33 間違っている

2006.4


 大橋巨泉は、56歳のとき、年収2億円もあった生活をきっぱり捨て去り、現役を引退した。その主たる理由は、毎日ゴルフをしたかったからだ。というようなことを、昨日の「メントレG」という番組で本人がしゃべっていた。数年前に確か巨泉は自分のそうした生活について書いた本を出版したはずで、もちろん買いはしなかったが、その書評に「自慢ばかりだ」というようなことが書いてあって、やっぱりそうかと思った記憶がある。

 山とある仕事を全部やめて自分の好きなことだけをやるという生き方は、誰だって夢見る生き方である。それができれば苦労はない。それができるのは金持ちだけだ。何でもアメリカのエリートというのは、40歳ぐらいまでに稼げるだけ稼いで、あとはサッサと引退して好きなことをして暮らすのだというようなことを読んだこともある。

 「自分の好きなことをして生きる」という生き方は、現代の日本では、それができるかできないかを別にして、それ自体は無条件で「よし」とされているように見受けられる。たとえば巨泉の話を聞いて、「いいなあ」とか「すごい」とかいった反応はあるだろうが、「ばかだ」とか「ひどい」とかいった反応はあんまりなさそうだ。

 子供の進路に関してだって、「自分の好きなことをしなさい」という親はあっても、「嫌でもこの道を進みなさい」という親は、近頃はまずいない。「好きなこと」は金科玉条である。どら息子が、下手な歌を路上で歌ってばかりいて、まともな仕事をしなくても、「あの子の好きなことなんだから」と甘やかす親は世に溢れている。ぼくも自分の子供に対しては、「好きなこと」をやらせたいというだけのことだった。世の親と何ら変わるところはない。

 けれども「好きなことをして生きられればそれでいい」というのは、恐らく根本的には正しくない。巨泉の生き方は間違っている。もちろん、世の中には、間違った生き方をしている人間がごまんといる、いやそういう人間ばかりだといってもいいくらいなのだし、第一ぼく自身も恐らく間違った生き方をしているだろうから、巨泉を非難するつもりもないし、その権利もないが、間違っているという事実は動かせない。

 なぜ、間違っていると言うのか。それは人間がこの世に生きているのは、たぶん、「好きなこと」をするためではなく、誰かを喜ばせるためだろうと思うからだ。この考えが間違っていないという保証はもちろんどこにもないのだが。


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