13 「家庭をまもれ!」

2005.12


 私は現在40歳。40歳っていえば人生の中間。微妙な年齢ですよね。仕事も家庭も大きな問題もなく、毎日が平穏に過ぎていきますが、最近、これでいいのかなって思うんです。何か、自分がこの世に生きた証しみたいなものが欲しいって思うんです。どうしたらいいでしょうか?

 確かこんな内容のメールだったはずだ。あるラジオ番組に、カルーセル麻紀がゲスト出演していて、彼女への質問のメールというようなコーナー。何でもカルーセル麻紀が最近本を出版して、そのこともあって主演したようだった。差出人は、男。

 これを聞いたカルーセル麻紀は、怒濤のようにまくし立てた。40歳が微妙って、何言ってんのよ、私なんか63よ、それでもやりたいこと一杯あるわよ。生きた証しっていうけど、そんなことより家庭を守りなさいよ! 仕事も家庭も大きな問題がないなんてどれだけ幸せなことか分かってるの? 最近だってせっかく買ったマンションが壊れるかもしれないっていって大変な思いをしているひとがそれこそいっぱいいるっていうのに。何言ってんのよ!

 車を運転しながら聞いたので、もちろんこの通りに彼女が喋ったわけではないけれど、「家庭を守りなさいよ!」という言葉はそのままで、これが強烈に印象に残った。

 男の言いたいことはそれなりによく分かる。平凡な人生を送っているサラリーマン。40歳という年齢になって、ふと振り返ってみると、いったい自分は何をしてきたのか、という索漠たる思いに襲われる。自分は人生に何を残せたのだろうか、何もないではないか。そういう思いが「生きた証し」への思いにつながる。何か人をあっと言わせるようなこと、人が感心するようなことをしたい。そう思ったのだろう。だからカルーセル麻紀に聞いてみた、というのも何となくしっくりしないから、このメールは「やらせ」かもしれないが、とにかくそういう心境はよくあることで、それに対して、一見破天荒な生き方をしてるカルーセル麻紀が、「何でもやりたいことを勇気を出してやればいいじゃない。人生は一度きりよ。」なんてことを言ってくれることを、男は期待していたのかもしれない。

 それが「家庭を守れ!」である。カルーセル麻紀は、やはり苦労人だなあとしみじみ思った。「生きた証し」なんてどうでもいいじゃないか。家庭があるなら、その家庭を幸せにすることに全力を注げばいい。人生というのはそういう単純なものなのかもしれない。


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