49 クレクレ生徒とケチケチ教師

2008.7


 勤務校では、中1と中2をあわせて「初級」と呼んでいて、スポーツ大会などは、この「初級」の8クラスが優勝を争うことになっている。ぼくは中2Aの担任である。

 大会は2日間にわたって、サッカー、ドッジボールなどの数種目が行われるのだが、初日から結構勝っていたので、生徒は口々に「先生、優勝したら何をくれるんですか?」「ジュースがいい。」「アイスクリーム! ハーゲンダッツの!」などと勝手なことを叫んでいる。「何言ってんだ。何にも出ないよ。」「えー? だって先生は金持ちなんでしょ?」「金持ちだからこそ、あげないんだよ。」「まあ、そういうもんですよねえ。」などと妙に納得するやつもいる。

 ぼくはもちろん金持ちではないが、生徒の小遣いよりは、ぼくのほうが多いから(多分…)、日頃おれは金持ちだと言っているにすぎないなんてことはどうでもいいが、とにかく「くれ、くれ。」の大合唱はすさまじい。

 「だいたいねえ、君たちが試合をするのはジュースやアイスをもらうためじゃないだろ。勝ったというのは純粋な喜びだろ。それをモノをあげたりして、君たちの純粋な青春を汚したくないんだよ。」なんて言っても、「そんなの言い訳だあ。ジュース、ジュース。」なんて騒ぐばかり。

 2日目。本当に初級総合優勝を果たした。「先生、ドッジボール、優勝しました。」「そうか、おめでとう!」「優勝したんです。」「だからおめでとう!」「えー? それだけですか?」「君たちねえ、そうやってモノをくれくれって言うのは、イヤシイよ。」そんな会話が続いた。

 終業式の後のホームルームには大きなバッグを持って教室に行った。それを見た生徒たちは一瞬「おっ!」と言って目を輝かせた。「違うよ。これは通信簿! 学校からの賞品があるからいいじゃないか。この賞状は、おれが額を買って教室に飾っておくよ。○○先生のクラスだったら、ジュースをもらえたらしいけど、残念だったねえ。」

 生徒はやっぱり不満顔。掃除しながらも、「ジュースくれなかった。ケチだ。」などとブツブツ。「ジュースなんてもらったら、それが思い出になってしまうよ。優勝した喜びは永遠さ。」などと言うばかりのぼくに、生徒はもうあきれ顔だった。

 モノをあげるのは簡単だけれど、「もらえない」こともあるという体験も貴重じゃなかろうか。もっとも「優勝したらジュース」などということはしないことに自分で決めているだけのことなのだが。


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