7 男の甲斐性

2007.9


 前回の「小腹が減る」もそうだが、「小」がつく言葉はちょっと不思議だ。例えば、「小料理屋」。これがどういうものなのか、ずーっと疑問に思っていた。

 ところがこの前、関西の方で作っているテレビドラマを見ていたら、「素人料理」という看板が出てきて、「あ、この素人料理いうのんは、板前をおかずに、女将が家庭風の料理を出す店でしてなあ、東京では小料理とかいうようでおます。」(間違いだらけの京都弁で、すんまへん。)というセリフがあって、長年の疑問がいっぺんに解決したような気がした。

 そうか、小料理というのんは、板前がいないのかいなあと妙に感心したのだが、それでもいちおう確認しようと思って、最近入会した「ジャパンナレッジ」で調べると、こんな説明があった。

カウンターか小座敷で酒を飲みながら気のきいた料理を楽しむ、小さな、あるいは家庭的な店。居酒屋よりはひとつくつろげる気分があり、重心は酒よりも料理にある。板前と女将がいるのが基本形で、女将との会話も楽しみのうちに入る。品書から好きなものを選んで注文するところに良さがあり、小料理屋で本格的なコース料理は邪道。最後はご飯ものもある。なじみの小料理屋をもっているのは男の甲斐性である。(現代用語の基礎知識)

 書いているのは、太田和彦というオヤジ。(失礼。グラフィックデザイナー・東北芸術工科大学教授だそうです。)ぼくより3歳年上で、しかも東京教育大学出身とあるから、ぼくと同窓である。校舎のどこかですれ違っているかもしれない。しかしまあオヤジには違いない。

 太田氏によれば「板前と女将がいるのが基本形」だそうだから、テレビドラマのセリフとは違う。でも確かに、ドラマに出てくる小料理屋には板前はいない。しかもたいていは、女将は、殺されるか、犯人か、あるいは最低でも容疑者である。

 そんなことはどうでもいいが、このオヤジの書いた「定義」の特に最後の一言がシャクにさわる。

なじみの小料理屋をもっているのは男の甲斐性である。

 うるせいやい。東京教育大学なんて日本中でもっともダサイ大学しか出てないくせに、グラフィックデザイナーとかになってちょっと羽振りがいいと、こういうことをいう。おまえ、ひょっとしてあの大学紛争でヘルメットかぶってアジ演説してたんじゃないだろうな、なんて皮肉のひとつもいいたくなる。

 といいつつ、やっぱりオレには男の甲斐性がないのだなあと思ってちょっと悲しい。


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