18 みんな忘れている
2006.1
ドラマだったか、ドキュメンタリーだったか、バックに流れた音楽のメロディーが、あ、どこかで最近聴いた曲みたいだなあと思っているうちに、確かに、ある甘美なメロディーが頭の中に流れ出した。ゆっくりとしたピアノ曲である。モーツァルトではないし、ベートーベンにしては甘すぎるし、しかし最近聴いたピアノ曲はベートーベンのソナタだったから、ひょっとして晩年のソナタかもしれないと、CDを何度もかけてみたけれど、どこにもそのメロディーは現れない。おかしいなあ、確かに最近聴いたはずだ。では、どこで、何を? と記憶を辿っていくうちに、去年の12月に、近くのホールでピアノの演奏会を聴いたことを思い出した。同僚の先生が、知り合いがリサイタルをやるというのでチケットをもらったけど、ぼくは都合が悪いので行きませんか、会場もお宅の近くだし、ということで、チケットは1枚だったけれど、もう1枚は買うことにして、家内と聞きにいったのだった。県立高校の音楽の男の先生で、シューベルトを中心にしたプログラムだった。そうか、あれは、シューベルトかもしれない、と思って、当日のプログラムを出してみると、最初に演奏されたのは、シューベルトの即興曲作品142であったことが分かった。持っているCDを調べてみると、ブレンデルの演奏のものがみつかった。で、さっそくかけてみると、見事的中。「第1番ヘ短調」だった。
ため息が出るほど美しい。この曲は、シューベルトの遺作だそうだ。こんないい曲があったのか、他のピアニストの演奏も聴いてみたいものだ、と思って、アマゾンで物色しているうち、そういえば、他にもうちにはシューベルトのCDがあったなあと思って探してみると、何と「即興曲作品142」が入っているCDが3種類もみつかった。なんだ、こんなに持っていたんじゃないか、と思ってそのCDのケースを眺めているうち、はっとした。この曲はぼくがさんざん聴いてきた、いわば愛聴曲だったことが思い出されたからだ。
今から10年以上も前だが、クラシックのCDをやたら買いまくっていた時期がある。コンサートにも結構出かけた。それがここ10年ほどはぱったり途絶えていて、ようやく最近また聴いてみようかという気になっているのだが、それにしても、昔の愛聴曲をすっかり忘れてしまい、しかも、そのCDを持っていることすら忘れてしまっているとは、何たることだろうか。