9 目礼

2005.11


 甘橿丘の急な坂道を息を切らせて登っていると、上から5、6人の女子高生のグループが降りてきた。すれ違ったとき、「こんにちわ」という声が聞こえた。「こんにちわ」と答えながら、今どき珍しいなあと思っていると、また同じ制服のグループが降りてきて「こんにちわ」と誰かが挨拶をした。ふと彼女らのほうを見ると、ぱったり目の会った子が、軽く目礼した。「こんにちわ」よりもびっくりした。丸顔の品のいい子だった。こんな時代でも、見知らぬオヤジに「目礼」する女の子がいるのだと思うと、心あたたまる思いだった。

 「あの制服、聖心に似てるんだけどなあ。でも、色が違うのよね。」と家内が言う。聖心女子校なら、こういうことがあってもおかしくないか、と思いつつ、甘橿丘に登り、大和三山をゆっくり眺め、飛鳥寺へと降りた。その先々で、先ほどの女子高生のグループと出会った。相変わらず「目礼」する子がいる。

 飛鳥寺に着いて、拝観料を払おうとすると、受付に「小林聖心の生徒さんはそのままお入りください。」という張り紙があった。「やっぱりね。」と家内は得意そうな笑みを浮かべる。「それにしても、小林聖心なんて聞いたことないなあ。どこにあるんだろう。」切れ切れに聞こえた会話の言葉は明らかに関西弁だったから、こっちのほうにあるんだろうとは思ったが、飛鳥大仏を正座して熱心に見ている生徒に「学校はどこにあるの?」と聞いてみた。「宝塚です。」

 なるほどね、それじゃあ品もいいわけだと夫婦揃って納得。(後で聞いた話だが、「オバヤシ聖心」と読み、関西では「超お嬢様学校」なのだそうだ。)庭に出ると、これも品のいい若い男の先生が生徒と話している。「聖心ですか。神奈川の栄光の教員です。」と話しかけると、「ああ。」と先生は朗らかに笑って、「S神父をご存じですか。」とイエズス会神父の名を挙げた。「ええ知ってます。元気な神父さんですよね。」などとしばらく話が弾んだ。まったく未知の人なのに、S神父を仲介してつながっている。「友達の輪」だ。

 飛鳥寺を後にし、石舞台へとやって来て、そばの公園で休んでいると、今度は緑色の制服を着た女子高生の大集団が芝生の上で遊んでいた。記念写真を撮るために、なんとピラミッドを作っている。それが崩れると、でんぐり返しになった子のパンツが丸見えだ。あーあ、この子たちは品がないなあと笑いつつ、屈託のない歓声に、心はやっぱり晴れやかだった。


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