1 アンチ・エイジング

2005.9


 「年寄りなら、年寄りらしく考えたらいいじゃないか。なぜ、若いころと同じように考えようとするのかね。」こんなふうに小林秀雄は語っている。さらにユングの話を引いて、「ユングはアフリカの土人を研究していたんだが、そこで初めて老人らしい老人を見たといっています。」とも言っている。「土人」なんて今では使えない言葉だが、まあ悪意はない。今なら「原住民」というところだろう。それはともかく、「未開の」アフリカで、初めて「老人らしい老人」を見たとユングが言っているというのだから、もう何十年も前から、西欧にも「老人らしい老人」はいなかった、つまりスイスあたりにも(ユングはスイス人だ)「若ぶった老人」があふれかえっていたということだ。

 老人に対する褒め言葉は唯一つ。「お若いですね」だ。いや、老人だけではない。50歳でも、「いや、お若い。とても50歳には見えません。」などと言われて嫌な気のする者はいないだろう。いくつになっても、「若い」と見られたい、そう誰もが思っている。そしてそれを誰も疑わない。いったい何故。

 もちろん、それは「アンチ・エイジング」に関わるすべての業界の陰謀である。

 アデランスなどの「カツラ業界」は言うまでもなく、美容、化粧品、エステ、ファッション、食品、果ては音楽や芸能まで、実に多くの業界は、「若いことはいいことだ」という根本的なドグマを必要としている。だから全力を傾けて「若さ」の価値を、「若さの価値」だけを、民衆に植え付けてきたのだ。

 かつてアデランスは電話番号を「341-9696(ミヨイ、クログロ)」と言ってはばからなかった。つまり「ハゲは見苦しい」というとんでもない差別的なメッセージを、電話番号にまで籠めたのだ。さすがに抗議があったのだろう、現在では「341」ははずしている。このひとことを見ても、いかにそうした業界が差別的ドグマを振りまこうとしているかがわかるだろう。

 80歳を越した老人が、卓球をやっている姿をテレビで見たとして、「元気でいいなあ。」と思うのか、「いい歳してみっともない。」と思うのかは五分五分のはずだが、後者のような感じ方は今ではまずしないだろう。業界の陰謀によって全国津々浦々「若いことはいいことだ」という「真理」がしみ通ってしまった結果である。

 アンチ・エイジングは「不自然」である、と叫んでみても、「自然」の価値を誰も信じていないのだからどうしようもない。


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