ふりかえってみれば’98 (第二回)


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やうこ ばぐーすさま K子さま ともこさま バービーさま
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CHIKAさま ANAJIさま ゆずさま
ゆずさま
1998年はまさに、「轟悠」に始まり「轟悠」に終わった一年でした。
もちろん、その中にはこのWITH YUも含まれていて、やうこさまをはじめ皆様との出会い、感動が持病の?轟熱をヒートアップさせたこと間違いありません。
バトラーに会うため高速バスに2時間揺られて札幌へ、夏休み、自分へのご褒美と上手いこと言って念願の大劇場初観劇、冬休みの帰省と言うよりこのための帰省で、1000daysで勝四郎と再会。
宝塚全部が好きだけど、でもそれだけだったら多分、こんな遠くに住んでいるから観に行けないと諦めていただろうに、諦めきれずに観劇感激してしまった私。
このエネルギーは一体どこから?
そう、それこそが轟病ってものなんですよね。多分、周りに害を及ぼしてはないと思うけれど、(そう思ってるのは私だけ?)それでも家族の協力・理解がなければ、実現しなかっただろうからその点は感謝してます。そして、皆様と出会えたこともこの一年、嬉しい出来事でした。
ANAJIさま
98年・・・私にとって大いなる変革の年でした。
ミュージカルというものに初めて触れ、その中で<轟悠>という、<運命の人>!に出逢えた年でした。彼女(なんか馴れ馴れしいかしら)のお陰で、視野が広がりましたし、行動力もつきました。
何から何まで彼女のお陰でステップアップできたのです。感謝感謝!
自分で言うのもおこがましいとは思うのですが、彼女と私の考え方・生き方・信念がとても共通しているのです。(図々しくて・・・お気を悪くされたらごめんなさい!) だから、ファンとしてというより同じ志を持つ人間として共感できる部分が私にとって大きいのです。(偉そうでスミマセン(^^;))
ただ、彼女は信念通り生きている所が私と違う訳で。。。
舞台人としての彼女の魅力は言わずもがな・・・ですよね。
何せ私はVIDEOで引込まれたのですから、生なんか観ちゃった日には大騒ぎでした!
早く生の轟さんを見たくて我慢できず、友人を連れ名古屋から高速を飛ばして大劇場まで行ってしまった事が思い出されます。 何が凄いって、私高速なんて運転した事が無かったんですから!!
友人曰く、「高速初デビューなんて知らなかった・・・」私もドキドキでしたが、友人はそれ以上の生命の危機を感じていた事でしょう。(^^;)
初めは「日本物」という事に戸惑いがありましたが、脚本はともかくその迷いを払拭してくれたのが、<轟悠>その人だったのです。立ち姿の美しさはもち論の事、所作の優美さ、視線の送り方・・・・着物とは、日舞とはこんなにも素晴らしいものだったんだ・・・・と教えられました。
それから通いつめ、今度はバウホールでの一人芝居!
なかなか入手困難だったチケットも死にもの狂いで手に入れ、観劇する事ができました。
舞台での成功は確信していたものの、開演前にはどうした訳か極度の緊張に襲われました。(^^;)
轟さん本人は動じていらっしゃらないのに、私たちの方が大変でした。けれどそんな私たちの緊張をほぐして下さったのも轟さんでしたね。
和やかな雰囲気で包まれたかと思いきや、いつのまにか2幕の転がり落ちるカサノヴァの人生に引きずり込まれてしまいました。
やはり2幕での鬼気迫るカサノヴァの演技は素晴らしかったと思います。
それに特筆すべきは<唄>でしょう。轟さんの音域によく合っていたのか、声の伸びも良く心に響きました。アンリエットへの優しい愛の唄・自らを自嘲するろくでなしetc。
2幕の迫力は凄かった。轟さんでオペレッタ形式の舞台を見てみたいと思いました。話題にものぼった<オペラ座の怪人>のような。
とにかく、彼女のプロ根性と無限の可能性・枠にはまりきらないスケールの大きさを見せつけられた舞台でした。
そして1000days劇場。これが同じ作品なのか?と思うほど観るたびに新しい感動がありました。脚本は変わっていないのにどんどん良くなっていきました。
大劇場では正直つまらない作品と思っていたのに、東京では毎回楽しみになっていました。
これが生徒さんの技量でしょうか。涙なしには観れなくなってしまいました。轟さんもかなり泣かれていましたよね。
ショーに至っては、今では大のお気に入りで車でも家でも「ラ・ヴィール」しています。
年末のハードスケジュールが嘘のよう。 何度朝帰り出勤をした事でしょう!
夜行バスは辛い。連チャンだと。それだけの価値があったという事でしょう。
千秋楽が終わって、なぜかポッカリと淋しさが込み上げてきましたがそれもつかの間、今度は私のテリトリー(?)名古屋で中日公演が始まるのです!ぼやぼやしてられません。
また忙しい日々が始まります!また通いつめますよー!!
今年、轟さんのお陰でお知り合いになれた方達は数え切れません。
そして、インターネットを始めるきっかけになったのも、このHPで皆さんのお仲間に入れて頂けたのも、みーんな轟さんのお陰です。高速初デビューしちゃったのも!
前進する事を教えてくれた轟さんにひたすら感謝の1年でした。
CHIKAさま
99年も1月後半となりました。大変遅くなりましたが私の「98年を振返って」です。
思えば昨年の1月25日、初めて宝塚大劇場に参りました。
WITH YUにお便りを出すようになり、実際の舞台を見たい想いが日に日に強くなっていった私に 京都の友人が協力してくれました。 家族皆で宝塚へ。 主人と子供たちはファミリーランド、私と友人は「春櫻賦」「LET'S JAZZ」を観劇。それぞれに楽しい想い出を作ったこの時から、宝塚観劇は私にとって最大の楽しみとなりました。
それまでは場所が遠い、子供が小さいなどなど観てみたいと思っても無理だなーとあっさりあきらめていました。 それが度重なると観たいという想いも鈍感になるものなのです。 全くといっていいくらい観劇から遠ざかっていた私を突き動かしてくれたのは「轟悠」の魅力とWITH YUをはじめとする素敵な轟ファンの方達の存在でした。
以来4月の帝劇、9月の大劇場、12月の1000daysと一日ずつ観劇。
多いとは言えませんが、こちらで知り合えた皆様に実際にお会いすることが出来、轟さんの美しい舞台の感激と共にひとつひとつの一日が中身がぎゅっと詰まって楽しさと充実感に溢れた大切な想い出となりました。
 何事も最初から諦めてしまっては何も出来ない、やりたいことがあるのなら自分で時間を作り動くこと。これをとても強く感じた一年です。
日々の生活の中 毎日を何となく過ごしていた私に何かを始めようという前向きな気持ちを与えてくださったのは轟さんと皆様です。
轟さんを知って良かった。皆様と知り合えて良かった。心からそう思います。今までとは違う自分を発見できた一年だったかも・・・。
 1999年、今年も轟さんの舞台を皆様と共に、劇場でインターネットで、いっぱい楽しみたいと思います。
お忙しく、しかも劇場から近いとは言えない所にお住まいのCHIKAさまが、WITH YUにお声をかけて下さる事、轟さんの舞台あってのことなのだわ!といつも感謝なんです。
 「松本便り」に、四季の移ろいを感じ、お子さまや周りの出来事をご報告下さるあったかメールを拝見していると、様々な生活環境の中で 共通の人のファンでいる事の嬉しさ・・うまく言えないけど、何か心がほんわかしてくるんです。
 貴重なお時間の中でのご観劇は、感激もひとしおですね。すてきなかんげきろく今年もよろしくお願いします!
満月さま
新年明けて半月もたとうか、という今頃になり投稿とはタイミングずれまくりな私。
でも、ものぐさで腰の重い私が、いろいろ行動を起こしたなあ、といろいろ感慨深いので、ご報告します
98年、まさに私は轟悠であけました
1/1の新春公演を父を口説き落としてチケットを入手。観劇することから始まったのです
よっぽど気合い入れて着物で行こうか、と迷ったのですが、苦しくなって堪能できなくっても困る、とこんもり厚着していったのを覚えてます
きりっとした口上もすがすがしく、ああ今年は最高のお正月だと、満足のため息を付きました。

が、しかし春櫻賦が終わると長い長い空白が待ってました。
その前年、仮面のロマネスク東京公演、真夜中のゴ−スト、春櫻賦と割と続けざまにあった公演がぴたっと止まっちゃって。旅行のための貯金で東京公演に行く余裕もなく、さりとてビデオでは癒しきれないこの渇き!ほかの組も観劇し、飛天やドラマシティの公演も幾つかみたりしたんですが、それとこれとはべつもの、感動したり、考えさせられたり、コンサ−トに行ってはじけたり、(ちなみにフミヤです)でも埋まらない何かがある・・
そんな私にとって、風と共に去りぬはもう待ってました、の一言です
キャストをきいて意外には思ったものの(てっきり安蘭さんがスカ−レットだろう、と思っていた)
轟さんのバトラ−がみられる!日帰りで広島にGO!
堪能しました。とどめを刺されました。
豊かな声量での、その歌唱、はらりと落ちたその前髪の色っぽさ、胸しめつけられる、切ない微笑。あああ、何で地方公演はこんな短いんだっ。これが本公演だったら、私の一公演最高観劇記録は塗り替えられたに違いない、と今でも思います

もう公演をみてるだけでは済まなくなった私は、お茶会参加をめざし、インタ−ネットに突入、
”WITH YU”の存在を知り、参加させていただくようになりました。
みなさん暖かく迎え入れて下さり、感謝の気持ちでいっぱいです

夏には浅茅が宿が始まり、正直なところ、月影さんに嫉妬を覚えましたわ。
今までそんな風に娘役さんに感じたことはなかったんですが・・病きわまれり、という感じ
初お茶会では、お隣に座って写真を撮らせていただき、息が止まりました。うっ美しい。
舞台は知ってたけど、舞台をおりてこんなにまじまじと見るのは初めてだったので、不躾なまでにみてしまいました。
印象的だったのは眼です。すっごくすんでて、つぶら、という言葉はまさにこういうことだったのか、とショックを受けました。
THE FICTIONはもうなにもいいません。
轟悠本領発揮の舞台でした。
10月に入ってからは、気が抜けたのと、会社の部署が変わって忙しくなりすっかりこちらにはご無沙汰してました。
エリザベートをみた感想を熱く語ったんですが、送信に失敗して、全部消えてしまって。

12月に、ついにファン入会。これで、もうチケット入手はだいぶ楽になるでしょう。
全くさっさとはいっとくべきでした。後悔先に立たず。でもかなり不安もありますが。
こうして書き出すと、本当に、いろいろあり、驚きました。
99年も充実した年をめざしたいと思います
まずは名古屋公演。きしめんも楽しみです。 LETS'GO!  満月でした。
落ち着いて穏やかな微笑みで、淡々と話される満月さま。その中に、そんな秘めたる思いがあったとは! 名古屋できしめん、味噌煮込みうどん等いただきながら 熱く語り合いたいです。
百町森さま
 今さらですが、明けましておめでとうございます。お風邪の具合はいかがですか? 私もなかなか、調子が戻らず困っています。 2月の中日にも行けなくなっちゃったし...。やうこ様達の楽しいご報告をおとなしく待っていますね。
宙組、そして3月の月組の静岡公演と他の組の予定もあることだし、元気に冬をすごさなくっちゃ..と気合いを入れています。
ところで私の98年。轟さんのJAZZのかけ声と共に明るくはじまった年でした。暖かな春の帝劇では、はじめてやうこ様にお会いできて、思い出深い公演になりました。
夏には大劇場へ。初めて行った娘は、感激のあまり、お城みたい...と口を開けておりましたっけ。
そして、冬の1000days 。再会した勝四郎様のかっこよさと美しさに劇場を出てからもしばらく、呆然としておりました。
掲示板の皆様ともたくさんお会いできましたし、心に残る一年でした。母娘で入り、出待ちもしたし、娘には新たにお気に入りの方ができたようで、今年も忙しい一年になりそうです。こんな忙しさだったら、大歓迎ですけど。やうこ様、今年もどうぞよろしくお願いいたします。たくさんの楽しいお話を聞かせて下さいませ。   百町森
 春櫻賦で、さくらの絵を下さって感激でした。紅葉、桔梗、日本画の筆遣いが素敵な作品を頂き感謝でいっぱいです。
お母様のヅカ話の良きお相手をされてらっしゃるお嬢様も、今年は小学生。ますます楽しい会話が出来てうらやましいです。
すいほさま
1998年は、私の今までの宝塚の観劇生活が激変した年でした。
いつも大体一人で劇場に行っていたのが、今では劇場に行けば必ずどなたかにお会いして、舞台だけじゃなくて、幕間のおしゃべりも楽しんで帰って来るという風になったのです。
それに北は北海道から南は九州の方、長野、静岡、もちろん宝塚地元の方、関西からの方々・・・と地域を挙げていけば本当に日本全国の方とこの短い間にいっきにお目にかかる事が出来たのですから、今思っても本当に信じられないような1年でした。

轟さんの舞台を追いかけて、北海道や仙台に行ったのも楽しい日々でした。
もう2度と観ることは出来ないかも・・・と思っていたレットバトラーに会える・・と知った途端に、飛行機や新幹線の時刻を調べて、ホテルを予約した自分の行動にちょっとびっくりしたり・・・。

4月の帝劇、8月9月の大劇場、そして11月、12月の1000daysと今年は轟さんの舞台を観るチャンスがとっても多かった事にあらためて幸せだったのねーと思っています。
日本物とショーというバラエティに富んだ4作品と、バトラーが再演とはいえ、私にとっては初めてだったものですから、全部が新作を観たという印象なのです。

そして9月の一人芝居・・・お話を最初に聞いた時は、正直言って耳を疑ってしまいました。
大劇場の千秋楽からほんの10日後には初日の幕が開くなんて・・・あれこれ考えて不安な日々も過ごしました。とても幸運な事に初日を観ることが出来て、トンボ帰りで東京に戻り、その週末には再び宝塚へという、家族にも呆れられる日程でバウに通ってしまいました。
とても家でじっとしていることが出来ないくらい、幕が開くまで不安があったのです。
でもこのバウの公演、そして他の公演を通して本当に強く思った事は、轟さんは決して私たちファンを裏切ることがない、いつもいつも期待以上のものを舞台の上から返して下さるという事でした。
今まで持っていた轟さんに対する信頼が、もっともっと深くなった年でもありました。

宝塚も変革期にあたり、作品の出来不出来とか観客動員数などに関連して心ない噂も多く聞こえて来たりもしました(必ずしも雪だけじゃなくて、他の組の事も)。自分一人だったらこういう噂にくじけてしまっていたかも知れませんが、このHPでお知り合いになった方から「皆で話していればつらい事は何分の一かに、そして喜びは何倍にもなる」とおっしゃって頂けたこと、本当に心にしみました。

他にも大劇場の初日と1000daysの千秋楽を観る事が出来たのもとっても幸せな事でした。仕事の都合で平日にあたることが多い初日と楽は今までほとんど観れなかったのに、轟さんがトップになってからそれを経験出来た事にも感謝なのです。
あのおもしろおかしく、そして愛溢れるご挨拶を実際に耳にすることが出来た事は忘れられません。現実の生活を考えても、世の中厳しい状況に変わりありませんが、轟さんの舞台が観れる事が支えとパワーになって、「乗り切って行こうじゃないか!!」っていう元気をもらった気分になります。

今年も舞台を楽しく観るために、仕事がある事、健康である事、そして家族の理解(大分呆れていて、失いつつあるかも・・・)などもろもろの事に感謝する事を忘れてはいけないという事・・・98年を振り返って今思う事は、その事になります。
思い返してみれば 様々な思いに揺れた’98年でしたね。
今では皆 幸せな思い出に感じられます。それは、結果として、いつも予想以上の素晴らしさを見せて下さる轟さんや、思いを分かち合える方々と一緒だったからかなと 私も思うんです。しみじみ。
wakoさま(葵さま)
`98‥‥‥私にこんなエネルギーがあったのか? 
 と気付かされた一年でした。
 知りたいという気持ちにつき動かされ 
 札幌中の本屋を立ち読みしまくり 
 好意的なものも、 
 否定的なものも、  
 目を通し  時にうなずき‥‥‥  時にムカつき‥‥‥ 
 入手できる限りのビデオを入手!
 あぁ知りたい時が知る時なのねと‥‥‥しみじみす。
  観劇はままならぬとも  内面的に充実した一年でした。 
 `99は、インターネットも始め新たな展開!  ワクワクしている葵で〜す。  
’99新年早々にお声が聞けるようになったwakoさま(葵さま)。ハンドルネームがwakoさまに落ち着かれて、これから華やかにネットデビューされる事でしょう。
これからご一緒にワクワク ドキドキ出来たらうれしいです。
ねこばんさま
98年は、「轟悠」に始まり「轟悠」に終わった一年でした。
まず、私の大好きな『LET'S JAZZ』を元旦からBS生放送で観るという幸せな年明けでした。
それから4月は初めての帝国劇場。大劇場では脚本的に無理があった『春櫻賦』も帝劇では少し観やすくなっていたのは嬉しく、『LET'S JAZZ』では大劇場で初日に観てからお気に入りの「シカゴ」のルイには儚さと切なさに、「アフリカ」ではキレのある前蹴りから後ろ蹴りに、すでにファンな私もますます深みにはまっていきました。
それから、6月の全国ツアーでは『風と共に去りぬ』。
最初に演目を聞いたときは、また『風共』?という気持ちと、私は観たことがなかった轟バトラーを生で観たいという気持ちが半々だったのですが、実際、札幌で初日を開けて続々とネットを通じて皆様の報告が上がってくるたび期待は高まるばかり。そして、最終地の北九州市小倉で轟バトラーの魅力に壊れまくった2日間。
 8〜9月は『浅茅が宿』大劇場で初日に、10代の勝四郎くんが宮木と銀橋に出てきた瞬間、あまりの可愛さに顔が緩んでしまい、『ラヴィール』では「DANCE JAZZIN」のキレとスピードが命のダンスに釘づけになり、この次は12月の1000days公演だと思っていたら、大劇場公演中に知ったバウ一人芝居の話・・・。しかも、大劇場公演千秋楽から9日目に『THE FICTION』の初日。
ファンとしては久しぶりのバウ公演は嬉しいのだけど、この無理なスケジュールには疑問を感じると同時に、チケット入手の困難さに戸惑った公演でした。
そして希望した観劇回数はチケットがなくて無理でしたが、どうにか3回は観ることが出来て幸せなひとときでした。しかも、私にとってバウホールに入ったのも初体験でした。
作品的には太田先生も時間がなかったせいか、もう少し演出に工夫が欲しかったと思いますが(特に着替えている間)それにしても、役により存在の緩急を自在に操ってしまう力量で作品をカバーしてしまった役者・轟悠の凄さを見せつけられた公演でした。
そして、なんと言っても美しい「アンリエット」を観ることが出来たことでしょう。
もちろん、元が美しい轟さんなのですから女装(?)も何の心配はありませんが、声は・・・あの男らしい声はどうなるのか?と心配していましたが、お茶会などで聞く優しい声で、全く違和感無くアンリエットの優しい性格が滲み出た声でした。それに、あきらめていた千秋楽を幸せなことに観ることが出来たのも今年最大の出来事でした。
いつもの大劇場の千秋楽とは違って開演前の張りつめた空気。その空気をネットで知り合った方達と一緒に感じられたことや、フィナーレでは重圧にも負けず大変なことをやり遂げた轟さんの充実した笑顔を見ることが出来て、ファンとしてはこれ以上幸せなことはありません。
11月12日は「BS日本のうた」が大阪城ホールで収録。これは残念ながら観に行くことは出来なかったけれど、観に行かれた方からの報告で12月の放送日をただひたすら首を長くして待つばかりの日々。そして、12月6日の放送日の2〜3日前から何となく落ち着かず、そわそわしながら待ちに待った放送日!バウの時は痩せられて心配していたけれど、頬もふっくらとして光り輝くように美しく、そして格好良く、気品あふれるタカラヅカを観せてくれて、この放送はファンにとって予想していなかった素晴らしいプレゼントでした。
そして12月は雪組にとっても、私にとっても初めての1000days劇場で、久しぶりに観る生の雪組の舞台。メンバーが違っていることを実際に観て、本当に組替えがあったんだということを実感・・・。
最後に、お茶会に出席して今年の私の雪組&轟スケジュールは終わりましたが、一年ってこんなに短かったのかと思ってしまった’98年でもありました。
そして、轟さんのファンになって作品ごとに新たな魅力を発見し、これ以上はまりようがないはずなのに、まるで底なし沼のようにズブズブと深みにはまっていく自分にあきれ、ネットを通じて同じ轟さんファンの方達と知り合えて轟さんの魅力にどっぷりなのは自分だけではないことに安心しつつ(笑)観劇が何倍も楽しくなった一年でした。
本当にたくさんの事があったのに、短く感じられた一年でした。
観察力に秀でていらっしゃるねこばんさまの才能に驚いたことも 印象に残った年でしたよ。
バービーさま
不況と、言われても,自分が、リストラされるまで,現実問題とは思っていなかった,脳天気。
その最中の,FICTION見物でした。
(顔で笑って,心で泣いて。こんな所に居てええん だろうか?)
始まって終わる迄,妙な緊張感。たった一人で、全て見られていて、この人の神経保つんかいな?
でも、でも。そんな根性無しではなかったあの、パーフェクトな,舞台。
生まれ初めて,何かを見て、パワーを貰いました。その後は,思考錯誤の、フルコース。
長年の 念願だった,インターネットで、皆様の仲間入りも,果たせました。
これが,又機械音 痴の,私に,とっては,死ぬ苦しみ。
今の所,仕事の,当てはないけれど 強い意思と自分を,信じて。 あの時、しっかりと,受けとった,素敵なメッセージがあります。私だけの,宝物。
良い年だったんです。1998年って。
因みに,皆さんの,お宝を、ちょっぴり,見せて頂 けませんか?
スタートしてしまった1999年。隠れてこっそりと食べる、おやつにしたいんです。
舞台を見ていて、ふと思う時があります。今、同じ劇場で、同じ空気を呼吸し、同じ舞台を見ていても、人それぞれの生活や思いの重さは千差万別。当たり前なんだけど。
どうぞバービーさまにとって、更にたくさんの宝物が見つかる年でありますように!インターネットもお仕事も、よりランクアップされるよう頑張って下さいね!
ともこさま
東京から帰ってもう4日も経ってしまいました。今年の年末は日本におります。
1000days劇場での感激を胸に、今日もいろいろと年末の家事にいそしんでいました。
昨年末は、「春櫻賦」「LETS JAZZ」の公演中にも関わらず、憧れのPARISに出かけておりました。そして、時差ぼけで公演に大遅刻してしまって・・お芝居の公演中に起床したんですもの。ショーからしか見れませんでした。心なしか舞台の轟さんににらまれたような気がしました。
又貸切公演で、お席が前から2番目のセンター席だったので・・。友人が苦労してGETしてくれたお席だったのに・・。大失敗でしたわ。タフなともこも時差には勝てませんでした。
  5月末のバトラーさまを追っかけての札幌ツアー楽しかったです。
あの時飲んだ「おたるワイン ナイヤガラ」、とっても美味でしたね?今でもデパートで売っているのを見るとついつい買ってしまいます。
4年ぶりのバトラーさま、益々男前になられて・・カッコ良かったです。
この公演で北は北海道・札幌から南は福岡・小倉まで、日本列島を北から南へ縦断しましたね。まるで龍山さまの逆を行っていました。
「ラ・ヴィ-ル」の「ベサメ・ムーチョ」では見る度に殺されてしまって(笑)・・。あの方の大人の、ちょっとあぶない系の男の色気がよく表れていましたよね?
9月の「THE FICTION」・・7回しかない公演を5回も見てしまいました。あの方には無限の可能性があるって・・信じてしまいました。
そして、12月公演、2週続けての上京はちょっとしんどかったですが(体力的に)、でも楽しく充実した日々を過ごす事が出来ました。
やうこさまはじめwith yuの皆様、ほんとに1年間、お世話になりました。来る99年もどうぞ宜しくお願いいたします。
全国ツアー、楽しかったですね。まさか、そんな追っかけをするなんて三年前の私なら考えられないことでした。(かな?) 魅力は限りなく広がって、まだまだ未知の素晴らしさに出会えそうな気がします。長生きしなきゃ〜。
K子さま
千秋楽もとうとう終わってしまい、いつもなら寂しいはずが、今回は寂しいというよりも安心感が残ってる。 名古屋でまたこの公演が観られるという安心感か?!、いやちょっと違うような気がする%%%。
今年も残すところあと明日一日となりました。そこで今年一年を振返ってみました。今年も、こちらにお集まりの皆さまとは、色々なところでお会いできて、お話させて頂き、とっても楽しかったです。
有り難うございます。来年もどうぞよろしくお願い致します。
  今年は、轟さんのBS生中継から始まり、轟さんの舞台で終わったというほど、轟三昧の一年をすごすことが出来ました。
今振り返ると、あっという間に過ぎ去ってしまった月日のようにも思えますが、よ〜く思い起こすと中身が濃く、一言では表現しきれない程、様々な感情の変化があり、その時々の自分が思い出されます。
1月には大劇場へお茶会や千秋楽のために通い、4月には待ちに待ったトップお披露目の東京公演、しかも帝国劇場での宝塚観劇はとっても貴重な体験でした。
東京お披露目の喜びと共に、色々考えさせられたちょっと辛い時でもありました。
 6月には地方公演でバトラーに再会できて、大人の色気に酔いしれたのでした。かなり興奮したのを覚えています。(笑)
8月には、立て続けの日本物に不安を抱きながら、観劇した初日ではありましたが、不安をよそに感動して流した涙を今でも忘れません。
そして9月には、私の今の根底にある充実感のもととなった一人芝居が。
この時を境に、私の心の中の不安はほとんど消えていきました。
素晴らしかった「The Fiction」では、轟さんの持ち得る様々な魅力が引き出されていて、なんと贅沢な舞台だったのでしょう。
終わった後10月からの何ともいえぬ脱力感が、一人芝居の与えたインパクトの凄さを物語っていたようにも思います。
それから、これも初めての試みで印象深かったBS「日本の歌」ご出演では、全国ネットで轟さんのお名前と美しく絵にもなるお姿が、多くの方の目にふれることになりました。嬉しい限りです。
そして、今年最後の公演は、雪組初の東京1000days劇場公演。この公演でも私達や轟さん達を喜ばせる様々なドラマがありました。土日のチケットがとり辛くて、必死な思いで入手したチケットの有り難さ。実は、さばきがなくて観れずに時間潰しに買い物をした時もありました。(笑)
最後が華々しく終われたことが、本当に嬉しく、また来年へと、この調子で繋がっていってほしいと強く願っています。
来年も轟さんと共に歩める1年でありますように・・・。 K子。
同感です。「The Fiction」の頃からでしょうか、なんだかもう「安心して ついていこう」って思えるようになりました。もしかしたら、「浅茅が宿」の初日、舞台そのもの感動でしたが、何か吹っ切れたように明るい轟さんの表情、「この公演ならいけるかも」って思えた喜びも涙の原因だったような気がします。BS「日本の歌」での轟さんは、まさに「夢の花園・宝塚」のトップとしての風格があふれてましたね。これから ますます楽しみで、シアワセ!
ばぐーすさま
今年は沢山舞台を観ましたよ!今まで舞台に全く興味の無かった私ですがここに来て、急に興味が湧いてしまい ほぼ月一回のペースで何かしら観てたような気がします。
月にはダルレーク、 3月王様と私、 4月龍山、 そして6月 あは〜バトラーに酔いしれ、 9月勝四郎、10月ローマの休日、11月オペラ座・・と美輪さんの舞台 12月勝四郎・・? あ、その前にTHE FICTION!!
お金が無いワケですよねー。でも、楽しい一年でした。随分轟さんにお会いしていた気がします。
ところで、そんな私の来年の目標!
お気楽座で宴会できたら良いですね。場所はね、もう決めてあるんだ!皆さん、伊香保温泉に「ホテル轟」があるって知ってました?露天風呂もあって、中々のホテルです。
轟の味を堪能し、轟の酒を酌み交わし、轟の湯に抱かれ夜の更けるのも忘れて轟さんについて語り合う・・・どうです?もう、これ以上私達に相応しい場所は無いと思いません?そんな夢を見つつ、来年の一年に思いを馳せると何だか又も今年以上に楽しい年になりそうで、期待に胸も膨らみます!(そのワリに○カップ)来年もよろしくお願いします!
きゃ〜知らなかった。行きたい 行きたい!!!!!!!!!!
是非実現したいですね。専門家のばぐーすさま、よろしくお願いします。
やうこ
一年があっという間に過ぎて行った気がしますが、しみじみ振り返ってみるといろいろな事があり、大切な思い出もたくさん持てた年でした。季節の移ろいを感じる余裕があまりなかったけど、お正月の大劇場中継からスタートし、そして桜吹雪の中で迎えた東京公演、そんなふうに轟さんの舞台が私のカレンダーでした。
 春の「春櫻賦」が終わり、初夏の風と共に北海道から始まった地方公演で憧れのバトラーさまに出会えた感激、あの寂しげな微笑みと深い歌声が今も心に響きます。ナイト&デイでの投げKissの行方に騒いだり、初めての街をインターネット仲間と歩いたことも幸せな思い出になりました。
 そして、夏の「浅茅が宿」。いろいろ雑念の中で思い詰めて迎えた公演でしたから、そこでの晴れ晴れとして美しく輝いていらっしゃる轟さんの笑顔に心が洗われる思いでした。
 そして続いての「The Fiction」は やっぱり やっぱり最高でした。フィナーレで万雷の拍手に応えられての清々しい笑顔、客席の一人一人に注がれたまなざしが忘れられません。
 世の中が不況の嵐で、こうノーテンキに夢に酔っている場合じゃないと言われそうだけど、その夢の為に頑張れた事もたくさんあったから、もう少しこのままで居させてね、神様。
 そして、WITH YUを見守り育てて下さった皆様に。いつまでも進歩しない私をお見捨てなく こうしてお付き合い下さって、ありがとうございました。お声をかけて下さった方々も、静かに見守って下さった方々にも心から感謝を申し上げたいと思っています。
 新しい年も 素敵な舞台でたくさんの夢が見られますように。そして、皆様がご多幸で実り多い年を迎えられますようにお祈りいたします。
’99年の12月に またここでお目にかかるのを楽しみに!!!