26 絶品なのだった

2006.3


 我が家には庭師が作った小さな庭があるが、毎年庭師に手入れを頼むほどの経済的な余裕などないから、ぼくが勝手に手入れをして、なんとか体裁をつけてきた。ところが2年ほど前から、庭の隅に水が湧き出してきて、そのあたりが年中水浸しになるという事態になった。面積にすれば2畳ほどだが、湧き出しているあたりは水たまりになっているし、湿っている地面にはどんどんゼニゴケが生えてくるしで、どうも困ったことになった。それで、とうとう庭師に来てもらうことにした。

 庭師が調べたところ、かなりの勢いで水が湧き出ていて、こういうものは普通は止めることはしないで、利用するのが定石だという。池にして金魚でも飼ったらどうですかということで、彼に頼んで、小さな池を作ってもらった。

 ついでに庭の手入れも頼んだのだが、いろいろと話をしているうちに、隣家の竹のことに及んだ。我が家の庭に垣根を接している隣家の庭には、茎の細い竹が密生していて、まるで竹藪のようになっている。最初はちょっと植えてあっただけだと思うのだが、まったく手入れをしないので、竹も伸び放題で、今では地面がほとんど見えないくらいの密生ぶりなのである。その竹が見苦しいうえに、ちょっと油断すると我が家の庭に侵入してくる。そんなものに侵入された日には、こちらも竹藪になってしまうという恐怖から、小さなタケノコを見つけると、親のカタキとばかり切り取っていた。

 あの竹がねえ、ときどきこっちに顔を出すんですよ、と庭師に言うと、彼は「ほお」とちょっと嬉しそうな顔をする。それは困ったねえという答が返ってくるとばかり思っていたので意外に思っていると、あれはねえ、寒竹といって、いい竹なんですよ。ワタシのいちばん好きな竹でね、3年ぐらいたったものなんか、肌が黒光りしてね、しかもしなやかだからどういう細工でもできるんです、絶品ですよ、こんど少しもらっておいてくださいよ、と言う。

 へー、そうなんだ。あの竹がねえ。そう思ってその竹をみると、確かに茎が褐色に光っている部分もあり、なかなか風情のある竹のようにも見えてくる。あとで、植物図鑑を調べてみると、冬にタケノコが出るから寒竹という。そのタケノコはすこぶる美味である、なんて書いてある。

 いままで邪魔でうっとうしいとしか思わなかった隣家の竹藪が、急に宝の山に見えてきた。今では、少しの風にもサラサラと音たてる寒竹の鑑賞に余念がない。


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