2 愚問

2005.9


 先日、リストラにあい就職先を求めて面接を繰り返す中高年を追いかけた民放のドキュメンタリー番組を見た。途中から見たので、その男性が何歳なのか、どういう会社にいたのかは分からなかったが、風采から察するに、結構いい会社の部長クラスだったのではないかと思われた。恐らく年齢はぼくとほぼ同年か少し若いかといったところ。団塊の世代の一員だろう。「かつては仲間のクビを切ったこともある。」と言っていたから、人事部にいたのだろうか。その風采も立派な男性が、懸命に就職口を求めて面接に臨むのだが採用に至らず、面接だけでも100社以上に及んだというのだ。

 今度も色よい返事をもらえなかったとがっかりするその男性が、ポツリと「今更マンションのゴミ出しなんてできねえしなあ。」と呟いた。するとすかさず、カメラマンなのか、ディレクターなのか分からなかったが、とにかく取材者が、「どうしてですか。」と質問した。「どうしてって……。」と男性は絶句し、顔を歪ませた。

 よく我慢したなあ、と思った。もしぼくがその男性だったら、「ふざけるな! ばか野郎!」と言って、取材を拒否しただろう。失礼にもほどがあるではないか。

 その取材者の言いたいことは恐らく「なぜ、マンションのゴミ出しじゃダメなのか。そんなこと言ってるから働き口が見つからないんじゃないのか。」ということだろう。何で「今更」なのか。何でそんなつまらない見栄やプライドにこだわるのか。「マンションのゴミ出し」だって立派な仕事じゃないか。そういう理屈だろう。世の中を知らない若い者が言いそうなことである。

 冗談ではない。人間にはプライドというものがあるのである。プライドがあるから人間なのだ。大会社の人事部長までやった男(仮にそうしておく)が、今更「マンションのゴミ出し」などできないという心情のどこに「不思議」があるだろうか。そんな分かり切ったことをどうして聞かなければならないのか。そんな愚問にどうして答えなくちゃいけないのか。

 もちろん万策つきたら、「マンションのゴミ出し」だろうが何だろうがするだろう。けれども、プライドが許さないから、靴をすり減らして100回にも及ぶ面接を受けてきたのだろう。その気持ちを理解できないようなヤツは人間じゃない。

 子どものような理屈ばかりが横行する世の中になった。そしてそういう理屈が、中高年受難の時代をつくっていくのだろう。やりきれない。


Home | Index | Back | Next