73 適度に楽しくつつましく

2007.2


 どんな世界にも、金に糸目をつけない人たちがいるものである。

 最近ぼくがちょっと凝っている野鳥の撮影においてもそういうことがある。ぼくがよく出かける公園は、どうも鳥の撮影のメッカみたいな所になっているらしく、休日となく平日となく、どこからともなく、それこそ金に糸目をつけない人たちが集まってくる。その人たちは1本百万円以上もする望遠レンズを三脚に据えて、まるでプロ野球を撮影するプロカメラマンのようにずらりと並ぶのだ。あまりの大賑わいに驚いて、何を撮っているんですかと聞くと、ヤマシギだという。夜行性の鳥で昼間に撮影することは難しい鳥だ。その鳥をここでは撮ることができ、そのために、わざわざ東京からやってきたとい人もいるらしい。

 その熱心さには頭がさがるが、しかしどうも彼らの姿を見ていると、何か違うんじゃないかなあと思ってしまう。あまりに「マニア臭」が強すぎるように感じるのだ。ぼくだってかなりマニアックだが、何がなんでも「珍品」を求めるという気はない。昔の何の変哲もないオモチャでも、希少価値があれば大金を払うのがマニアであるとすれば、めったに撮れない鳥をひたすら追い続けるのもマニアである。そういう鳥を撮ることができれば嬉しいのはわかるが、それだけじゃ悲しい。そういうマニアはスズメとかヤマバトとかいった普通の鳥には目もくれないのだろうが、そういう鳥だって、十分に美しい。いや、ヤマシギなんかより、ヤマバトのほうがずっと美しい。

 とにかく、そのマニア集団の毒気に当てられて、ヤマシギなんていいやと、彼らのそばから離れて、山道を歩いていると、ぼくみたいな小さなカメラをぶらさげて来る人がいる。軽く会釈をして「ここの鳥は人間に馴れているみたいで撮りやすいですねえ。」なんて言ってにこやかに笑う。この顔はマニアの顔とは違う。いい顔だ。「あ、もうこんな時間だ。ほんとに楽しくて時間を忘れますよ。」なんていいながら去っていく。そうかとおもうと、カメラを持たずに双眼鏡だけをぶらさげて、アオサギを指さして、「あれは何という鳥ですか。」と聞いて来る人もいる。教えてあげると、「それにしても、あっちに集まっている人たちは何を撮っているんですかねえ。ああなると、引くなあ。」と苦笑い。そういう人とは思わず意気投合してしまう。

 何をするにも、できるだけ金をかけずに、適度につつましく楽しみたいものである。


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