と「金銭欲」に訴えているからだ。この2点を売りにした出版社が新聞に広告をよく出している。いわく「あなたの本が書店に並びます!」「これで夢の印税生活!」「テレビドラマ化も夢じゃない!」などの惹句がおどる。そして次から次へと高齢者がひっかかる。ほとんど詐欺である。

 詳しいことはここでは省くが、印税ひとつとっても、そんな甘い話じゃないということぐらい高齢者といえども知っていないといけないのだ。

 印税というのは、本の値段の大体10パーセント前後だが、まあよほど売れっ子作家でもなければ10パーセントを超えることはない。7〜8パーセントが相場だろう。このことを知っていれば、素人の高齢者が1冊本を出したぐらいのことで、印税では生活していけないことは明らかだ。1冊2000円の本で、印税が7パーセントだとすると、その本がたとえ1万部売れても、140万円しか印税が入らない。これで老後の生活ができるかどうか考えてみればよろしい。

 いわゆる純文学の本がどのくらい売れるかというと、数千部といったところらしい。芥川賞作家でもそうなのだ。詩集などに至っては初版が1000部とか3000部とかいった世界で、それも再版などほとんど見込めないというのが実情だろう。

 ちなみにぼくが出した『栄光学園物語』は書店にも並んだが、初版5000部がいまだ完売できず、おまけに印税は1円も入ってこない。雑誌連載時に原稿料が支払われている(1回あたり2万円)かららしい。世の中、素人の高齢者が本を書いて生活していけるほど甘くはないのである。


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