「源氏物語」を読む

 

No.34 若菜 上

 


【34 若菜 上】

 

★『源氏物語』を読む〈152〉2017.8.1
今日は、第34巻「若菜 上」(その1)

▼物語は、暗鬱な雰囲気をともなって、いきなり核心へ入っていく。
▼「若菜上」の冒頭はこうだ。「朱雀院の帝、ありし御幸ののち、そのころほひより、例ならずなやみわたらせたまふ。」(朱雀院上皇〈源氏の腹違いの兄〉は、先頃の御幸〈前巻「藤裏葉」で語られた十月下旬の六条院への御幸のことを指す〉の後、そのころからご不例でずっと工合が悪くていらっしゃる。)
▼「なやむ」は、今と違って、「肉体的に苦しむ」の意で使われることが多く、この場合も「病気である」「体の工合が悪い」の意。そのあとに「わたらせたまふ」とついているが、「せたまふ」は敬語だから取っ払ってみると「わたる」という言葉が見えてくる。(敬語ははずして読むといい。試験に出るわけじゃないから。)「わたる」は、A地点からB地点へ移動する」「行く」などの意味だが、「○○わたる」となると、「ずっと○○する」「一面に○○する」という意味になる。いい言葉だ。教室でプリントを配って「行きわたる」というのは、全員にそのプリントが配られたということで、空間的な広がりを表す用法は今でもよく使われるが、時間的な広がりを表すこともある。「なやみわたる」というのは、つまり、「ずっと病気で苦しんでいる」ということになるわけである。
▼朱雀院は、昔から病弱で、源氏が須磨に流されていたころは、そのタタリとかで、目を患ったりもしたが、今、特に体が弱ってきたというところから、語り起こされるのである。ただならぬ雰囲気だ。
▼朱雀院は、いつもと違った体の不調に、自らの死を予感して、一日もはやく出家したいと思うのだが、心残りは娘たちのこと。朱雀院には、息子が一人いて、それが承香殿女御の生んだ今の春宮である。その春宮の后となって入内したのが、源氏の娘の明石の姫君。あとは全部女の子で、四人いる。そのうちの一人が、これからの物語を動かしていく「女三の宮」である。
▼この女三の宮の母は、藤壺女御と呼ばれる人で、もちろん、あの源氏の義理の母である藤壺中宮とは別人なのだが、なんと、その藤壺中宮の妹である。ということは、女三の宮は、藤壺中宮の姪ということになるわけで、ここには周到に「紫のゆかり」が用意されているわけである。
▼晩年の源氏の運命を、そして紫の上の運命を狂わせる女三の宮の登場は、ここからして不気味である。
▼体も心も弱った朱雀院は、ほかの娘はそれぞれに後見人がしっかりしているから心配ないが、この女三の宮は、その母藤壺女御がすでに亡くなってしまっていて、しっかりした後見人とてなく、自分だけを頼りにしてきたのだから、自分が出家したり、死んでしまったりした後の彼女のことが心配でならない。それが、朱雀院の悩みの種なのだ。
▼この朱雀院については、今までもなんども触れたが、体は弱いし、気も弱い、その上、母親があの桐壺更衣をいじめ抜いた弘徽殿女御なもんだから、八方ふさがりもいいところ。桐壺帝からは、源氏のこと、そしてその源氏の不義の子冷泉帝のことを、ヨロシク頼むと遺言され、それを忠実に果たそうと努力はしてきたが、ヤクザでいえば「源氏一家(左大臣側)」と「弘徽殿一家(右大臣側)」は仇敵同士。その争いの中で、例の源氏の須磨流謫事件が起き、朱雀院としては、ああ、源氏をこんな目にあわせてはオトウサンに申し訳ないって気持ちもいっぱいだったから、ストレスで(とはもちろん書いてないけど)目をやられたりする始末で、ことここに及んでも、源氏に対する負い目を拭いきれない。けれども、自分を恨み憎んでも当然な源氏は、そんな恨みごとを人に洩らすこともなく、そればかりか、自分の息子の春宮を大事にしてくれ、娘さえも嫁がせてくれた。ありがたいが、それでも、源氏とのぎくしゃくした関係をなかなか修復できないと思って苦しんでいる。
▼ただ、朱雀院にとって唯一の「救い」というのも変だけど、ほっとするのは、口うるさい母がすでに亡くなっていることだ。母、弘徽殿女御の死は、直接には語られない。冒頭からほんの数行のところで、母ももういないから、出家できるんだという意味のことを朱雀院は言っていることから分かるのだ。あれだけ、世間を騒がせてきたのに、その死すら語られないなんて、ちょっとかわいそう。
▼思いあまった朱雀院は、春宮に(つまり息子に)、そして春宮の母、承香殿女御に、女三の宮のことをよろしく頼むと涙を流して頼むのだが、承香殿女御にしてみれば、女三の宮の母藤壺女御は、たいした身分の出でもないのに、朱雀院に可愛がられ、自分がコケにされたという恨みもあるから、いくら藤壺女御がもういないといっても、この継子みたいな女三の宮を心底可愛がることは難しいだろうなあと、「草子地」は語る。(「草子地」とは、語り手の感想のような部分。)
▼この辺は、「桐壷」の巻冒頭のような雰囲気がある。
▼朱雀院は、更に、夕霧を呼んで、苦しい胸のうちを語りつつ、君はあの雲居雁と結ばれたそうだが、それはよかった。よかったけど、ちょっと残念、という。
▼夕霧は、あ、女三の宮の婿として、オレを狙っているんだと気づくけど、ぜんぜん気づかないふりをして帰宅する。夕霧は、気づいていたのに、結果的にその申し入れを拒否したのは、雲居雁が怖かったからだと、後の注釈家が言ってるらしい。賛成である。

 

★『源氏物語』を読む〈153〉2017.8.2
今日は、第34巻「若菜 上」(その2)

▼朱雀院は、女三の宮の嫁ぎ先をどこにしたらいいのか、悩みに悩む。
▼当時の社会的な背景もあった。もともと天皇妃は皇族に限り、内親王も臣下に降嫁できないと決まっていたのだが、藤原氏が勢力を拡大してからは、どんどん藤原氏一族が天皇妃として送り込まれるようになったので、内親王は威厳を保つために独身を守る、ということになっていたのだそうだ。史実としても、桓武朝から花山朝までの間(781〜986)に内親王は160人余りいたが、そのうち結婚したのは25人(15パーセント)に過ぎないのだそうだ。(全集本の注による)
▼とすれば、女三の宮も、独身を通せばよかったのだが、このころは世も乱れて、内親王でありながら、身分の低い者と関係を持ち、親の名を汚すというようなことが多くあった。内親王ばかりではない。そもそも冷泉帝が、罪の子である。朱雀院の后、朧月夜だって、源氏と結ばれてしまって、いまだにその仲が切れていない。まあさすがに文通程度だけど。
▼要するに、世も末、なのだ。そんなに乱れた世の中に、まだ13か14歳の女三の宮が、毅然と独身を保って生きていけるだろうか。しかも、その女三の宮は、中学生とはいえ、あまりにも幼稚で頼りない。その女三の宮の幼稚さ、頼りなさは、何も父だけが知っているのではなくて、お仕えする女房たちもみんな知っていて、あの方がもし誰かと結婚しても、その幼稚さを隠し通してお世話などできないわ、などと女房たちは思っているくらいなのだ。
▼そんな幼稚な姫君を、臣下の誰かがだましてものにする、なんていとも簡単なことだ。源氏に言い寄られても毅然として身を守った玉鬘とか、朝顔の姫君とかいった女性とは比較もできない姫君なのだ。
▼そのうえ、母親もいないし、父親は出家した(まだしてないが)となれば、だれかほんとうにしっかりとした、安心して任せられる男を選んで結婚させるしかない。夕霧はもう手遅れだし、女房たちに聞いても、あの人はもう真面目一方で、雲居雁一筋なんで、ダメですよと一刀両断だし、柏木が熱心だと聞いてはいるが、まだまだ若い。将来性は十分にあると見えるが、重みが足りないなんて、贅沢なことを朱雀院は考えている。柏木はこのとき、23〜24歳なんだから、重みが足りないなんてこと全然ないのに。もし、ここで、朱雀院が、そうだ、柏木が(で)いいやって決断していたら、この後の話はないんだから、まあ、しかたのないことだけど。
▼それで結局、源氏に白羽の矢が立つ。源氏の女癖は気になるけど(朧月夜のこともあるしね)、あれほどの人物はいない。うちの娘が入ったら、あそこに集まっている女たちとは比べものにならないほどの身分なんだから、めざわりだと思われて辛い思いもするかもしれないが、源氏は娘を徒やおろそかに扱うこともあるまい。それになんといっても、「本人次第だからな」と父は思う。その「本人」がダメなんじゃないか、てことなんだけど、オトウサン。
▼現在、源氏には「正妻」がいない。たくさんの愛人がいるけれど、世間もみとめる「正妻」はいない。源氏が誰よりも大事にしているのが紫の上だということは、誰もが知ってることだけど、その紫の上の身分がたいしたことない、ということもまた周知の事実である。
▼もし、女三の宮が源氏の妻となったら、それは当然彼女が「正妻」である。これが、どれだけ大きなダメージを紫の上に与えることになるか、朱雀院には考えも及ばないのだ。子を思う「心の闇」である。
▼「心の闇」とは、「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(親の心は夜の闇とは違うのに、子どものことを思うと真っ暗で、途方にくれるばかりだ。」藤原兼輔)という歌を出典としていて、源氏物語にも何度も出てくる。普遍的な親の心情を詠んだ歌だ。
▼それでも、朱雀院は、結局のところ、女というものは、身分が高くても低くても、誰と結婚するかで一生が決まってしまうんだ。しなきゃしないで、浮き名を流すことになったり、したらしたで、他の奥方たちとの争いに巻き込まれたりして苦労をする。どっちみに死ぬまでの間の身過ぎ世過ぎなのだが、苦労するという点では、結婚してもしなくても、同じことだ、というような愚痴をこぼしていて、妙に説得力がある。
▼ついでに言っておけば、誰と結婚するかで一生が決まるというのは、何も女だけのことじゃなくて、男も同じだ。結婚をめぐる事情・環境は、平安時代と現代ではぜんぜん違うが、本質はちっとも変わらない。結婚してもしなくても、結局苦労する、というのも、同じ。生きていくのは楽じゃないよね。

 

★『源氏物語』を読む〈154〉2017.8.3
今日は、第34巻「若菜 上」(その3)

▼朱雀院は、娘の結婚相手を、いろいろ比較検討した結果、最後の決断のために、息子の春宮に意見を聞く。といっても、春宮はこの時、たったの13歳である。それなのに、春宮は、きわめて冷静に状況判断をして、「源氏がいいでしょう」と結論を出す。女三の宮もほぼ同年齢で、ぜんぜんものごとが分かっていないただのネンネなのに、この大人びた春宮の返答はやはり不自然。「解説」は、これを評してこんなふうにいう。
▼「春宮の強い言葉に誘い込まれるように、朱雀院は迷いを捨てて最後の断をくだす。春宮がこの時わずか13歳であることを、作者は意識していたのかどうか。もしそうだとしたら、それは朱雀院の父親像のひ弱さを示すものといわねばなるまい。」
▼確かにそうだ。自分の娘の結婚相手を選ぶのに難渋して、その挙げ句、中学生の息子に意見を聞いてそれを最終決断とするなんて、あり得ない。それがほんとなら、やっぱり相当のダメオヤジだということになるか、あるいは、春宮が藤井聡太も真っ青な早熟だったということになる。やっぱり、作者が春宮の年齢をこのとき忘れていたというほうが自然かなあ。いや、そんなドジは紫式部は踏まないだろうなあ。
▼とにかく朱雀院の腹は決まり、件の「弁」が源氏を説得しに出かける。源氏は、とんでもないことだ、そもそも、朱雀院は、自分はもう長くないと自覚しているから、娘の後見人を探しているのだろう。その相手がオレじゃダメでしょ。オレもぜんぜん若くないし、いつ死ぬか分からない。下手をすれば、オレのほうが兄貴(朱雀院)より先に逝っちゃうかもしれないじゃないか。それより夕霧なんかのほうがずっと若くて将来も有望だから、そっちの方がいいに決まってるけど、まあ、アイツは堅物だからダメなんだろうなあ、などといって取り合わない。
▼「弁」は、せっかく殿が決断したのに、やんなっちゃうなあと思いながら、それでも、なんとかがんばって、いろいろなこれまでの事情などを詳しく話して説得すると、源氏は、それなら帝の后にすればいいんだ。後から入って、いじめられることを心配しているんだろうけど、あの例の弘徽殿女御が権勢を振るっていたとき、いちばん最後に入った藤壺中宮の前ではタジタジだったじゃないか、なんて、はるか昔のことまで思い出しているうちに、そういえば、その姫の母親は、あの藤壺中宮の妹だったよねえ、そうか、それじゃ、きっとキレイなんだろうなあ、なんて言って「いぶかしくは思ひきこえたまふべし。」(〈姫宮に〉関心はお持ち申しているらしい。)
▼この最後の「いぶかし」が重要。いまでは、「いぶかしい」というと、「疑わしい」「不審に思われる」という意味で使うことがほとんどだが、元の意味は、「物事が不明で気がかりである。不明な点について知りたい、見たい、聞きたい。」ということだ。ここはまさに、源氏が、女三の宮の容貌について、藤壺の姪なんだから、ひょっとして美人かも、って思い、「見たいなあ」とちょっと思ったらしい、ということなのだ。
▼この「見たい」「知りたい」という意味を表す古語で有名なのが「ゆかし」だ。こちらは漢字をあてると「行かし」で、つまり「そちらの方へ行ってみたくなるほど興味が引かれる。」が原義で、そこから「知りたい」「見たい」「懐かしい」などの意味が生まれてくる。だから「おくゆかし」は、「その奥にあるものに心がひかれる。その先が見たい、その先をしりたい。」という意味。「奥ゆかしい人」というのは、そういう気持ちをかきたてる人のことなんだよね。
▼その「ゆかし」に対して、「いぶかし」は、「いぶせし」を語源としている。「いぶせし」は、「何か胸につかえる感じで心が晴れない。うっとおしい。」の意味で、「いぶかし」は、そうした「モヤモヤ」を晴らしてすっきりしたい、という意味となる。そこから「知りたい」「見たい」の意味が派生してくるわけである。
▼そう考えてくると、ここで「ゆかし」ではなくて「いぶかし」が使われているということは、単純に源氏が女三の宮を見たいなあと思ったというより、どこか藤壺への思いが屈折して残っていて、どうしてオレはあの人と過ちを犯すほど熱中してしまったのだろう、どうしてこんなに心の残り続けてオレを悩ますのだろうと、その「原因について不審をいだき、それを解明してすっきりしたい」という気持ちがあったのだと思われる。「紫のゆかり」へのオブセッションともいうべきだろうか。
▼ただ単に藤壺がキレイだったから好きだった、若かったから過ちまで犯した、といった単純化は避けたいものだ。ちょっとした恋にも、そこにどんな深淵があるかもしれないのだから。
▼さて、この源氏の気持ちについても「解説」は、「源氏の態度は微妙に変わってゆく。女三の宮を夫としてではなく世話しよう、とことわった口の下から、藤壺中宮の姪だからさぞかし、と漏らすとき、昔の身をやく恋の思いがよみがえるのを覚えただろう。」
▼(何度も出てくるから、改めて言っておくと、この「解説」とぼくが呼んでいるのは、小学館の全集本の頭注のところどころに書かれているもので、どうも、書いているのは、鈴木日出男先生らしい。この「解説」について、「源氏物語 四」月報の船橋聖一と阿部秋生の対談の中で、船橋が「ああいうふうに注釈していただけると、(小説家としては想像が膨らむので)たいへん助かるわけですよ。その点では小学館本は画期的だと思うんです。」というのに対して、阿部は「時には行き過ぎもあるかと思いますが……(笑)」と言っている。「行き過ぎ」もあるくらい、この「解説」は熱い。)
▼この「解説」は、「いぶかし」の意味を深く考えていない、といったら言い過ぎだろうか。これだけでは、「アイツまた藤壺萌えかよ!」ってことになってしまう恐れがなくはない。
▼まあ、この「いぶかし」から、どこまで想像するかは読者の自由だが、少なくとも、源氏はこの結婚を嫌々承諾したのではなく、「好き心」の入り込む余地はあったのだということは確かだろう。今後の読書において、この点は、きちんと読み込んでいきたい。

 

★『源氏物語』を読む〈155〉2017.8.4
今日は、第34巻「若菜 上」(その4)

▼女三の宮の裳着の儀もはなやかに行われ、とうとう朱雀院は出家する。その出家の儀式も、朱雀院はなるべく内輪でひっそりとやりたいと思っていたのだが、実際には、偉い坊さんはもちろんのこと、我も我もと参集し、院の出家を悲しんで、みんな声をあげて大泣きする。そんな様子をみて、院は、これだからやなんだよなあ、と思うけど、どうしようもない。
▼出家というのは、ほとんど死に近い感覚で受け止められていたようで、髪をおろす朱雀院の周囲の嘆きようは、まるで、通夜か葬式である。病も重い院のことなので、その「死」をよけいに実感させられたのだろう。また院も、自分が長くないと自覚するからこそ、一日もやはく出家して、極楽往生のためのお勤めをしたいと願ってきたわけだ。
▼出家しなくても、日々のお勤めを怠りなくしていれば、極楽往生できるはずだが、日頃怠けてろくにお経もあげてこなかったと院も言っている。こうした往生への願いは、この時代の貴族たちには共通に見られるようで、ある程度年をとってきて、先が見えてくると、なんとかやはく出家して、心置きなくお勤めに励みたいと思ったようだ。
▼髪をおろし、出家しようとする朱雀院のそばで、悲しみにくれる朧月夜の君の姿が印象的。「尚侍の君(朧月夜の君のこと)は、つとさぶらひたまひて、いみじく思し入りたるを、こしらへかねたまひて」(尚侍はずっとおそばにお付きになって、たいそう思いつめていらっしゃるが、(朱雀院は)これをお慰めするすべもなくて)
▼この「つと」に注目。意味は、「動かないで、ある状態をずっと続けるさまを表わす語。じっと。」(日本国語大辞典)だが、この「つと」は、桐壺の巻にこんなふうに出てくる。
▼「はかなく聞こえ出づる言の葉も、人よりはことなりしけはひ容貌(かたち)の、面影につと添ひて思さるるにも、闇のうつつにはなほ劣りけり。」(〈桐壺更衣が、帝に〉なにげなくお耳に入れる言葉も、ほかの人に抜きんでておられた〈更衣の〉様子や面差しが、いま幻となってひたと寄り添っているように〈帝は〉お感じになるのだが、それでも、「闇のうつつ(闇の中の現実)」には及ばないのであった。)
▼ぼくが愛してやまない部分。死んでしまった桐壷更衣の面影が、幻となって帝に「つと」寄り添う。けれども、それは幻にすぎず、たとえ目には見えなくても真っ暗闇の中の現実のほうがよかった、というのだが、ここでも「つと」は非常に強い印象を与える。とくにここは幻なだけに、こわいほどだ。
▼朧月夜の君が、出家寸前の朱雀院のそばに「つと」さぶらっている、というのも、この幻のシーンを思い起こさせるためか、ただならぬ彼女の気配と思いが伝わってくる。彼女は源氏との関係を長く続けてきている。一緒に寝ているところを父に見られてしまい、その結果、源氏の須磨流謫という事態となった。その後も、源氏は、彼女をわすれられずにことある毎に手紙をおくり、彼女もそれに答えてきたが、それでも、彼女は朱雀院に愛されつづけてきたのだ。源氏との関係を知っていても、朱雀院は彼女を愛し続けた。その執着は、出家をも思いとどまらせるかに見えるほどだ。この朧月夜の君も、やがて出家することになるのである。
▼出家してしまった朱雀院のもとを、やがて源氏が訪ねる。長い年月を重ねたふたりの兄弟の語らいは、しみじみとした趣があるが、その眼目は、やはり、女三の宮のこと。話題がそちらに及ぶと、源氏は、「御心の中(うち)にも、さすがにゆかしき御ありさまなれば、思し過ぐしがたくて」(お心のなかでも、なんといっても、お気持ちのひかれる姫宮の御有様であるから、そのままお聞き過ごしになれなくて」ということになる。
▼前回、「ゆかし」と「いぶかし」のことを述べたが、やっぱり「ゆかし」が出てきた。女三の宮の姿形をやっぱり源氏は見てみたいのだ。煩悩は続くよ、どこまでも、か。

 

★『源氏物語』を読む〈156〉2017.8.5
今日は、第34巻「若菜 上」(その5)

▼朱雀院の頼みを、源氏は了承して退出する。しかし、源氏の気持ちは重い。「六条院(源氏)は、なま心苦しう、さまざまに思(おぼ)しみだる。」(六条院は、なんとなく気分が重く、あれこれと思案なさる。)
▼けれども、この話を紫の上にしないわけにはいかない。紫の上は、女三の宮降嫁の噂は聞いていて、源氏に話がきていることも知っているけれど、まさか、源氏がそれを承知するわけはないと思っている。だって、あの朝顔の君にずいぶん熱心に言い寄っていたけど、思いを遂げるまでには至らなかったのだもの、今回だって同じことよ、とどこかで思っていたのだ。
▼紫の上は、嫉妬はするけど、嫉妬の仕方がカワイイから源氏も嫌いにはならなかったんだね、なんてことを大学時代の読書会で話し合った記憶がある。しかしそれはまったくの誤読で、紫の上は、藤壺にくらべて嫉妬深いのが難だと、源氏が漏らしているところがあったらしい。「嫉妬の仕方がカワイイ」のではなくて、嫉妬している紫の上を源氏が見て「カワイイ」と思っただけだったのだ。「嫉妬の仕方がカワイイ」なんて思えるのは、相手に対して絶対的な優位にあると思っているからで、「絶対的な優位」を信じていられるとしたら、それはすでに恋愛ではない。(と、思う。恋愛経験に乏しいので、自信なし。)
▼嫉妬している女性がカワイイなんて思ったことは一度もないが、落語では、よく言われる。ヤキモチも、焼き方によってはかえってダンナの心をそそることもありましょうが、あまりに度が過ぎるとイケナイようでございます、みたいな話(例えば「悋気の独楽〈りんきのこま〉」)はよくあるけれど、どうも、あれは、あまり共感できない。あれが通用するのは、花街の女性のテクニックとしてであろう。
▼源氏が女三の宮の件を打ち明けた日、雪が降っていた。「またの日、雪うち降り、空のけしきもものあはれに、来し方行く先の御物語聞こえかはしたまふ。」(その翌日は〈源氏が朱雀院の願いを了承したその翌日〉、雪がちらついて、空模様もなんとなく気持ちをそそる風情なので、二人は、過ぎた昔のことや、これからのことなどを、いろいろとお話あいになられる。)
▼歌舞伎を見ているような舞台設定。仲むつまじい二人の最後の場面といってもいい。ここで語られる源氏の言葉の衝撃で、紫の上は奈落の底につき落とされることになる。けれども、言葉はあくまでも穏やかだ。
▼「はかなき御すさびごとをだに、めざましきものに思して、心やすからぬ御心ざまなれば、いかが思さんと思すに」(ちょっとした浮気でさえも、目に角をたてて、心おだやかではいらっしゃれない御気性だから、どうお思いになるだろうと思っていらっしゃると)と、源氏は、ヒヤヒヤしながら、紫の上の返事を待つ。
▼ところが、その後に続くのは「いとつれなくて」。「つれなし」というのは、「漢字を当てれば、『連れ無し』で、基本的には、関連して何かを起こさない、あるいは何かが起きない状態をいう。そこから、冷淡である、そ知らぬふうである、などの意が生じる。」(小学館・全文全訳古語辞典)という意味。ここでは、源氏の言葉になんら影響を受けていないように平気で、冷静で、ということになる。
▼源氏はドキッとして、そんなに簡単に許すって、オレのことを愛してないからじゃないの? なんて冗談めかしていうのだが、もちろん、紫の上の心のうちが「平気」であるはずもないことは分かっている。(分からないきゃ、バカだ。)分かっているけど、紫の上の「つれなさ」に乗じて、ま、君の立場も悪くなるだろうけど、いつか、オレがほんとうに大事に思っているのは君なんだということが分かる日がくるから、それまで、穏便にやろうや、と話をまとめてしまうのだ。
▼紫の上の心の中は、もう大変である。しまった、うかつだった。ここまで仲良く暮らしてきた私たちだから、あの人の浮気性は治らないけど、もう大丈夫だ、安心だと思ってきたワタシが馬鹿だった。といって、今ここでガタガタ大騒ぎでもしたら、あの髭黒のところの大北の方の二の舞で世間からも笑われるに違いないから我慢しなくちゃ。でも、どっちみち、ワタシは世間のものわらいになるのだろうと、思いつづける。
▼でも、表面は、あくまで、「おいらかにのみもてなしためへり」(おっとりとふるまっていらっしゃる)。この「おいらか」というのは、「人の態度、心、性格について、おだやかなさま、あっさりしてものにこだわらないさまをいう。」(日本国語大辞典)の意で、しばしば源氏物語には出てくる。女性の美点として使われることの多い言葉だ。そういう女性が好まれるということだろうが、そういう女性の方が男には都合がいいからだろう。
▼「おいらか」じゃない女性が、「おいらか」に「のみ」ふるまっている、というのは、ほんとうに怖い。

 

★『源氏物語』を読む〈157〉2017.8.6
今日は、第34巻「若菜 上」(その6)

▼「いとおいらかにのにもてなしたまへり。」と紫の上の心の中を描いたあと、急に、「年も返りぬ。」という短文がくる。源氏物語は、息の長い文がえんえんと続くのが特徴だが、そうした長い文のなかに、時折、短い文が現れ、場面をパッと区切る。絶妙な息づかいである。
▼源氏は40歳、紫の上32歳。年も改まり、六条院では、女三の宮を迎える準備で忙しい。そんななか、源氏の四十の賀が行われることになる。「四十の賀」というのは、四十歳になったことを初老として、長寿を祈る祝い。五八の賀ともいわれる。今「初老」というと、どのくらいの年齢を思い浮かべるか分からないが、もともとは「40歳」のことを言うのである。「弱冠」がほんとうは20歳のことを言うのだが、今では年が若いことを言うのに使われ、弱冠14歳とか、弱冠35歳とか、わけのわからないことになってしまっているけど、それと似ていて、「初老」と聞いて、40歳を思い浮かべる現代人はまずいないだろう。
▼でも、当時は40歳というと、「もうトシだ」って思うらしく、源氏はこの四十の賀を祝いたがらない。何事も大げさにとりおこなう友人の頭中将と違って、源氏はおおげさを嫌う。だから、まわりが、盛大にやりましょうといってきても、固く辞退していたのだ。
▼ところが、ここへなぜか玉鬘が登場する。彼女は、源氏の養女だからということもあるのだろうか、源氏には内緒で四十の賀を計画して準備する。さすがに、源氏もこれは辞退できずに、四十の賀はとりおこなわれる。やればやったで、簡単にすむはずもなく、いろいろなところからも御祝いは届くは、宴会では音楽が大々的に演奏されるはだけど、朱雀院の病気がまだ思わしくないということもあって、なるべく控えめにと源氏は気を配る。
▼玉鬘は、息子達を連れてきて、もう、立派なおかあさん。亭主の髭黒は、得意になって儀式をとりしきっている。髭黒の元妻の父親(紫の上の父)は、そういうのがおもしろくないから、行きたくないなあと思うのだが、孫(元妻の子)をつれてやってくる。
▼こうした様子を紫の上はいったいどんな気持ちで見ていたのか、まったく書かれていない。それだけに、書かれない紫の上の心中が思いやられる。
▼それにしても、こういう儀式って、いろいろな人間関係が見える。今でも、特に、親戚の葬式なんかに行くと、すっかり疎遠になってしまった人たちに会ったりして、懐かしかったり気まずかったりすることが多いものだ。
▼源氏は、玉鬘がこうやって、自分のためにいろいろと骨を折ってくれることは、昔のこともつい思い出されて嬉しいけれど、素直にありがとうとはいわない。こんなことしてくれるのはありがたいとは思うけど、せっかく老いを忘れてすごしてきたのに、トシのこと思い出させるなんてつらいなあ。それに、こうやって孫(玉鬘の子のこと。実の孫ではないが、養女の子なので。)を見ていると、なんか、せき立てられるような気がするなあ。(「かかる末々のもよほしになん」──「末々」が「孫」、「もよほす」が「せきたてる」)そういえば、夕霧も子どもができたらしいんだけど、アイツはちっとも逢わせてくれないんだ、などと愚痴を言ったりしている。
▼孫を見ていると「せき立てられる」ような気がする、なんて気持ちは、若い人にはとうてい分からないだろう。孫を見ることは嬉しいことには違いないが、それは同時に、自分の年齢を痛切に意識するということだ。孫がどんどん成長していくということは、必然的に自分が、まるでトコロテンのように、この世の外へ追い出されていくような気持ちになるということだろう。ぼくは、そんなふうに痛切に思ったことはないが、立ち止まって考えてみれば、そういうことだということはよく分かる。
▼玉鬘は、明け方に帰っていくが、その時の源氏の気持ちがこんなふうに書かれている。
▼「なかなかほのかにて、かく急ぎ渡りたまふも、いと飽かず口惜しくぞ思さる。」(なまじちょっと顔を見せただけでこんなに急いでお帰りになるのを、まったく物足りなく残念だとお思いになるのだった。)
▼「なかなか」という語も重要語。漢字で書くと「中中」。「基本的には、中途半端でどっちつかずの状態をいう。中途半端であるよりは、いっそないほうがよいことから、なまじっか、かえって、の意になる。」(全文全訳古語辞典)という言葉だ。この用法は今では滅びてしまっているが、いろいろな生活の場面で、ぴったりのシーンがよくあるものだ。
▼ぼくなんかも、今年で91歳になる母のところへ、ちょこっと(ほのかに)顔を出して、すぐにソソクサと帰ってくることが多いが、母は、ひょっとしたら、「なかなかだよねえ」(そんなくらいなら、かえって来ないほうがマシだわ。)って思ってるかもしれない。
▼そういえば、先日、スガダイローと柳家小八のライブの後の打ち上げで、43歳のスガ君が、春がくると、あと何回この春を見ることができるんだろうなんて思うんですよね、なんて年寄りじみたことを言うので、びっくりしたが、フリージャズピアニストなのに、落語と小津安二郎が大好きという彼には、もう、そういう感覚がある。彼も「初老」を過ぎているので、そう思ったとしても当然なのかもしれないし、そう思わないで、ヘラヘラ生きていた「初老」のぼくの方が、どうかしていたのかもしれない。もちろん、「初老」を遙か昔に通り越した現在では、明日の命も確信できないわけだが。

 

★『源氏物語』を読む〈158〉2017.8.7
今日は、第34巻「若菜 上」(その7)

▼女三の宮の嫁入りは、盛大にとりおこなわれる。なにしろ、元天皇の娘なのだから、その辺の貴族とはわけが違う。いわば鳴り物入りの嫁入りなのだ。六条院には、次から次へと家具だの贈り物だのがとどき、お付きの女房やらなにやらも続々とやってくる。
▼今まで、六条院には、いろいろな女性が移り住んできたわけだが、みなそれぞれに控えめで、明石の上などは、六条院にはだいぶ遅れて目立たないようにやってきたような気がする。それもなにも、みな紫の上こそが源氏の最愛の女性であり、だれもその地位を脅かそうなどとは考えていなかったからだ。
▼そして、いろんな女性が集まって住む六条院の世界は、紫の上という「中心」を持つことで、こころの葛藤はそれぞれにあったにしても、少なくとも、表面上は穏やかに、平和に、安定した世界でありえたのだった。
▼そういう世界へ、いわば、土足で乗り込んでくるような印象を女三の宮は与えたのではなかったか。彼女自身は、まだまだ子どもの、13、4歳だから、そんなつもりはまったくないのだが、その盛大な嫁入りは、彼女の思いを遙かに超えたところで、そんな印象を周囲に与えずにはおかなかったわけだ。
▼それをいちばん感じたのは、もちろん紫の上であって、女三の宮が乗り込んできた以上、自分の居場所はもうないとさえ感じただろう。いくら源氏が、あなたこそが、私がもっとも大切に思っている人なんだよと言っても、その言葉だけで彼女が生きていけるわけではない。もっとも大切に思っているなら、どうしてこんな残酷なことを平気でするのかと、問い詰めたいところだろう。けれども、紫の上は、だまって耐えて、女三の宮のところへ源氏が着ていく着物に香をたきしめるのだ。
▼当時は「妻問い婚」といって、結婚当初は、男が女の家を夜になると訪れるという形式をとったわけだが、今回の結婚では、そうした慣例にも則っていない。いきなり女が男の家に住むという形をとる。これも、天皇の娘だからなのだろうか。
▼結婚した日から三日間は、毎夜、新妻のもとに通うのが作法だから、源氏は、女三の宮のところへ行き、紫の上には「夜離(よが)れ」(夜の通いが絶えること。)が続く。
▼「三日がほどは、夜離れなくわたりたまふを、年ごろさもならひたまはぬここちに、忍れどなほものあはれなり。」(三日の間は、毎晩欠かさず女三の宮のほうへお越しになられるので、これまで長年の間、そのようなことはお慣れになっていらっしゃらない紫の上のお気持ちは、こらえようとするものの、やはりわけもなく悲しく感じられる。」
▼そして源氏のために女房に香をたきしめさせながら、紫の上は、ぼんやりともの思いに沈んでいる。その様子は「らうたげにをかし」(可憐で美しい)と書かれているが、それは源氏からみて、そう感じられるということ。その美しい紫の上の姿をみると、源氏は、どうしてこんなにいとしい妻がいるのに、新しい妻を迎えようなんてオレは思ったのだろうか、そんな必要がどこにあったというのか、それもこれも、みんなオレの「あだあだしく心弱くなりおきにけるわが怠り」(浮気っぽく情にもろくなってきている私の失態」のせいだと思い、あの若い夕霧のところへやったってよかったじゃないかと反省もするのだった。
▼源氏は、紫の上に、ね、今夜だけはゆるしてくれよ、明日からはお側をはなれないから。でもなあ、それじゃあ、(女三の宮のところに行かないという噂が)兄貴の耳に入ると困るしなあ。」なんて、ぜんぜん、慰めにもならない、反省もいかされていない言葉を言ってグズグズして、墨なんかすってる。
▼その墨で歌など書いて、なかなか立ち上がろうとしない源氏に、そうやってグズグズしているのはみっともないわ、はやくいらっしゃいよ、と紫の上がせかすと、源氏は「なよよかにをかしきほどにえならず匂ひて渡りたまふを、見出したまふもいとただにはあらずかし。」(源氏はしなやかで感じのよいお召し物で、えもいえずよい匂いをあたりにただよわせてお出かけになるのをお見送りするにつけても、紫の上のおこころは、とても平気ではいられないだろう。)
▼「初老」とはいえ、まだまだ色気のこぼれるような源氏が、自分がたきしめさせた香のかおりをまき散らして、新しい妻のもとへいそいそと出かけていく、それをだまって見送らなければならない紫の上の心中は、それはもう「ただ」ではありえない。
▼いま「いそいとと」と書いたが、本当は、最初から源氏は女三の宮がダメだとすぐに分かったのだ。同じ年頃の若紫を強引に連れてきてしまった日のことを思い出して、ああ、紫の上のほうがずっと聡明で可愛かったと思うのだ。だから、あまりに幼い女三の宮にがっかりするのだが、それでも、源氏の「すきごころ」は冷めはしない。本文のどこにも「いそいそと」にあたる表現はないけれど、紫の上の目にはきっとそう見えたに違いないのだ。そう見えたに違いないとぼくが確信できるほど、この部分の文章はさえている。まさに、「見えないものを見る」文章である。
▼その「確信」の原因は、「なよよか」(着物の糊がとれて肌になじむ感じをいう言葉。やさしい感じを与えるのである。)と、「匂ひて」の二語にある。どんな女にとっても魅力的な源氏が、さらに魅力をまとって出かける。紫の上がたきしめさせた香だとはいっても、それをよろこんで着て、女のもとへ行く。あたらしい女への源氏のはやるような期待が絵に描いたように見えるではないか。

 

★『源氏物語』を読む〈159〉2017.8.8
今日は、第34巻「若菜 上」(その8)

▼「夜離れ」の3日間、紫の上は眠れない。おつきの女房たちの目もあるから、「寝られない」でいる姿を見せたくない。意地である。それが、更に紫の上を苦しめる。
▼3日もベッドを空けられることは決して初めてではない、あの須磨流謫の日々は、いつになったら戻ってくるのかも分からず、ただただ同じこの世にいらっしゃると聞くだけでも嬉しく、須磨にいる源氏をただただ恋しく思っていたのだわ、それを思えば、こんなことなんてと自分を慰めるのだが……。
▼「風うち吹きたる夜のけはひ冷ややかにて、ふとも寝入られたまはぬを、近くさぶらふ人々あやしとや聞かむと、うちも身じろきたまはぬも、なほいと苦しげなり。夜深き鶏の声聞こえたるも、ものあはれなり。」(かぜが吹いている夜の空気も冷え冷えとしていて、すぐには寝付かれずにいらっしゃるのを、近くに控えている女房たちから様子が変だと思われはしないかと思って、身動きひとつなさらないでいるのも、やはりとてもおつらそうである。)
▼紫の上は「わざとつらしとにはあらねど」(ことさら源氏を恨んでいるわけではないけれど)、それでも彼女の苦悩は本人にも分からないほど深く、彼女の魂は、体を抜け出して、女三の宮のもとにいる源氏の夢に現れる。「生霊」まではいかないが、「当時、恋人が自分のことを思って悩んでいる時は、その魂が身を離れて夢の中に現れるという俗信があった。」(古典集成本注)という。
▼源氏は「うちおどろきたまひて」(はっとお目覚めになって。「おどろく」というのは、「はっと目覚める」の意味がある。)、どうしたんだろうと胸騒ぎ。その時、鶏の声が聞こえる。さっき、紫の上が聞いた一番鶏の声だ。まだ外は暗闇だが、(こういう時間を「暁」という。)源氏は、あわてて、紫の上の寝所へ戻ってくる。
▼その女三の宮の部屋から、紫の上の部屋までの間に、雪のうっすらと降り積もった庭が、暗闇に浮かんで見える。美しい場面だ。
▼紫の上の女房たちは、そんな源氏の「朝帰り」が悔しいから、トントンと格子戸を叩いても、寝たふりをしてすぐにはあけないで、源氏を懲らしめる。こういうところ、いいね。
▼外で長く待たされたもんで、すっかり冷えちゃったよ、これもあなたが怖いからこそだよ、もっともオレに罪はないんだけど、なんて源氏は言うのだが、何言ってんだか。
▼慣例に則って源氏は女三の宮のところに3日間通い続けたけれど、女三の宮がまったくの子どもで、しょうもないことがわかり、それにつけても、紫の上の素晴らしさが骨身にしみてわかるのだ。けれども、女三の宮のダメさを知って、兄貴(朱雀院)は、教養も深く、趣味もいいのに、娘にいったいどういう教育をしたんだろう。ぜんぜんなってないじゃないか、それに比べて紫の上はオレの教育の成果で、こんなに素晴らしい女性に仕上がったぜ、といった感想を持つのだ。
▼そういう源氏の心のありようと、紫の上の苦悩の深さは、どうしても釣り合わない。源氏は、紫の上が夢に出てくるほどの地獄の苦しみをなめていることにちっとも気づいていない。そればかりか、いくら機嫌をとっても簡単には機嫌よくならない紫の上に、女としての魅力を感じ、何を言ってもいいなりで、まるで子どものような女三の宮には女の魅力に欠けると判断する。そのうえ、自分の「教育の成果」を誇らしく思ったりする。
▼源氏は、4日目も5日目も、女三の宮のところへは風邪を引いたという口実で出かけない。けれども、紫の上は「思ひやりなき御心かな」と思う。つまり、源氏が女三の宮のところへ行かないのは、自分が引き留めて行かせないのだと周囲の人々思うかもしれない、その辺の苦しい事情を源氏に分かってほしい、察してほしい、と彼女は思うのだ。
▼源氏にしてみれば、行くも地獄、行かぬも地獄というわけだが、それくらいの地獄は味わったほうがいい、そう紫式部はおもっているのかもしれない。
▼女三の宮の様子はこんなふうに書かれている。
▼「女宮はいとらうたげに幼きさまにて、御しつらひなどのことことしく、よだけくうるはしきに、みずからは何心もなく、ものはかなき御ほどにて、いと御衣(おんぞ)がちに、身もなく、あえかなり。」(女宮は、まことに痛々しげに幼い有様で、御調度品などが仰々しく、堂々として格式ばっているが、当のご本人はまったくの無邪気で、何も分からないご様子で、まるでお召し物に埋まって、中に身体もないかと思われるほどほっそりとしていらっしゃる。」
▼「いと御衣がちに」がスゴイ。入学したての小学生が大きなランドセルしょっていると、まるでランドセルが歩いてるみたいだと思わず笑ってしまうが、そういうときは、古文では「いとランドセルがちで」と言えばいいわけだ。
▼体もないんじゃないかと思われる女三の宮は、心も幼くて、ほとんど「ない」に等しい。そういう女性を源氏は、どう見ているかというと、若い頃なら、オレもこんな女には目もくれなかったけどなあ、今は、いろいろあっていいと思ってるんだよね、という風な感想を漏らすのだ。女の多様性に目覚めたとでもいうのだろうか。
▼それでいながら、ますます紫の上の素晴らしさが実感されて、どうしてオレはこの人にこんなにまでも恋い焦がれているのだろうと、「ゆゆしきまで」(不吉な予感がするほど)に思う。もし、この人が死んでしまったら、オレはいったいどうなるのだろう、という不安がよぎるのだ。

 

★『源氏物語』を読む〈160〉2017.8.9
今日は、第34巻「若菜 上」(その9)

▼源氏の人間像を統一的につかむことはなかなか難しい。これが女性だと、かなり明確に把握できるのだが、どうにも源氏という男の実体は、「七つの顔の男だぜ」みたいなもんで、あるときは稀代の女たらし、あるときは超絶技巧のミュージシャン、またあるときは博識の歌人かつ評論家、って感じで、当時の貴族の理想型を一身に具現しているようで、この男をリアルな人間として理解するにはちと無理がある。
▼けれども、「統一的につかむ」ことにこだわらずに、つまり、矛盾には目をつぶって、その時その時の源氏の行動なり、心情なりを追っていけば、ある程度は彼を理解できるのかもしれない。
▼なんでこんなことを今さら言うのかというと、前回、紫の上の苦悩を目の当たりにしたわけだが、そうした最中に、源氏は、あの朧月夜の君に会いに行くからである。
▼女三の宮のことでもう一杯一杯の紫の上を目の前にしながら、なんでまた「過去の女」にまで手を出す必要があるのか、しかも、そのことをわざわざ紫の上に話す必要がどこにあるのか、理解に苦しむわけである。
▼朧月夜の君は、朱雀院のもとに愛人として使えていた(尚侍として)のだが、院が出家してしまうと、いわば「解雇」となって、実家に帰る。今は二条院と呼ばれているが、かつて、源氏の敵役だった弘徽殿女御が住んでいた邸である。もちろん、朧月夜の君は弘徽殿女御の妹。そんな敵方の女に手を出したものだから、源氏は須磨くんだりまで落ちていくはめになり、苦渋をなめたわけだし、朧月夜の君にしても、そんな不祥事を起こしたことで、宮中に一時出入り禁止となったという、いわくつきの仲なのである。
▼けれども、この朧月夜の君は、よっぽど魅力的な女性だったらしく、源氏は、そんなことがあったあとでも、文通は続けていて、折あらば会いたいものだと思ってきたのである。まあ、それは分かる。分かるけれども、何も今またそれを蒸し返すか? って話である。
▼実家に帰ってしまった朧月夜の君は、もう、いわば独身だから、源氏にとってはまたとないチャンスだったわけで、紫の上の苦悩などまるで眼中にないかのごとく、朧月夜の君に会いにいく。もちろん、そんなことが公になったら、また何を言われるか分かったもんじゃないから、隠密行動。女房を手なづけて近づく手口は相変わらずで、とうとう源氏は朧月夜の君の部屋の前までやってくる。彼女の方は、会いましょうなんて言った覚えはないから、びっくりするが、かといって嬉しくないわけでもない。けれども、部屋に入れるつもりもないから、部屋の鍵はきっちりかけて応対する。
▼源氏は、昔、あんな過ちを犯した仲じゃないか、今さら、そんなに避けても意味ないでしょ、お願いだから中へ入れてよと頼む。女の心は乱れに乱れて、結局、中に入れてしまったみたい。(遠回しにしか書かないので、注意深く読まないとよく分からないのだ。)
▼源氏は、紫の上のところに帰ってくる。実は、源氏は、出かけるときに、あ、オレさあ、あの末摘花の所へ行ってくるよ、なんか、最近調子悪いっていってたからさ、なんて空々しい嘘をついて出ていったのだが、紫の上は、そのウキウキした源氏の様子から、そんなところへ行くわけではないともちろん気づいていただろうし、たぶん、女房から、朧月夜のところらしいですよって聞いていたろう。
▼紫の上は、源氏の寝乱れた姿を見て(と書いてあるから、二人はやっぱり結ばれんだろうね。)、やっぱりなあ、と思いながら、知らん顔をしている。源氏は、どういうつもりか、末摘花のとこに行くっていった嘘も忘れて、朧月夜の君に会ったけど、御簾越しの対面だったから、なんか、物足りないなんてことを言う。こういう神経って、分かんないよなあ。
▼紫の上は、まあ、ずいぶんと若返ったものねえ、昔の恋を蒸し返したりして、でも、「中空なる身のため苦しく」と言う。「中空なる身」は重い言葉だ。「中空(なかぞら)」とは、「(1)どっちつかずで中途半端なさま。途中でやめてしまって、中途半端なさま。(2)精神の不安定なさま。落ち着かないさま。うわのそら。」(日本国語大辞典)の意味があるが、全集本では、(1)の意味で訳している。けれども、「日本国語大辞典」では、(2)の意味の用例として、この部分を挙げている。ここはやはり(2)の意味でとるべきだろう。
▼そんな話を聞かされたって、私は、気の利いた返答なんてする余裕はないのよ。私はもう精神不安定で、なにがなんだかもう分からないの。少しは私の気持ちも分かってよ! っていう紫の上の悲鳴が聞こえてきそうだ。
▼それなのに、源氏はそんな彼女の気持ちを想像することもできず、こういう時はね、そんなに無視しないで、ちょっとはヤキモチも焼いて見せるのが、女のタシナミなんだと教えたじゃないか、なんて言って、どうやら、朧月夜の君との一夜のことを、すっかり話して聞かせたらしい。
▼こういうところを読むと、今さらながら、現代との違いを痛感する。いわゆる「一夫多妻」の貴族階級においては、何人かの女性と関係を持つのが当然のことなのだから、源氏が、愛人との一夜のことを話して聞かせるというのも「普通」のことなのかもしれない。けれども、女性の側からすれば、そんなのたまらないわけで、そういう苛酷な状況にどう対処していけるかで、女性の価値が決まってしまうというのも、理不尽以外の何ものでもない。
▼そうした理不尽を生きる女性の方に、人間としての真実味が色濃く表れ、理不尽とも思わない男の方には、なんとも理解しがたいエゴイズムだけが突出してしまうのも致し方ないことだろう。

 

★『源氏物語』を読む〈161〉2017.8.10
今日は、第34巻「若菜 上」(その10)

▼源氏の娘、明石の姫君は春宮妃となっているが、まだ13歳。その妊娠が明らかになる。当時は結婚が早かったとはいえ、やはりこの年齢での妊娠には、周囲の不安も大きい。
▼紫の上は、この姫君の養母だから、姫君を見舞いにいくことになるが、そのついでに、女三の宮に挨拶に行こうと思いますがどうでしょうか? と源氏に聞くと、源氏は、ニッコリして、それはいいことだ。あの宮は、まだ幼いから、いろいろ教えてやってほしい、と満足げ。この六条院の平和は、この紫の上と女三の宮の「仲」にかかっているのだから。
▼けれども、紫の上は、本当は自分から女三の宮に挨拶に行きたくない。自分から出向くのは、屈辱だからだ。それでも、今は、立場上、自分から行かなければならない。
▼紫の上は、そんな自分のことを考え、私の上に立つ人が他にいるはずはない、私だって遠いとはいえ皇族の血を引いているのだと気を引き立てるが、でも、結局のところ、孤児同然にお祖母様に引き取られているところを、源氏に見いだしてもらっただけのことではなかったか、などと、我が身を顧みて、ぼんやりしている。
▼紫の上は、そんじょそこらの女のように、嫉妬なんぞに苦しむようなマネはしたくないし、そぶりも見せたくない。高いプライドの持ち主なのだ。けれども、そんなことを思って、ぼんやりしながら、硯に向かい、筆を執って、頭に浮かんでくる古歌などを書き散らすと、その古歌は、みんな、恋の苦しみ、嫉妬の苦しみを嘆く歌になってしまう。
▼「手習などするにも、おのづから、古言(ふること)も、もの思はしき筋のみ書かるるを、さらばわが身には思ふことありけり、とみづから思し知らるる。」(手習いなどにお書きになるのにも、ひとりでに、古歌も、もの思わしい筋のものばかり書いてしまうので、してみると、わが身には悩みがひそんでいるのだったと、ご自身思い知らされるのであった。)
▼「手習い」というのは、「字を習うこと。習字。」の意味もあるが、ここでは、「心に浮かぶままに古歌などを書き記すこと。」の意。楽しみの少ない当時としては、ヒマなときにこうしたことをしたわけだ。しかも、紙は高級品だから、贅沢な暇つぶしであるともいえる。こうした時に書いた彼女の字も、素晴らしいとあるが、架空の人物とはいえ、「その字」を見てみたいものだ。
▼この引用文には、「る」という「自発の助動詞」が大活躍している。「自発」というのは、「自然にそうなってしまう」という意味で、「無意識」を表現するには格好の言葉だ。「もの思はしき筋のみ書かるる」の「るる」も自発の用法で、気がついてみると「もの思はしき筋ばかり」書いてしまっている。それは、自分の心が自然とそういうところに現れているということなのだ。最後の「思し知らるる」の「るる」も自発で、「思い知る」という言葉だけでも十分に自発的なのに、ダメ押しするみたいに、「自然と思い知ることになったのだった」みたいな言い方になっていて、いかに、紫の上が、ぼんやりした意識の中でいろいろなことに気づかされたのかがよく分かる。
▼「わが身には思ふことありけり」の「けり」も重要な助動詞で、これは、ただ「過去」を表すのではなく、「気づきのけり」と呼ばれる用法の典型で、「ああ、私って、こんなに悩みを抱えていたんだ!」と、「発見」しているのである。
▼あれほど苦しんでいた紫の上なのに、自分では、「思ふこと」がなかったと思っていたのだろうか。どんなに袖を涙で濡らしていても、自分では、嫉妬のあまり泣いているとは思いたくなかったのだろうか。
▼その自らの心のありようを、ふと書き散らした古歌に見た。そして、そうか、私はこういうことを思い悩んでいたんだと「発見」した。どこまでも深い描き方である。

 

★『源氏物語』を読む〈162〉2017.8.11
今日は、第34巻「若菜 上」(その11)

▼前回抜き書きするの忘れたが、紫の上への賛辞。
▼「去年(こぞ)より今年はまさり、昨日よりは今日はめづらしく、常に目馴れぬさまのしたまへるを、いかでかくしもありけむとおぼす。」(去年より今年がまさり、昨日より今日がなお珍しく、いつも初めてみるような新鮮な印象をお与えになるので、どうしてこうも素晴らしいお方であったのだろうかと〈源氏は〉お思いになる。
▼源氏は、女三の宮をはじめ、さまざまな「妻」を眺めてきて、改めて紫の上の素晴らしさに気づくところだが、時すでに遅し。二人の関係は破綻しはじめている。
▼それにしても、「昨日より今日はめずらしく」というのは何と素晴らしい言葉だろう。「めづらし(珍しい)」という言葉は「めづ(愛づ)」(賞賛する。褒める。)という言葉から派生してきた言葉だが、「賞美する価値があり。素晴らしい。」という意の他に、「見ることがまれである。めったにない。新鮮だ。」などの意がある。こっちの方が今の使いかただ。
▼この部分は、「新鮮だ。」の意味でとりたい。長年連れ添ってきた古女房が、こんなふうに見えるということはそれこそ「めったにない」ことだろうが、源氏にそのように見えた、ということは、それだけ源氏が多くの女性と関係してきたからでもあろうが、それにもまして、紫の上という女性の類い希な素晴らしさを雄弁に語っている。
▼女性に限らず、また夫婦に限らず、人間のひとつの「理想型」として、この言葉を覚えておきたい。日々新たに、と自覚して生きることだけでも、そうとう難しい。それなのに、他者から、「ああ、あの人は会う度に違う。新鮮だなあ。」と思われるなんてことは至難のことだ。わざとそうするのではなくて、自然に生きていながら、そういう印象を与える、そんなことが可能な人間はそうそういないと思うが、そうありたいものだ。
▼どうしたら、そんなことが可能だろうか。たぶん、それは自分が「日々変わっていく」ように努力するということではないだろう。そんな努力には限界がある。疲れてしまうに決まっている。
▼むしろ、自分を忘れて、まわりの変化に敏感になること。新鮮さを感受すること。そのことによって、自然に自分も変わっていくのではなかろうか。
▼紫の上が、どう生きたのかは、詳しくは分からないけれど、幼いころに源氏に強引に「拉致」されて、源氏のもとで暮らしはじめて以来、戸惑いながらも、柔軟に対処して生きてきたことだけは確かだ。我が子でもない明石の姫君を託されたときも、きっと辛かっただろうけど、ああ、可愛い子だなあと「思えた」こと、それが今さらながら彼女の「資質」だったのだと思えるのである。
▼さて、源氏の四十の賀は、こんどは所を変えて例の嵯峨野に源氏が建てた御堂で行われ、さらに今は紫の上の「実家」となっている二条院での精進落となど、きらびやかな行事の描写が続く。
▼そんな中、懐妊中の明石の姫君に、大宮(姫君の祖母、明石の上の母。今は尼となっている。)が、昔話を聞かせる場面がある。実は、姫君は自分がどのような所に生まれたのか知らなかったのだ。明石の上は、娘がそんな出自を知ってしまったら、引け目を感じるのではないかと思って隠していたのだった。
▼それを半分ぼけた大宮が、詳しく話してしまう。御簾のうちに入って、なにやら孫にしゃべている母親を見た明石の上は、びっくりして、なにやってんの、せめて几帳でもおいてよ、それじゃお医者さんみたいじゃないの、って母親に文句を言う。お医者さんなら確かに几帳越しじゃ診察はできない。当時はたとえ祖母でも、高貴な姫君には直に会えなかったのだ。
▼オバアチャンの方は、もう耳もよく聞こえなくて、娘に注意されても「ああ」と顔を傾けて答えるのだが、それでも「いとさ言ふばかりにもあらずかし。六十五六のほどなり。」(それほどの年でもない。65、6歳である。)と書かれている。当時の65歳というのは、老人の極みかと思うと、案外そうでもないというところがフシギである。
▼自分の生まれのことを知ってしまった姫君は、私は大きな顔などできる身分ではなかったのだ。それを紫の上がここまでにしてくださったのだ。そんなことも知らずにずいぶん、思い上がったことを言ってきたものだわ、などと自分の立場をすっかり理解した、とある。しつこいようだが、まだ13歳。立派なものである。
▼ここは、明石の姫君のことを描きながら、結果的に紫の上への賛辞となっている。この巻には、紫の上を讃える表現が頻出する。それは、彼女を守り切れなかった源氏への痛烈な批判であるのかもしれない。

 

★『源氏物語』を読む〈163〉2017.8.12
今日は、第34巻「若菜 上」(その12)

▼明石の姫君のお産は、あっけないほど安産だった。年が若いだけに、大げさなほど周囲は心配して大騒ぎしたのに「たひらかに生まれたまひぬ。」葵の上がお産のときに、六条御息所の生き霊にとりつかれ、命を落としてしまうのとは大違いである。
▼しかも、生まれたのが男の子であったから、世継ぎの候補としても有力で、源氏も満足する。
▼明石の上は、生まれた子どもの祖母になるわけだが、それでも、出しゃばったりしない聡明な女性だから、誰からも憎まれないけれども、やはり、紫の上は、かねてから彼女のことを「許せない」と思っていたのだ。そのことはあまり表面化してこなかったけれど、ここへきて、実はそうだったのだと分かる。ぼくのようなうかつな読者は見逃してしまうほど、チラッと書かれていたということだろう。
▼子どものいないことへの引け目もあったろうに、そこへ明石の上が娘をつれて乗り込んできて、挙げ句の果てに、その娘の養育を押しつけられた紫の上が、どれほど辛い思いをしたか、考えれば分かることだが、その辛さを紫の上はほとんど表に出さなかったし、作者も、そこに焦点をあてて描かなかったので、あ、紫の上は、平気なんだなんて脳天気な読み方をされるおそれもあるわけだ。ぼくは、それほど脳天気な読み方をしたわけじゃないけど、ずっと、嫉妬していたとまでは思わなかった。けれども「子ども好き」な紫の上だから、明石の姫君を育てることは楽しかったのだろうと、そっちにばかり気持ちが行っていたことはいなめない。
▼紫の上は、この生まれてきた子ども可愛がって、自分からオモチャなどをいそいそと作って遊んでやったりしているうちに、自然と明石の上を許せるようになっていったのだと、書かれている。
▼しかし、今まで嫉妬していた気持ちがふっつり消えて、明石の上と心通じる仲になったのかというと、そうとは考えられないし、紫の上が明石の上を許せるようになったのも、明石の上が最高度の気遣いをした結果とも考えられるわけだが、明石の上にしてみても、自分がほんとの親なのに、身分が低いばっかりに、「養育権」を紫の上にとられてしまったという無念もきっとある。この二人の関係も、一筋縄ではいかない。
▼面白くないのは、ヒイばあちゃん、つまり明石の上の母親で、ここでは、かわいそうに「古代の尼君」などと呼ばれているが、この生まれたばかりの若君をゆっくり見ることもできないので、おおいに不満。
▼「なかなか見たてまつりそめて恋ひきこゆにぞ、命もえ堪ふまじかめる。」(なまじ若宮を一度拝見したために、またお目にかかりたくて、切ない恋に命も堪えられないご様子である。)と、語り手にからかわれている。
▼ヒイばあちゃんとしては、見たくてたまらないというのは当然なことなのに、どうも、源氏物語は、年寄りに冷たい。年寄りはいつも、ひがみっぽいとか、ぼけてるとか言われて馬鹿にされる傾向がある。それに対して、「若々しい」ということがとても重視されてるように思う。「子どもじみてる」はダメだけど。
▼その年寄りの代表みたいな形で出てくるヒイばじいちゃんの方、つまり、明石入道(明石の上の父親)が、ここで登場してきて、遺言を書いてくる。オレはずっと明石でくすぶっていたが、娘から天皇や皇后が生まれる夢を見て、その実現を願って今まで祈りを続けてきたんだ。こんど、明石の姫君が男の子を生んだと聞いて、もう、オレは何も思い残すことはないから、山に籠もって極楽往生をひたすら祈ることにする。もう、誰にも会わないから、オレが死んでも葬式もいらない。オレの体は、熊や狼に献上するつもりだ、などとくどくどと書いてある。
▼不思議な人である。せっかく、念願叶ったのだから、なんとしても都にのぼり、一目でもひ孫の顔を、いやせめて孫の顔を見たいと思うのが人情だろう。ところが、この人は、そんなことはまるで思わないで、自分の領地をはじめ、何から何まで投げ捨てて、山の中へ姿をくらましてしまうのである。
▼その遺書を見て、明石の上も、尼君(明石の上の母)も、悲しくて涙に暮れる。とくに尼君は、長年連れ添ってきた亭主と、今は離れて住んでいる(夫は明石、妻は都)ことさえ悲しくてならないのに、せっかく、孫に子どもが生まれて、やれやれこれで夫がこっちへ来るか、それがだめなら私が帰るか、いずれにしても、ようやく一緒に暮らせるわって思っていたら、夫は極楽で会おうなんて意って、さっさと山に中に入っていってしまう。なんてことだと嘆くわけである。その気持ちよく分かる。極楽で会うのはかまわないけど、その前に、この世で会っておいてもバチはあたらないと思うんだけどなあ。
▼これも男のエゴイズムなんだろうか。とにかく、源氏物語に出てくる男たちは、理解に苦しむヤツが多い。
▼明石入道の長い手紙の中に、平仮名で書いてある手紙(つまり明石の上の書いた手紙)を読むのは読みにくくて時間がかかって、仏道修行の邪魔だ、なんて書いてあるのが面白い。男は漢文を読み馴れているから、女から来る平仮名の手紙って、読むのに時間がかかったんだと改めて気づかされた。
▼明治に入って、言文一致の動きが活溌になったけれど、新聞にしても相変わらず文語体で書かれていて、そっちの方が「読みやすかった」とか、せっかく二葉亭四迷が、口語体で「浮雲」なんて小説書いたのに、一般には「読みにくい」とかでなかなか受けなかったというのと似ている。
▼今なら、漢文を読むより、平仮名で書いてある文を読むほうが、よほど時間がかからないだろうけど、何事も「慣れ」である。

 

★『源氏物語』を読む〈164〉2017.8.13
今日は、第34巻「若菜 上」(その13)

▼女三の宮の生んだ皇子は、すくすくと成長する。その描き方にびっくりする。
▼「日々に、ものを引きのぶるやうにおよすけたまふ。」(日に日に、物を引き伸ばすように、どんどん成長なさる。)というのだ。この部分について、全集本は「『竹取物語』のかくや姫の例に見られる小さ子(ちいさご)異常成長譚の型がここにもあると指摘される。指摘しているのは「岷江入楚(みんごうにっそ)」という源氏物語の注釈書。中院通勝(なかのいんみちかつ)著。1598年(慶長3)成立の本で、それまでの源氏物語の注釈書の諸説をまとめ、さらに自分の説もくわえて集大成したもの。全55巻。
▼つまり、源氏物語に関しては、中世以来、実に多くの注釈書が書かれてきたということだ。彼らは、それこそ、源氏物語に惚れ込み、一字一句を丹念に読み解き、解釈し、自分の考えを記してきたのだ。そして今でもそれらの注釈書が、源氏物語を読むためにおおいに役立っている。このことを考えただけでも、今、ぼくらが源氏物語を読めるということが、どんなに「ありがたい」ことか分かるだろう。
▼ま、それはともかく、源氏物語がいくら「近代的」だからといって、今の小説のようなつもりで読むと、「びっくりする」ことになる。生まれたばかりの赤ん坊が、「物を引き伸ばすように」成長するなんて、聞いたこともない。むしろ、「こんなに小っちゃくて大丈夫かなあ。」としばらくは思うのが普通だ。しかし、こういうところに、「古い物語」の面影を見ることができるわけである。
▼いわゆる「継子イジメ」の話も、源氏物語以前にずいぶんとあって、その「型」が、源氏物語にも影を落としている。
▼明石の上は、紫の上について、娘を預けたときは、そんなに丁寧には育ててはくれないだろう、もしかしたらいじめるかもしれない、と思ったと回想するのだが、その時も、ふとそうした「継子イジメ」の物語が頭の中をよぎっているに違いないのだ。
▼明石入道の遺書は、それまで入道が住吉神社にたてた願文などがぎっしり入った箱の中に入っていたのだが、その願文は、なんとかして、娘が都にのぼり、天皇の后となり、明石一族の再興を! というもので、それが普通の手紙に使う「陸奥紙(みちのくがみ)」に書かれている。厚手の紙で、時間がたってぶくぶくにふくれているものもあり、梵字なども混じっていて、読みにくいものもあるのだが、明石の上は、それを娘に見せて、それを託す。自分もそういつまでも生きていられないだろうから、あなたが持っていないさいというわけだ。
▼「(姫君は)いとあはれとおぼして、御額髪のやうやう濡れゆく御側目(そばめ)、あてになまめかし。」(姫君は、大変感動なさって、額の髪がだんだんと涙で濡れていく御横顔は、たいそう気高く美しい。)とある。
▼うつむいて入道の手紙や願文を読んでいるうちに、涙がながれ、額から垂れた髪が濡れてゆく。美しい描写だ。
▼そんなふうに親子で涙にくれているところへ、女三の宮の部屋にいた源氏が突然やってくる。その手紙の入った箱を隠そうとするが間に合わず、めざとい源氏に見つかってしまう。
▼なんだ、なんだ、だれかいい人の長い恋文かな〜? なんて言う源氏に、あら、すっかり若返ってそんな邪推をまたするようになったのですか? とこれは、いい年して若い子(女三の宮)とつきあったりしてという、明石の上のあてこすり。彼女も、女三の宮のことは快く思っていないのだ。もう彼女は、紫の上の味方だから。
▼部屋に突然入ってきた源氏は、その箱を見つける前に、まず、赤ん坊がいないことに気づいて、あの子はどこだ? と聞く。紫の上が連れて行かれましたよと明石の上が答えると、源氏は、そりゃいかん、彼女に独り占めにさせちゃだめだよ、何でそう軽々しく渡してしまうんだい? 会いたければ彼女がこっちへ来ればいいんだ、といったようなことを言う。
▼明石の上は、そんな思いやりのないことは決して言ってはなりません。皇子はあの方がお育てになるのがいいのです、と断固たる態度をとる。源氏は、そうかいそうかい、皇子のことはあなたたちで決めて、オレは仲間はずれかい、と苦笑するが、ほんとは苦笑で済む話ではない。
▼そもそも、明石の上の産んだ子どもを、彼女から引き離して紫の上に育てさせたのは源氏ではないか。子どもをとられた明石の上と、亭主の愛人の子どもを押しつけられた紫の上。どちらも辛い思いをした。その辛い思いをさせた張本人が、こんどは、君の娘が産んだ子だから、娘に育てさせればいい、祖母でもないヤツに渡す筋合いはないじゃないかとは、なんたる言いぐさだ。
▼明石の上は、源氏を厳しく諭すが、源氏は彼女の気持ちがちっとも分かっていない。真面目に諭された直後に、おや、なんだい? その箱は、恋人の手紙かい? だから、彼女も相当頭にくるよね。嫌味の一つも言いたくなるわけだ。
▼それにしても、この源氏の言葉は、すごくひっかかる。彼は、心の底から紫の上を「愛して」いるのだろうか。紫の上は、源氏に「最も愛された女性」ということになっているが、現代人がそう評するときの「愛」と、源氏の「思い」との間には、だいぶ大きな隔たりがあるのではなかろうか。そんな気がする。
▼源氏は、明石入道の遺書や願文を読んで、涙を流す。そうか、あのオトウサンはただのお坊さんじゃないとは思っていたけど、これほど深い志があったのか。そこらの生臭坊主とはえらい違いだ。オレが、須磨での苦しい生活を送らなければならなかったのも、この入道の願の成就のためだったのかと、深い感慨に陥るのだった。

 

★『源氏物語』を読む〈165〉2017.8.14
今日は、第34巻「若菜 上」(その14)

▼明石の姫君に、今までのいきさつをすべて教えた源氏は、あなたを育ててくれた紫の上をあだやおろそかに思ってはいけないよ、世の中には、表面上はいいようにつくろっても、その陰でさんざんに継子をいじめるなんて話はたくさんあるんだからねと、こんこんと諭す。
▼明石の上にも、あなたは、ものの道理の分かった方だから安心だけど、どうぞ紫の上と仲良くして、この女御(明石の姫君)の面倒をみてやってくださいと言う。
▼すると、明石の上は、そんなことおっしゃらなくても、私にはよくわかっております。もともと、お仲間に入れてももらえないような身分の私がこうしていられるのも、みな紫の上のおかげです。あの方が、私を目障りだと思いもせずに、私のいたらなさをいつもかばってくださっているのですから、などと言うと、それに対して源氏は、こんなことを言う。
▼「その御ためには何の心ざしかはあらむ。ただ、この御ありさまを、うち添ひてもえ見たてまつらぬおぼつかなさに、譲りきこえらるるなめり。」(〈紫の上は〉あなたに対して、特に好意があるというわけではないでしょう。ただ女御にいつも付き添ってお世話申し上げられないのが気がかりなので、お任せ申しあげられるのでしょう。)
▼全集本の注は、「紫の上に対する明石の上の感謝の言葉に対して、紫の上はあくまで女御本位なのであって、女御への行き届かぬところを明石の上に委任しているにすぎないとする、源氏の冷ややかな言葉に注意。」としている。
▼ここは「注意」どころか、驚いてしまう。どこからどうしてこんな冷たい言葉が出てくるのだろう。紫の上はほんとにいい方で、私を大事にしてくれてほんとに感謝しているのです、って言ってるのに、別に君に好意があるわけじゃないと思うよ、女御(明石の姫君)が大事なだけなんだよ、って、そりゃあないでしょう。
▼源氏は続けて、あなたが自分が親だからといって万事を取り仕切るようなふるまいをせずに、すべて円満に運ばれるので、とても気が楽なんです、という。この「気が楽」(心やすし)といのも、気に障るなあ。源氏の「こころやすさ」のために、どれだけ明石の上や紫の上が苦渋をなめてきたことか。少しは考えてものをいいたまえ、って言いたくなるよね。
▼明石の上は、この言葉を聞いて、「さりや、よくこそ卑下しにけれなと思ひつづけたまふ。」(やっぱりだ。よくも自分は卑下して生きてきたものよと、思い続けていらっしゃる。)
▼この「さりや」は、「そうなのだ。」とか「やっぱりだ。」とか訳すしかないけれど、明石の上の万感の籠もった言葉だ。そうか、自分は、紫の上にずいぶん感謝しているけれど、それは決して紫の上が私を「愛して」いるからではないのだ。対等の人間として扱われているわけではないのだ。紫の上ばかりではない。結局のところ、源氏も、私の娘がいたからこそ私をこんなふうに大事に扱ってくれただけのことで、私自身が源氏に「愛されていた」わけじゃないのだ。それでも、今の私がこうして人もうらやむような生活をしていられるのも、私が「卑下」してきたからだ。じっと堪えてきたからだ。それが、そのことだけが、源氏にとっては都合がよかったのだ。そんなふうに思ったのかもしれない。
▼もちろん、ここに「愛」なんて言葉が出てくるわけではない。現代風に解釈すると、こうなるかなあといったところ。
▼源氏はそんなことを言って、紫の上の部屋へと帰っていく。その後姿を見送りながら、明石の上は、やっぱりあの方がいちばん大事なんだわ。それなのに、あの方より身分の上の女三の宮が来て、お気の毒だ、と思う。そして自分の「宿世(すくせ)」(宿命)は、こんな身分の者にしてはたいしたものだったと感慨にふけるのである。
▼こうして、女三の宮降嫁にまつわる話からちょっと脇道へ逸れたところで語られてきた明石の上一族の話は、いちおうの締めくくりを迎え、話は、女三の宮の件へと集中していくようである。
▼「若菜」の巻に、こうした部分があることは、ぜんぜん覚えていなかった。

 

★『源氏物語』を読む〈166〉2017.8.15
今日は、第34巻「若菜 上」(その15)

▼女三の宮の結婚に際しては、夕霧もおおいに気になるところだったのだが、オヤジのところへ行ってしまったのならしょうもないと諦めてはいるものの、気になってしょうがない。
▼しかし、こういう高貴な人に直接会うということは簡単にできることではないから、その周辺に仕えている女房たちを観察することで、その主人を推測するのである。類は友を呼ぶ、ということだろうか、本人のことはよく知らなくても、どういう人と付き合っているかで、けっこう本人の人柄とか好みとかが分かるもので、それは現代でも変わらない。
▼女三の宮の女房たちは、たくさんいるけど、みんな派手で軽薄で、子どもっぽくて、キャアキャアいって遊び騒いでいる女ばかり。きっと中には、人知れぬ悩みを抱えている人もいるんだろうが、そういう人も結局まわりの人に合わせて行動しているから、全体として、キャピキャピ集団となってしまうものだと書かれている。なかなか鋭い観察だ。
▼源氏は、心が広いから、苦々しく思いつつも、そういう女房たちを特別注意することもしないが、女三の宮にだけは、女のとしてのタシナミを教えるが、どうも効果がないようだ。
▼この後、女三の宮は重大な過ちを犯すことになるのだが、それも、女三の宮だけの落ち度ではなくて、実はこうした派手で軽薄な女房のせいもあるということを、ここではさりげなく、夕霧の目を通して語っているのである。大事な伏線である。
▼夕霧は、六条院にあつまる様々な女性を見ながら、自分の妻(雲居雁)のことを思うのだが、どうも、彼女は取り立てて優れたところもないし、なんかぱっとしないなあと思っている。これも伏線。
▼この夕霧よりも、マジに女三の宮に執着しているのが、柏木である。柏木は、かつての源氏の遊び友だち頭中将の息子で、夕霧より5歳ほど年上で、このとき、24、5歳。つまり、柏木からすれば、高校時代の遊び友だちの親父の奥さんに恋しているということになる。ま、「奥さん」っていっても、10歳以上も年下なんだから、ちょっとぴんとこないけど、簡単にいえばそういうことになる。
▼で、この柏木は、女三の宮と結婚したいと本気で思ったのだが、友だちの親父のところへお嫁に行ってしまった。普通ならここで諦めるところだが、彼は全然諦めない。今からでも遅くない。なんとかして会ってみたいと激しく思うのだ。
▼こういう場合も、直接会うなんてことはできないから、おつきの女房を抱き込んで、手引きをさせることになる。ここで、「女房」が問題となるわけである。しっかりした女房なら、そんなことは断固として断る。けれども、先に述べたように、女三の宮の女房たちにはしっかりしたヤツがいない。みんな浮ついた女ばかりだから、美男子の柏木に言い寄られて、ね、頼むよなんて言われたら、むしろ一つ返事で引き受けてしまうだろう。もちろん、自分も柏木と関係もつだろうし。
▼女三の宮に求婚していた当時から、柏木は、しっかりそういう女房を抱き込んでいたのである。それは女三の宮の乳姉妹の「小侍従」と呼ばれる女。ずっとその小侍従から女三の宮に関する情報を得ていたようだが、最近の様子は、源氏のご寵愛は紫の上のほうにばかり行っていて、女三の宮は負けてるとのこと。柏木は、オレは、女三の宮と結婚できるような身分じゃないけど、でもオレだったら彼女にそんな思いはさせない。だからさ、とばかり、この小侍従を責め立て、なんとか会わせてくれと頼むのだ。
▼源氏はそのうち出家するという噂があるから、そのときこそ、と、チャンスを狙っているのである。なかなかしたたかな柏木である。
▼そして、とうとう運命の日がやってくる。

 

★『源氏物語』を読む〈167〉2017.8.16
今日は、第34巻「若菜 上」(その16)


▼3月末、六条院で、蹴鞠が行われた。桜の花が雪のように散る庭に、若い貴公子たちが集って、蹴鞠に興じるさまは絵巻物を見るかのように美しい。
▼「大将も督(かむ)の君も、皆おりたまひて、えならぬ花の蔭にさまよひたまふ夕ばえ、いときよげなり。」(夕霧も柏木も、みな庭にお降りになって、えもいえざ美しい桜の花のもとをあちこち動きなさる夕明かりの中のお姿は、本当に美しい。)
▼「夕映え」というのは、夕焼けのことではない。「(1)あたりが薄暗くなる夕方頃、かえって物の色などがくっきりと美しく見えること。(2)夕日の光をうけて美しくはえること。夕焼け。」(日本国語大辞典)とあるとおりだ。ここにも「夕焼け」との訳があるが、いわゆる夕焼け空のことではなさそうだ。
▼夕方の光がいちばん美しいと言ったのは、ダヴィンチだったろうか、朝の光も透明感があっていいものだが、やはり、夕方の光には劣るというものだ。その夕方の光に桜の花びらが照らされ、その下に遊ぶ貴公子たちの姿が照らされるさまは、ほんとうに夢のようだ。
▼源氏は、遊びに興じる彼らの若々しい姿を楽しみながらも、それにしても騒々しいことだとつぶやいている。
▼うっとりとしながら蹴鞠に興じていた夕霧は、疲れたのか、折り取った桜の枝をもって御殿の階(きざはし=御殿の廊下へ上る階段)に座る。柏木もまた隣に座る。
▼女三の宮のいる御殿の方を見ると、もうあの若い女房たちが、御簾のあたりにキャーキャー言って押し寄せている様子。御簾の下から、女房たちの来ている着物の裾がはみ出て、とてもきれい。きれいだけど、そんなのはハシタナイことで、まともな女房たちならそんなことはしない。けれども、彼女らは、もう若い貴公子たちに夢中だから、几帳なども取りのけてしまって(本当は御簾の内側に几帳、つまり移動式のカーテンのようなものを置いて、そとから姿を絶対に見られないように何重にもガードしているわけである。)、我先にと見物している。
▼そこへ、突然、猫が飛び出してきた。女三の宮が可愛がっていた唐猫である。その猫は長い紐につながれていたのだが、女房たちの大騒ぎに興奮したのか、庭へ飛び出したのだ。と、その猫の紐が、御簾に引っかかって、御簾の片端がめくり挙げられてしまったから大変。几帳もどけてあるから、中が丸見えだ。そんなとんでもない事態になっても、あ、いけない、と気をきかせて、御簾をおろす女房もいない。夕霧は、ダメだなあと思って、いっそ自分が行って御簾を下ろしてこようかと思うのだが、それも軽々しい行動のように思えてためらっているが、もう中は大騒ぎである。
▼「几帳の際すこし入りたるほどに、袿姿にて立ちたまへる人あり。階(はし)より西の二の間の東のそばなれば、まぎれどころもなくあらはに見入れらる。紅梅にやあらむ、濃き薄き、すぎすぎに、あまたかさなりたるけじめはなやかに、草子のつまのやうに見えて、桜の織物の細長なるべし。御髪の末までけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびき、末のふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、七八寸ばかりぞあまりたまへる。御衣の裾がちに、いと細くささやかにて、姿つき、髪のかかりたる側目、言い知らずあてにらうたげなり。夕影なれば、さやかならず、奥深きここちするも、いと飽かずくちをし。鞠に身を投ぐる若君達の、花の散るを惜しみもあへぬけしきどもを見るとて、人々、あらはをふともえ見つけぬなるべし。猫のいたく鳴けば、見返りたまへるおももち、もてなしなど、いとおいらかにて、若くうつくしの人やと、ふと見えたり。」
▼口語訳(全集本)を示しておこう。──几帳の際から少し奥まったあたりに、袿(うちき)姿で立っていらっしゃる人がいる。階段から西の二つ目の柱間の東の端なので、隠れようもなくあらわに見通すことができる。紅梅襲であろうか、濃い色、薄い色が次々に、幾重にも重なった色の移りもはなやかで、ちょうど草子の小口のように見え、上に着ておられるのは桜襲の織物の細長のようである。御髪が裾まではっきり見えるところは、糸を縒りかけたように後ろに引かれており、その裾のふさふさと切りそろえてあるのは、まことにかわいらしい感じで、身の丈よりも七、八寸ほど長くていらっしゃる。お召物の裾が長く余って、ほんとにほっそりと小柄で、その姿かたちや、髪のふりかかっていらっしゃる横顔は、なんともいいようもないくらい気高く可憐な感じである。夕方の薄明りなので、はっきりせず、奥の暗くなっているのもじつにはがゆく残念でならない。蹴鞠に熱中する若君達の、花の散るのを惜しんでなどいられぬ有様を見ようとして、女房たちは、こちらからまる見えになっているのもすぐには気がつかないのであろう。猫がひどく鳴くので、振り返られた面持や身のこなしなどが、まことにおおどかで、若くかわいらしい人よ、と直感されるのである。
▼猫が飛び出してきたときの描写といい、この部分の描写といい、目を見張る文章である。今引いた部分などは、最初は地の文かなと思っていると、視点がいつのまにか、柏木になっていて、「若くうつくしの人やと、ふと見えたり。」で明らかに柏木の「思い」に収斂している。映画でいうと、フォーカスがだんだん合ってきて、最後にフォーカスがすごい解像度でピタッと合う感じだ。
▼「ふと」がいいね。あ、カワイイ! って瞬間的に感じた、その感じがとてもよく出ている。
▼実は、この女三の宮の姿を、夕霧も見ちゃった、のである。けれども、夕霧は柏木の熱烈な女三の宮に対する思いを知っているから、自分でも、ああ、もっとよく見たかったと残念に思いながらも、柏木は大丈夫か? ってほうに気が行くのだった。
▼柏木は案の定、庭にまだいた猫を招き寄せて腕に抱いて、その猫から匂ってくる女三の宮の移り香なんかかぎながら、ぼおっとしているばかり。この柏木の「ぼんやり」に物語全体がおおわれて、なんだかもう、すべてがどうなってもいいや、って感じになっているような、そんな印象も受ける。
▼蹴鞠も終わって、源氏が、夕霧や柏木を相手に昔話をして、それにしても、柏木君は強いなあ、そういえば君のオトウサンも蹴鞠なんぞの方面はオレよりずっと優れていたっけ、やっぱり血は争えないもんだなあなどと軽口を叩いている間も、柏木は、生返事をしながら、心の中は、ああ、この人の奥さんになってしまった女三の宮が、ボクにふさわしいわけないもんなあ、でも、せめて、ボクをカワイソウとでも思ってくれるようにならないものかなあと、切ない思いでいっぱいなのだった。
▼物語の外側にまで溢れてくる柏木の切なさは、源氏の昔がたりはもちろん、夕霧の心配までもを、まるで遠い彼方から響くむなしい音のように感じさせる。
▼事件としては、たいしたことのない事件である。しかし、この一件が、柏木を狂おしいまでにつき動かし、重大な結果を招くに至るのだ。しかしまた、それは、若い女三の宮や柏木の落ち度というよりも、この時、六条院を覆っていた爛熟し退廃した空気のせいなのではないか。それは、あまりに美しい春の夕暮れという美的な要素と、女三の宮と彼女をとりまく女房達のだらしなさと放縦さと、源氏の満ち足りた思いが招いた油断と、そういったものが渾然となってできた空気のせいではなかったのだろうか。
▼後から考えれば、どうしてあの時、と思うことは人生にはたくさんある。この場面でも、どうしてあの時あの猫が飛び出したのか、あの猫さえ飛び出さなければ、物語の展開はまるで別のものになっていたかもしれないと思う。しかし、この場面を読んでいると、それは、物語の展開上の必要というより、むしろ、リアルな現実としての必然ではなかったろうかと感じてしまうのだ。そう感じさせる紫式部というのは、ほんとうにすごい作家だ。
▼ぼくは、大学生のころ、この若菜の巻を読んで、もうこれ以上の文学は世界にないだろうと思ったものだ。これを読んでなお、新しい小説を書こうと思う小説家がいるだろうかとさえ思ったものだ。その思いは、今になってもやっぱり基本的には変わらない。

 

★『源氏物語』を読む〈168〉2017.8.17
今日は、第34巻「若菜 上」(その17・読了)

▼夕霧と柏木は、一緒に車に乗って六条院を後にする。車中で、柏木は女三の宮のことを話しまくる。
▼あんなに素敵な人なのに、源氏は、紫の上ばかりかわいがって、彼女をないがしろにしているなんて気の毒だ、と言うと、夕霧は、それはとんでもない言いがかりだよ、ただ、紫の上は特別な事情のある方(かつて、「強奪」して娘のように育ててきたことを指す)だからね。女三の宮だってオトウサンは大事に扱っているよ、と弁護する。柏木は、「いで、あなかま、たまへ。」(いや、つまらぬことを、やめてください。)と激高して、みんな知ってるんだ、女三の宮はあんなに高貴な方なのに、源氏がひどい扱いをしてるってこと! と言って、ただただ女三の宮に同情を寄せる。
▼夕霧はそういう柏木をみて、ああ、やっぱり思ったとおり、コイツは惚れちゃったんだ、メンドクサイなあと思って、話をそらして、やがて別れた。
▼柏木は親の邸に住んでいる。非常に自尊心の高い若者で、ぜったいに高貴な女性と結婚するのだといって、いまだに独身を通しているのだ。だから、もう、これは絶好のチャンスなのだ。よく考えれば無理な話なのだが、恋は、走り出したらとまらない。
▼柏木は、鬱々として、いてもたってもいられずに、例の小侍従(女三の宮の女房で、乳姉妹)に手紙を書く。もちろん、女三の宮への手紙である。その手紙はこんなふうに書かれている。
▼「あやなく今日はながめ暮らしはべる。など書きて、よそに見て折らぬ嘆きはしげれどもなごり恋しき花の夕かげ」
▼「よそに見て」以下が和歌で、「あやなく今日はながめ暮らしはべる。」が前書き。「など書きて」とあるので、前書きがもうちょっと長めなのだろう。問題は、この前書きの文章で、これは、注によると、「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日はながめ暮さむ」という古今集の恋の歌を下敷きにしているのだ。つまりこの歌の後半の「あやなく今日はながめ暮さむ」を、ちょっと変えて前書きにしているわけ。
▼この歌の意味は、「見ないというのでもなく、見たというのでもない、ただ御簾の隙間からほのかに見たあなたが恋しいので、わけもなく今日は一日中ぼんやりもの思いにふけって暮らしました。」ということだ。
▼その上で、柏木の歌。その歌は「遠くから見るばかりで、手折れぬ(自分のものにできない)悲しみは深いけれど、夕明かりの中で見た花(女三の宮のこと)の美しさはいつまでも恋しく思われます。」という内容なのだ。
▼つまり、そのまんま、なのである。この手紙をまず読んだ小侍従は、柏木が女三の宮を「見た」その一件を知らないから、通り一遍の恋文だろうと思って、困ったものですけど、あの方がこんなこと言ってますよと、その手紙を渡す。それを読んだ女三の宮は、すぐに、あっと分かるのだ。そうか、見られちゃったんだわと思って、顔を赤らめる。
▼その時、女三の宮は、そういえば、源氏が、夕霧に姿を絶対に見せるなと言ってたなあと思い出すのだが、「柏木に見られてしまった」ことの重大性には思い及ばず、あ〜あ、こんなことがバレちゃったら、源氏に叱られちゃうわ、と思った。その「心のうちぞ幼かりける」(心の中は、子どものようなのだった。)と語り手は言う。
▼当時は、高貴な女性は「深窓」にいて、男に姿を簡単には見せなかった。だからこそ、男たちは、何とかしてその姿を見ようと必死になり、幸運にも(あるいは不幸にも)「見てしまった」男は、狂おしいほどに恋い焦がれることになってしまう。そのことを自分の経験も踏まえてはっきりと認識している源氏は、自分の息子の夕霧でさえ警戒し、女三の宮に何度も姿を見せるなよと注意したのだった。その源氏も、柏木にまで気が回らなかったわけだ。けれども、夕霧はダメだけど、柏木ならいいと言ったわけじゃない。要するに、夕霧にさえ気を許すなということは、ましてそれ以外の男に気を許しちゃダメなのは当然だということだ。
▼「見られた」ことが招く重大な結果に思い及ぶことなく、ただ、源氏の言いつけに背いてしまったことで、「叱られちゃう」としか思わない女三の宮の子どもぽさは、もう、どうしようもない。
▼女三の宮は返事を書こうともしないので、小侍従がいつものように返事を書く。彼女のことは、ダメだと言ってるじゃありませんか、それなのに、何ですかあのお手紙は、「見ずもあらず」なんて歌を思わせぶりに引き合いに出したりして。どうせ高嶺の花なんですから、無理無理、だってさ。
▼こうして「若菜上」の巻は終わるが、「若菜下」は、この話と地続きである。いちおう上下に分かれているが、それはあまりに長いからだろう。
▼「若菜下」は、この柏木の恋の行方が語られるはずである。




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