48 鹿問題

2006.8


 尾瀬に鹿が増えすぎて、湿原が荒らされているということをある本で読んだ。尾瀬ヶ原湿原が、鹿のために泥の原になってしまったらと思うと、いてもたってもいられない気分になる。

 というのも、ぼくは大学1年の夏休みの半月間、尾瀬の自然保護センターでアルバイトをしたことがあるからだ。その頃は、尾瀬ヶ原の保護といえば、心ないハイカーから守ることだった。せっかく木道を作ってあるのに、花の写真を撮ろうとして木道から外れて湿原に足を踏み入れる輩が後を絶たなかったので、定期的に湿原を巡回し、注意を促すというのが主な仕事だった。

 それ以外にも、ハイカーたちの仕業によって泥の原と化していた「アヤメ平」の復元作業にも従事した。大変な作業だったが、それから30年以上たった今でも、アヤメ平が元のように回復したという話は聞かない。それほど一度破壊された自然の回復は難しい。

 しかしその頃は鹿の被害ということはまったく耳にしたことがなかった。半月滞在した間にも、鹿の姿を見たことなどはない。いったいなぜ鹿が尾瀬に進入してきたのだろうか。地球温暖化のために冬の雪が減り、鹿が尾瀬に入りやすくなったのだというような記事もどこかで読んだ。人間が破壊するなら怒りの持って行きようもあるが、自然が自然を破壊するというのは何ともやるせない。もっとも、もし地球温暖化が原因なら結局は人間のせいなのだが。

 鹿はどうも近頃、評判が悪い。つい先頃も東名高速道路に鹿が紛れ込んで、何時間にもわたって通行止めとなり、顰蹙をかったばかりだ。この鹿は、丹沢から降りてきたものに違いない。かつて、丹沢の鹿の保護に大きな関心を寄せていた者としては、複雑な心境である。

 各地の山林でも鹿が増えすぎて、下草を食べてしまうので、山林が痩せてしまっているという報告もあるようだし、それならいっそどんどん鹿を捕まえて、食べてしまえばいいじゃないかとも思うのだが、それでいいのかなあという気持ちも拭いきれない。

 かつてゾウは、地球上のいたるところにいたそうである。しかしそのゾウが今やアフリカとインドぐらいにしか生息せずに、他の地域では絶滅してしまったのは、みんな人間が食ってしまったからだという話もつい最近聞いた。ほんとかどうか知らないが、地球温暖化よりも怖いのは、ひょっとしたら人間の食欲かもしれない。ひとたび皆がこぞって鹿を食い始めたら、鹿の絶滅など時間の問題なのかもしれない。


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