36 奥さん

2006.5


 もうピークを過ぎたのかもしれないが、空前の「日本語ブーム」のようだ。日本語の「正しい」知識を試すクイズ番組は相変わらず多いようだし、その手の本もよく出ている。にもかかわらず、テレビ・ラジオには変な日本語が氾濫している。その度に、のけぞったり、罵声を発したりしているが、それがどういう言い回しだったかすぐに忘れてしまうので、ここに列挙できないのが残念だ。

 それでも、ここ1ヶ月ぐらいの間に、頻繁に耳に入って来るのが、NOVAのテレビCMで、これは映画「日本沈没」の映像を使っているのだが、画面に真っ赤にそまった日本地図が現れ、「これから日本はイッキカセイに沈没してゆくんだ」というようなナレーションが流れる。この「イッキカセイ」がものすごく変だ。

 言いたいことは分かる。「いっぺんに」とか「あっという間に」とかいうことを言いたいのだろう。しかし、「イッキカセイ」というのは「一気呵成」と書いて、「一息に文章などを作り上げること。また、物事を一気になしとげること。」(広辞苑)という意味で、「50枚の短編小説を一気呵成に書きあげた。」というような使い方をする。「一気呵成に日本が沈没する」なんて使い方は絶対にない。

 まあ、言葉は生き物だから、「絶対にない」なんて叫んでも、絶対にない使われ方が毎日大量にテレビから流れれば、そのまま「正しい」使い方になるのだろうが、それにしても、このCMは耳障りである。

 先日テレビで大相撲中継を見ていたら、向正面で解説をしていた元安芸乃島が、「雅山は(確か雅山だったと思う)、やる気がマンマン出ていますよ。」と言っていた。これには思わず吹き出したが、まさかこういう言い方が「正しい」とされて、「行進する選手からは威風がドウドウ出ています。」なんて言い出すアナウンサーが現れる心配はない(?)だろうから、お相撲さんのご愛敬ですむ。

 ところで勤務校の購買部で働いている中年の女性がこんなことを言っていた。「中学生におもしろい子がいて、その子ったら、私のことを『奥さん』って呼ぶんですよ。」確かに、購買部の人を「先生」とも呼べないし、「おばさん」と言っては何だか失礼なように感じるのだろうし、「ねえ」ともまさか言えない。で、窮余の一策、考えついたのが「奥さん」だったのかもしれない。営業マンじゃあるまいし、中学生が「奥さん」だなんてねえ、と大笑いしたが、日本語ってつくづく難しい。


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