6 「小腹が減る」

2007.9


 けっこう多くの人が使っているのに、なぜだか自分では絶対といっていいほど使わない言葉や表現がある。「小腹が減る」という表現などはさしずめその代表格のもの。

 同世代の友人などと話していると、ときどき「ちょっと小腹が減ったから、寿司でもつまもう。」などというヤツがいたりして、そういうとき、何といったらいいのか、彼と同じような人生を歩んできたような気がするのに、実際にはずいぶん異なった世界を生きてきた、あるいは生きているような、妙な感慨にとらわれる。

 職業柄(?)、帰宅時間が早く、従って夕食も早いから(だいたい6時半です)、夜もふけて10時ごろになればちょっとお腹がすいてくる。ダイエットを始める前までは、そういうときは、せんべいをかじったり、アイスクリームを食べたり、焼酎を飲んだりしていたのだが、昨今ではとんとそういうこともしない。しないけれど、もし、そういうときにせんべいなどをかじったとして、それを表現するのに「10時ごろになって、ちょっと小腹が減ったからせんべいをかじった。」というだろうか。ぼくはそうはいわないし、書かない。というか、書けない。

 「小腹が減ったから、寿司をつまむ。」というようないい方には、そう、何といったらいいのだろうか、あえていえば、江戸風の粋、のようなものを感じる。吉原あたりに遊びに出かけようかという若旦那が、その前に空腹をある程度満たしてから繰り込もうなんてときにこそ、ふさわしい表現なのではなかろうか。そういう若旦那はきっと寿司屋から出てくるとき、楊枝をくわえているに違いない。そういう遊びが板についた人間の口から出る言葉、それが「小腹が減る」なのだと、ぼくは勝手に思いこんでいるようだ。

 だから、夜中にお腹がすいたからといってバリバリとせんべいをかじったり、子どもみたいにアイスを食べたりするのを「小腹が減ったから」といってしまっては、失礼なのだ。そんなのは「腹が減ったから」で十分だ。

 それにしても、日常会話で「小腹が減ったから、そこらで寿司でもつまむか。」といったような会話をできる生活にはあこがれる。そういう場合の寿司屋というのは、ちょっとしゃれた寿司屋に違いない。しかも、お銚子一本頼んでおいて、じゃあ、そこの赤身を握って、それから、あ、そのヒラメは、刺身でね、なんてさりげなくいえないといけないだろう。まかり間違っても、回転寿司ではないはずだ。


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