26 「自由」な先生

2008.2


 自分も下手な絵でいわゆる「個展」を開いたことがあるから、あんまり人様のことは言えた義理ではないが、先日、区民センターのギャラリーで開かれていた水彩画のグループ展にふと立ち寄って、ああなんたることかと嘆かわしく思った。

 水彩画というのは、遠目にはうまく見える。しかし少し近寄ると、とたんにアラが見える。会場に入ったとたん、そのグループのレベルがはっきりと分かった。カルチャーセンターかなんかの先生について描いているらしいのだが、とにかく下手だ。絵の具の使い方ひとつとっても、それぞれが勝手にやっていることが一目瞭然。リンゴや洋梨の背後の色が汚れて濁っている。ちっともきれいでない。こういう展覧会では、それでもたいていは、数点は「お!」っていうものがあるものだが、とうとうそれもなかった。こんなにどうにもならない絵ばかり並べて、恥ずかしいとは思わないのだろうかと、勝手に腹をたてて会場を後にしようとしたところ、会員らしき人たちの楽しそうな会話が耳に入った。「そうなのよ。先生は自由なの。だからいいのよ。」

 このひとことでだいたいの様子が分かった。先生は難しいことにはとらわれないで自由に描きなさい、感じたままに描けばそれでいいのですなんて言って、技法的なことはいっさい口にしないのだろう。生徒の方は、今更画家を目指すわけでもなし、ただ日頃描きたいと思っていた絵が描けて、仲間と褒め合って楽しく過ごすことができればそれでいいと思っている高齢者なのだから、その「自由」を喜びこそすれ、不満に思う人もいないのだろう。しかして先生は「自由」を盾に、難しい指導を放棄して、なにがしかの報酬を得ているのであろう。ボロイ話である。

 そのことで、誰も損をしているわけではないし、みんなハッピーなのだから、よそ者がそこへ口を出して、とやかく言うべき筋合いではないのだろう。けれども、曲がりなりにも区民センターのギャラリーを借りて公開する以上、それなりの覚悟は必要だと思うのだ。「あなたたちはこんな下手くそな絵を展示して恥ずかしくないのか?」と文句を言われる覚悟を彼らはもっているのだろうか。自己満足とべたべたした仲間褒めに終始する彼らに対して、誰かはっきりと言ってやれないものだろうか。もちろん、ぼくにはそんな勇気はないけれど。

 ぼくは、そのセンターの会議室での「書道教室」で、その日も、楷書の一画一画に四苦八苦していた。


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