「源氏物語」を読む

 

No.16 関屋 〜 No.19 薄雲

 

 


【161 関屋】

 

★『源氏物語』を読む〈84〉2017.5.18
今日は、第16巻「関屋」(その1・読了)

▼全集本で、7ページと非常に短い巻。「空蝉」の後日談。
▼結婚した夫が常陸介になったので、それについていった空蝉が、京へ帰ってくる途中で、石山寺詣でに出かけた源氏の一行と偶然に逢坂の関近くで再会する。再会するといっても、顔を合わせることはできないし、おおっぴらに手紙のやりとりもできないから、空蝉の弟(かつて、源氏に可愛がられた)を介して密かに歌を詠み交わす。
▼絢爛豪華な源氏の一行の描写が美しい。絵巻物を見るようだ。源氏物語絵巻にも描かれている。
▼京へ帰っておそらくすぐに、「老齢のため」夫は死んでしまう。その後、夫の先妻の息子の河内守というのが、下心ミエミエで世話を焼いてくるので、メンドクサイとばかり尼になってしまう。色仕掛けで迫る男対策として「尼になる」という手はまことに有効であることがよく分かる。
▼この時、空蝉が何歳だったのかはよく分からない。それにしても、せいぜいアラサーだったことは確かで、一方「老齢」で死んだ夫は、「老齢」というからには50〜60ぐらいか? 好きでもない年の離れた夫と常陸国まで行って暮らし、帰ってくれば夫は死んでしまい、その義理の息子からいやらしい目でみられるなんて、不幸の極み。でも、やがて、「懐の深い」源氏に邸の側に引き取られて安穏に暮らすことになるのである。
▼先日、同級生と飲んだ時、若い頃中東のどこかの国で働いていたヤツが言っていたのだが、その国では妻は5人(4人だったか?)まで持つことが許されているのだが、そのかわりその妻達を「平等に」愛さなければならないという法律があるのだそうだ。どうやって「平等」かどうか分かるんだ? って聞いたら、妻の誰からも文句がでないことが、求められる、ってことだった。もちろん、お金がなきゃできないし、たとえお金があっても、そんなことできるはずないから、ほとんどの人は妻は一人だって言っていた。そこから考えると、源氏は、スゴイ。「どこからも文句が出ない」わけじゃないけど(というか、「文句」は「嘆き」として本人の中にだけあり、外へはめったに出ない)、「万遍なく」愛しているんだから。源氏は、現実離れした「理想的な男」(弱点もたくさんあるけど)なのである。

 

【17 絵合】

 

★『源氏物語』を読む〈85〉2017.5.19
今日は、第17巻「絵合(ゑあはせ)」(その1)

▼藤壺と源氏は、示し合わせて、冷泉帝の元へ、前斎宮(六条御息所の娘)を入内させる。朱雀院は、ずっと前斎宮のことを慕っていたので、この入内にはショックを受ける。源氏も、前斎宮は朱雀院にふさわしいということは分かっているのだが、もう、後には戻れない。これによって源氏の政治的な権勢も確固としたものとなるからだ。こういうところは非情である。この時、前斎宮は22歳、朱雀院34歳であり、冷泉帝はたったの13歳なのである。

★『源氏物語』を読む〈86〉2017.5.20
今日は、第17巻「絵合(ゑあはせ)」(その2)

▼冷泉帝(今上帝・源氏と藤壺の子ども)は当時13歳だが、后には、弘徽殿女御(源氏の若き日の遊び友達、頭中将の娘・13歳)がいたが、そこへ、前斎宮(22歳)が源氏と藤壺の肝いりで入内し、以後、斎宮女御と呼ばれて、競いたっている。しかし、たった13歳の帝は、既に馴染みのほぼ同い年の弘徽殿女御とばかりオモチャなんかで遊んでいる。ところが、次第に、この斎宮女御が、絵を描くのが上手だと分かると、絵の大好きな帝はどんどん斎宮女御へと心を傾けていく。それを知った、弘徽殿女御の父親は、我慢がならず、負けじとばかり、最新の絵を絵師に描かせて、娘のところへ送る。それを知った源氏は、まったくアイツは気の強いしょうもないヤツだと思いながら、あっちが「現代美術」こっちは「古代美術」だとばかり、秘蔵のお宝の絵を紫の上と一緒に(紫の上はどんな気持ちなんだろうなあ)選んで、斎宮女御に送る。そんなことをしているうちに、どうせなら「絵合」をしようということになるらしい。要するにヒマなのである。事実、この時期は3月で、宮中の行事もすくないらしい。
▼斎宮女御が絵を描いている様はこんなふうに描かれる。「をかしげなる人の、心ばへあるさまに、まほならず描きすさび、なまめかしう添ひ伏して、とかく筆うちやすらひたる御さま、らうたげさに御心しみて……」(お美しい姿のこのかた〈斎宮女御〉が、風情あるさまに、定式どおりではなく自由に描き興じ、たおやかに物によりそって、ときおり筆をとめて想を練っていらっしゃるご様子、そのかわいらしさに帝はお心をとらえられて……)
▼まだ13歳なのに、22歳の斎宮女御が「かわいい」って思うのはちょっと不自然だが、かなりここは源氏的な視点が混ざっているように思う。
▼それはそれとして、源氏は、朱雀帝がどんなふうに思っているだろうと、朱雀帝に会って、彼の心中をしらない風を装って、わざわざ斎宮女御の近況などを話して聞かせて、朱雀帝の反応を観察している。意地が悪い。この腹違いの兄に対する意地の悪さは、朱雀帝の母が、かつて自分の生母(桐壺更衣)をほとんどいびり殺したことを根に持っている(そんなことは書かれていないが、無意識のうちにということだ)からだと考えられないだろうか。
▼で、朱雀帝が明らかに、心穏やかではないことを見てとって、かわいそうになんて思いつつ、その一方では、少なくともこの朱雀帝は斎宮女御に直に会ってその容貌を見ているんだよなあ、それなのにオレは薄暗がりでしか見たことはないのがねたましいなんて思っている。自分が自分の息子の元へ入内させた斎宮女御への「好き心」がある源氏って、いったい。。。

★『源氏物語』を読む〈87〉2017.5.21
今日は、第17巻「絵合(ゑあはせ)」(その3)

▼この当時は(物語の中の時間だが)、いろいろな絵を収集することが流行していたのだそうだ。それ歌合わせの形式にして、左・右に分けて、優劣を競う。この「絵合」は、現実には行われたことはなく、紫式部の創作であるとのこと。
▼その絵が単なる絵じゃなくて、「物語絵」とでも言うのだろうか、「竹取物語」や「伊勢物語」を題材としている絵なのだ。左方(源氏=藤壺=梅壺〈斎宮女御〉ライン)が「竹取」の方が、天上の世界まで描いているのだから優れているというと、右方(頭中将方=弘徽殿女御ライン)は、そんな月の世界なんて実際には誰も見たことがないんだからたいしたことない、なんて反論して、ああだこうだと競っている様は、まことにおもしろい。
▼ここに「物語の出で来はじめの親なる竹取の翁」と書かれていることが、「竹取物語」が最古の物語である、ということの証拠のひとつともされている。しかも、その絵に言葉を書いているのが紀貫之だとの記述があるから、「竹取物語」は、少なくとも10世紀半ばごろまでには成立(書かれていた)していることになる。
▼全体としては、フィクションなのだが、そこに現実に存在した物語だの人物などが平気で登場するあたり、妙に近代的な感じがする。
▼まあ、女房たちが、ワイワイやっているので、いっそ、帝の御前で「絵合わせ大会」やろうよ、という流れで、そういうこともあろうかと、どちらの側も、とっておきの絵はまだかくしてあったり、源氏は、「新しいの描かせるのはつまらないからやめようよ。ここは古いので勝負だ。」って言っているのに、例の頭中将は、極秘で絵師に絵を描かせたり、まあ、実にドタバタである。下っ端の女房たちなんか、せっかくの絵をその片端すら見せてもらえなくて、「死にかへりゆかしがれど(死ぬほどみたがるけれど)」見せてもらえないのでした、なんて書かれている。考えてみれば、テレビも映画もネットもない時代なんだから、絵は、最高の娯楽なのだ。
▼例の朱雀帝だけど、ここでも、まだ未練たっぷりに「斎宮女御(梅壺)」に秘蔵の絵とともに、自分の思いを託した歌を送っている。梅壺のほうも、まったく困っちゃうわよねえって思いながらも、返歌しないわけにもいかないので、「私も昔が恋しいわ」てな歌を送る。話を「昔」にもっていくというのも、常套手段。「じゃ、今は恋しくないのかよ!」なんて粋な男は言わないんだろう。手紙なんて送らないで、さっさと諦めるほうが、もっと粋だと思うけどね。

★『源氏物語』を読む〈88〉2017.5.22
今日は、第17巻「絵合(ゑあはせ)」(その4・読了)

▼「物語絵合わせ」は、夜を徹して行われるが、最後に源氏自身が描いた須磨・明石の絵に、みんなは圧倒されてしまい、文句なく源氏方(斎宮女御方)の勝ちとなってしまう。それまで、源氏は、音楽、和歌に優れているが、絵は「筆のつひでにすさびさせたまふあだ事とこそ思ひしか(筆のついでに慰み半分にお描きあそばす余技だとばかり思っておりましたのに」、こんなにスゴイなんて、と源氏の腹違いの弟も、びっくりする。その後は、もう源氏の須磨・明石の絵のことでもちきりだった。
▼そんな満足感の中、源氏は、自分がもう栄華を極めたのだから、そろそろ隠居しよう、あんなに須磨・明石で苦しい思いをしたのに、オレはこんなに持ち直してここまで来た。それに、あんまり若い時に栄華を極めた者は早死にするらしいし、と思って、出家したいとふと思う。そして、嵯峨野に「御堂」を造営する。この時、源氏は、たったの31歳。
▼隠居というのではないが、ぼくも、そろそろどこかの山里にでも行って静かに住みたいなんて、心の片隅で思ったりする。67歳なんだから、そのくらいの心境は、あって当然だろう。まあ、源氏みたいに、「やることやったし」ってな感じとはほど遠いけど。もちろん源氏の「出家願望」は、「罪深き我が身」へのおそれにもよるわけだろうから、ぼくのただ「面倒くさいから」とはまたぜんぜん違う。
▼この辺の事情を全集本の解説ではこんなふうに語る。「冷泉帝の『聖世』に、主導権を握った源氏の内心に抱かれる出家の願いは、単に盈虚(えいきょ)思想で片づけるわけにはいかない。今の栄華は過往の沈淪を代償とするものだし、また将来もこれが続く保証はない。流転と交替の世を、源氏はなお深謀遠慮をもって苦しく細心に、かつ緊張的に生きぬかねばならぬ。さればこそ彼はその内面に強い道心の誘いを禁ずることができない。」格調高い解説である。
▼この「解説」は、頭注にあるのだが、これを書いたのは、友達の国文学者によると、鈴木日出男先生だろうとのこと。鈴木先生は、秋山虔先生の弟子。しかし、この全集本の「源氏物語」の「校注・訳」には、秋山虔、阿部秋生、今井源衛の三人の名前しかなく、またどのページを見ても、鈴木日出男の名前はない。学問とは、かくも非情な世界なのであろう。
▼ちょっと考えれば、この膨大な「源氏物語」の口語訳と註を、三人の「大学者」だけで書けるわけがない。当然、その弟子たちが全部じゃないにしても、かなりの部分を必死で書いているわけだ。しかし、そんなことミエミエなんだから、だれそれが執筆を手伝ってくれました。御礼申し上げます、といって、名前をどこかに載せるのが、仁義ではなかろうか。
▼そんなことを考えていると、出家したくなる。

 

【18 松風】

 

★『源氏物語』を読む〈89〉2017.5.23
今日は、第18巻「松風」(その1)

▼源氏は、明石を、都に呼び寄せようとするが、明石はそれになかなか応じない。その気持ちは、いたいほど分かる。自分のような身分の者が、そんな女達の中に交じって交際しても、結局は恥をかいて、嫌な思いをするだけだもの、って思うわけだ。
▼彼女の心境としてこんなことが書かれている。「すべてなどかく心づくしになりはじめけむ身にかと、露のかからぬたぐひうらやましくおぼゆ。(だいたいどうしてこんなに辛い目ばっかりしなけりゃならない身の上になってしまったのかしらと、露のかからない人たち(源氏のお情けを受けない人たち)がうらやましく思われる。」そういいながら、やっぱり源氏のお情けを受けたことは嬉しいのである。けれども、自分の身分を考えると、これから都へ行っても、そんなに安穏として暮らせるわけはないと思案する明石である。
▼けれども、父の明石入道は、そんな娘の心境なんか無視して、なんとかしてこの娘をとっかかりとして、明石一族の再興をと意気込む。で、結局、大堰川のほとりに持っていてほったらかしにしてあった邸をリフォームしてそこに娘を住まわせようとするのだ。
▼大堰川というのは、「桂川のうち京都府亀岡盆地から上流をいう。秦氏の祖先が大堰を設け、灌漑用水を起こしたため呼ばれた。丹波山地の大悲山付近を源とする。亀岡盆地から下流は保津川、京都市の渡月橋付近からは桂川と呼ばれ、淀川に合流する。葛野(かどの)川。」(日本国語大辞典)
▼その荒れた邸を預かっていた男が、「ダンナは静かな所がいいとおっしゃいますが、今、あそこは近くに源氏が邸を建てまして、結構賑わっておりますから、ちっとも静かじゃないですぜ。」とかケチをつけつつ、自分の土地でもないくせに、これまでの経緯を述べ立てて「借地料」みたいなのを意地汚く要求してくる。(ま、当然なんだろうけど)
▼結局、なんとかリフォームも済んで、明石の上は娘と母と一緒にそこへ移り住むことになるのだが、明石入道は、明石に残る。それを、明石尼君(入道の妻)は、「まあ、今までも別居してきたわけだから(二人とも出家しているので同居しないのだ)、別にどうってことないし、それにあのつるつつ坊主頭の亭主は、ちっとも頼りにならないにしても、どうせいつかは死ぬ身と思って、いままでこの地で一緒に暮らしてきたのだから、いくら娘と孫と一緒とはいっても、こんなに急に別れるなんて心細いわ、なんて思っているあたりは、なかなか現代的。今でも、こんな夫婦はどこにでもいそう。
▼おつきの若い女房たちは、これでやっと都へ帰れるっていってキャッキャと喜びながらも、なんか、この海も見納めよねえとかいって泣いてる。悲喜こもごも。

★『源氏物語』を読む〈90〉2017.5.24
今日は、第18巻「松風」(その2)

▼いざ別れとなると、みんな涙でぐしゃぐしゃである。特に、明石入道の嘆きようには、さすがに涙を誘われる。長い長い「愚痴」が、えんえんと続くあたりは、いかにも源氏物語を読んでるという実感がある。そして、歌舞伎や義太夫のあの「クドキ」の源流なんじゃないかと思わせるふしもある。
▼明石から大堰川べりの邸まで、陸路を行くと、長くて大げさな行列になるからといって、舟でひっそりと行く、というあたりも、なるほど、そういうこともあるのかと納得。
▼源氏は、はやく明石の君のところへ行きたいのだが、紫の上の手前、なかなか口実を見いだせないでグズグズしている。明石の君は、着いたんだからすぐに源氏が来ると思っていたのに、なかなかやってこないので、退屈してしまって(ほんとに昔の人は、退屈したろうなあ)、明石から持ってきた琴を弾いていると、松風がその響きに合わせるかのように吹いてくる。それを「松風はしたなく響きあひたり」と表現している。「はしたなし」というのは、古文では「重要単語」で、今の「はしたない」の意味ではなくて、「中途半端で間が悪い」というような意味でとらなくちゃいけないなんてよく教えてきたものだ。「枕草子」には「はしたなきもの」という段もある。で、ここは、せっかく折よく松風が吹いてきたのに、なんで「中途半端」なのかというと、どうせなら、「源氏が来て欲しい」からじゃないだろうか。しかし、「全集」も「集成」も、「はしたなし」を「きまりがわるい」ととって(こういう意味もある)、「誰も聞いてないと思ってくつろいで琴を弾いていたのに、松風が気恥ずかしいほど遠慮なく響きあわせてきた」と解釈している。なんだかしっくり来ない解釈。それより、琴でも弾いているうちに、源氏がひょこっとやってくるんじゃないかと頭のどこかで期待してたのに、やってきたのは松風だった、なあ〜んだ、源氏の君かと思ったら松風かよっ! はしたない、って方が面白いと思うだけどなあ。
▼まあ、こんな「解釈」の違いを勝手に楽しむことができるのは、原文を読んでいるからこそで、こんなことやっていたら、何年経っても読み終わらない。

★『源氏物語』を読む〈91〉2017.5.25
今日は、第18巻「松風」(その3)

▼「なかなかなり」という形容動詞は、おもしろい。今、使うとすれば「あいつはなかなかのヤツだ。」といった感じで、「結構すごいヤツ」ってことになるが、古文では、「なまじ〇〇したばっかりに、かえって〇〇である。」といった意味となる。「どっちつかずの中途半端な状態で、
かえってよくない」という感じでもある。
▼この巻でも、明石の君が大堰川のほとりの邸に引っ越してきたのに、源氏は、紫の上の気持ちを考えて、そうそう頻繁に通うわけにもいかない。その辺の心境がこう書かれている。
▼「かやうにものはかなくて明かし暮らすに、大臣、なかなか静心(しづごころ)なく思(おぼ)さるれば」(〈明石の君は〉このようになんとなく心細い有様で一日一日を送っているが、一方、大臣(源氏)も、かえって落ち着かないお気持ちになられて)
▼ちょっと出かければ、明石の君の邸に行けるのに、簡単には出かけられない。いっそ、遠い明石にいるのなら、「遠いからしょうがないや」って諦めもつくのに、なまじ、電車だったら10分ほど(?)のところにいるばっかりに、ひょいと気軽に行けないことにイライラしてしまう。こういう心理というのは、よくわかる。これが「なかなかなる物思い」である。ぼくも、なまじっか、栄光学園なんていう「進学校」へ行ったばっかりに、いまだに、「なかなかなる物思い」に苦しめられている。(イジメられているということではありません。エライ友人が多すぎるってことです。こんな所で愚痴ってもしょうがないけど。。)
▼桐壺更衣も、この「なかなかなる物思い」に苦しめられた人である。そんなに高い身分でもないのに、なまじ帝に寵愛されたために、周囲から殺人的なイジメにあった。あ〜あ、こんなことなら、帝に愛されない方がずっと幸せだったわ、と嘆くのだ。この嘆きは、実は、源氏に一度でも愛された女性すべてが感じたものなのだが、同時に、彼女らは、まあ、それでも、「あの源氏」にちょっとでも愛されただけでも「身の果報」だと思うのだった。まあ、源氏は当時のスーパースターだからなあ。
▼桐壺の巻の桐壺更衣の嘆きは、こんなふうに書かれている。「かしこき御蔭をば頼みきこえながら、おとしめ、疵(きず)を求めたまふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ。」(更衣は、もったいない帝のご庇護におすがり申してはいながらも、一方では、さげすんだり、あら捜しをしたりなさる方は多く、自身は病弱で力のない有様なので、なまじこのようなご寵愛ゆえに気苦労の日々でいらっしゃる。)
▼明石の君の住む邸のすぐ近くに、源氏が作った「桂の別邸」がある。ここへ出向くついでに、明石の君のところにも行くからねと、紫の上に正直に言う(こういう所がぼくは好き、というか、共感する)のだが、紫の上は、やっぱり不機嫌。それを押し切って出かけた源氏は、明石の君の邸の荒れた庭の手入れをさせる。その時、あんまり大げさに直さなくていい、あんまりちゃんと作ってしまうと、そこを離れるときが辛いから、というようなことを言う。こういう感覚も、好きだ。
▼いろいろ忙しいのに、明石の尼君への、優しいいたわりの言葉も忘れない源氏。やっぱり、常人ではないのである。

★『源氏物語』を読む〈92〉2017.5.26
今日は、第18巻「松風」(その4・読了)

▼やっとのことで、明石の君のところへ出かけた源氏は、大堰川沿いの明石の君の邸で、一晩語り明かす。そのまま帰ろうとすると、近くにある源氏の別邸「桂殿」に大勢の貴族達が押しかけているので、月見をしながらの大宴会。そんなこんなで、紫の上との約束よりも遅れて帰ったきた源氏だったが、当然のことながら紫の上はご機嫌ナナメである。いやあ、いろんなヤツがやってきて飲んじゃったもんだから遅くなってしまってねえ、などと現代の男みたいな言い訳して寝てしまうのだが、翌朝になっても、彼女のご機嫌は相変わらず悪い。そんな紫の上に源氏はこんなことを言う。
▼「なずらひならぬほどを思(おぼ)しくらぶるも、わるきわざなめり。我は我と思ひなしたまへ。」(〈あなたとは〉比べものにならないほどの相手〈明石の君のこと〉を、比べて考えるのはよくないよ。自分は自分だって思いなさい。)
▼そんなこと言われたって、紫の上は、慰められるものではない。「私は私だ」なんて思って、亭主の浮気を気にしない女房なんていやしない。いや、いるかもしれないが、それはよほど自分に自信があってのことだろう。源氏の「上から目線」の忠告も、源氏と紫の上の関係性(源氏が紫の上を育ててきた)から言えば自然なのだが、世間一般では、むかつくところだろう。
▼それにもまして、あ〜あ、って思うのが、「手紙」だ。源氏のところへ、明石の君から手紙が届く。タイミングが悪くて、源氏はそれを紫の上に隠せない。隠せないなら、読まなきゃいいのに、隠すとかえってよくないと思って、これが自分の誠意の証拠だといわんばかりに、紫の上のいるところで読み、ま、これなら読ませてもいいかってことで、手紙をそこへ広げておいて、こんな手紙メンドクサイから破っておいて、というのだ。読みたくもない手紙が、燈に照らされて前に広がっているのを、それでも気になるので、チラ見して、また源氏に「無理して見て見ない振りする、その目つきがよくない」みたいな文句を言われる紫の上がかわいそうだ。「部屋に広がっている手紙」のイメージが鮮烈。
▼その上、源氏は、このままじゃ、明石の君に滅多に会いに行けないし、あの姫君も手元に置いておきたいから、「おまえ、あの子の面倒をみてくれないか」って紫の上に頼むというまことに勝手で大胆な行動に出る。普通じゃ考えられない。いくら子どもがいないからといって、愛人との間にできた子を、妻に育てさせるなんて、口にすら出せないはず。けれども、源氏は、この子を育てあげて、やがて帝の后にと思うこともあって、何としてもと思うのだ。紫の上は、子どもが大好きだから、「きっと私にもなつくわ」なんて言って、承諾するのだが、それとて、どこまで本心か分からない。まして、子どもをとられてしまうことになる明石の君の悲劇は……。
▼ということで、「松風」の巻もオシマイ。

 

【19 薄雲】

 

★『源氏物語』を読む〈93〉2017.5.27
今日は、第19巻「薄雲」(その1)
▼「薄雲」の巻は、「松風」から引き続き、明石の君とその娘、そして紫の上の話から。
▼大堰川の邸に移ってはきたものの、明石の君は、なかなか宮中へ参内する気になれないでいる。自分のような低い身分のものは結局恥をかくだけだと思うからだ。というより、もう少し複雑で、源氏の誘いにのって宮中へ行ったとして、その時、他の女たちと比べて明らかに自分が劣ったものとしての扱いを受けて、源氏の自分への気持ちがそれほどじゃないということが明確になることを恐れているのだ。そんなことなら、いっそ、このまま、この寂しいところで「待ってる女」(なんて表現はないけど、歌謡曲ふうに言えば)でいいや、って思うわけである。
▼そんな明石の君に対して、とうとう源氏は、娘を紫の上に預けないか(養女としてひきとるということ)と持ちかける。明石の君は、予想していたとおりの展開だったが、やっぱり辛くて身を引き裂かれる思い。しかし、明石尼君(明石の君の母)の、きわめて合理的な説得の前に、泣く泣く娘を手放すことを決心する。
▼この巻は、また、重要人物の藤壺女院が亡くなる巻でもある。こころして、読まねばならない。

★『源氏物語』を読む〈94〉2017.5.28
今日は、第19巻「薄雲」(その2)
▼明石の姫君は、とうとう母と別れ、紫の上に育てられることになる。娘をとられ、大堰川の邸に住む明石の君の淋しさを思いやる源氏は、紫の上の心を気遣いながらも、大堰を訪れるのだが、紫の上は、それに対して、面白くはないけれど、可愛い姫君に免じて許せるような気がするのだ。そればかりか、娘と離れて暮らす明石の君はどんなに辛いだろうと、同情さえする。
▼姫君の方は、まだ幼くて、ときどき母がいないのを寂しがってシクシク泣いたりするのだが、紫の上やら乳母やらが慰めれば、それ以上駄々をこねたりしない育ちのよさなのだ。
▼源氏は、しげしげと姫君を見て、どうしてこの子が、紫の上の産んだ子じゃないんだろう、そうであれば、いろいろ周囲から難癖つけらもせずに育てられるのにと心の中で嘆く。ということは、明石の君が心配していたとおり、宮中では、あんな明石なんて田舎出の女の子どもを可愛がったりして、といった非難がましい言葉が飛び交っていたわけだ。おつきの女房たちとて、同じことで、あ〜あ、このお姫様が、紫の上の子どもだったらよかったのに、とささやきあうのだ。
▼そんな中、紫の上は、この姫君が可愛くてならず、自分の出るはずもない乳房を姫君に含ませたりする。そんな紫の上の姿を「見どころ多かり(どこからみても美しい)」と源氏の視点から書く。(あるいは語り手の感想なのかもしれない。)源氏から見れば、「美しい」のかもしれないが、紫の上の心境を考えると、ほんとうに切ない場面だ。源氏だって、そういう「切なさ」を感じていないはずはないのだが、それを「美しい」と感じることで、その場を「美」へと昇華させてしまうのだろうか。紫の上が、姫を「かわいい」と感じることで明石の君への嫉妬を薄めることができたように。

★『源氏物語』を読む〈95〉2017.5.29
今日は、第19巻「薄雲」(その3)
▼この巻は名前のとおり、暗鬱な空気に覆われている。物語はとうとう核心に触れる。冷泉帝の出生の秘密である。
▼明石の上と姫君、そして紫の上の心境を描いたあとにくるのは、葵の上の父、太政大臣の死と、藤壺中宮の死である。源氏にとっては、義理の父と、そして最愛の人の死が立て続けにやってくるのだ。
▼藤壺中宮の死は、あっけないほど簡潔に「燈などの消え入るやうにて果てたまひぬれば」と書かれる。しかし、この表現は、法華経によるもので、仏の涅槃に入るのになぞらえたものだとも言われている。息も絶え絶えに源氏に最後の言葉を述べる藤壺中宮の悲しみ、苦しみは胸に迫る。
▼そして、その葬儀も終わったころ、たった14歳の冷泉帝は、藤壺に祈祷のために長く仕えてきた僧都から、驚くべき出生の秘密を聞かされることになる。近ごろの天変地異といい、度重なる高貴なお方の崩御といい、それはみな、冷泉帝が実の父である源氏を臣下にしているという罪から来るのだというのだ。その頃は、何か悪いことがあると、その責任は帝にあるということになってしまったものらしい。
▼この恐ろしい現実を、いくら立派に成長した冷泉帝でも、受け入れるのは大変なことだ。源氏ですら、相次ぐ親しい人の死に、もうこの世にいたくないって思うのだから、母を亡くした直後に、実はお前の父は、あの源氏なのだと知らされたら、そして、世の乱れの責任は、お前にあるのだと言われたら、動転どころではすまないだろう。帝は、もう一晩中泣き明かす。無理もない。

★『源氏物語』を読む〈96〉2017.5.30
今日は、第19巻「薄雲」(その4・読了)
▼驚愕の事実を知った14歳の冷泉帝は、頭が真っ白になってしまい、朝になってもベッドから出てこない。源氏が、どうしたんだと、たずねていくと、ただただ泣きはらした目で源氏を見つめるばかり。源氏は、冷泉帝が真実を聞いてショックを受けているのだとは思いもよらず、母を失って悲しいのだろうとしか思えない。
▼けれども、帝が譲位のことを言い出すに及んで、やっぱりおかしい、これは誰かが洩らしたのだと悟った源氏は、王命婦(藤壺付きの女房。この女性が、源氏と藤壺の密会を手引きした。先の僧都と、この女性だけが真実を知っている。)に、あのことを話したのかとそれとなく聞くのだが、命婦は頑として否定するのだった。洩らしたのは、彼女ではないから当然のことではある。僧都は、問われた形跡はない。
▼帝も、詳しい事情を命婦に聞いて確かめたいと思うのだが、「今さらに、しか忍びたまひけむこと知りにけりと、かの人にも思はれじ。(今さらに、母がこうして秘密にしていらっしゃったことを知ってしまったと、あの命婦にも思われたくない。)」と思って、ただ、こういう前例(自分のような不義の子が帝位に就いたという)が、中国や日本であったのかどうかを源氏に聞いてみたいと思うのだったが、そういう機会もないので、いろいろ本を読んで調べたりしている。痛々しいことである。
▼なんだかんだで、心の晴れない源氏は、六条御息所の娘、斎宮の女御をたずねて話をしているうちに、どうしても、この女御への思いを抑えられなくなってくる。女御の親代わりだから、源氏は堂々と女御の部屋に入ってしまうのだが(普通は入れない)、それでも御簾越しにしか話せない。源氏の好色がましい歌に、女御は「何それ、意味わかんない、気持ちわる!」って思って、歌も返さず、さっさと御簾の向こうへ引っ込んでしまう。源氏は、おいおい、そんなつれないことすんなよ、って思いつつ、ああ、オレってヤツはこの年になってもこんなことしてるなんて、と反省するのだった。
▼女御の、きっぱりした態度が、中年オヤジのいやらしさと対照的で、爽やかである。それにひきかえ、女御おつきの女房たちは、源氏が座っていた敷物に染み込んでいる源氏の香り(着物にたきしめた香の匂い)をかいで、「やっぱ、違うわよねえ。」なんて言ってはしゃぎまくっている。それがまた一層、女御の清らかさを際立たせている。見事な書きっぷり。
▼深刻な話題が続いている中に、こうした相変わらずの源氏の「好色ぶり」が描かれることで、ある意味、物語の奥行きが深まっているとも考えられる。近代小説じみていて、同時に、昔の物語であるという二重性か……。
▼最後は、明石の上のところに行って、しみじみと話し、歌を交わして、この巻は終わる。味わい深い一巻だった。


 

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