![]() |
|
#05 グランパ・ケミカリック・アワー | くりこま 悠 |
#05:グランパ・ケミカリック・アワー(意味不明) 「あのさぁ。こういう事を言うと、変な風に思われるかもしれないけど…」 真樹は神妙そうな面もちで言い始めた。 「大丈夫大丈夫。彼女の言うことを変に思うなんて、甲斐性なしも同然だしな」 透がそう言うと、真樹はゆっくりと呟いた。 「昨日、夢枕にお祖父ちゃんが立ってた」 透は言葉を失った。 時間にして、1分40秒。 かの、佐々木博史氏の名曲「The least 100 sec.」が丁度始まって終われるまでの時間だ。 Orange Loungeの「100sec.Kitchen Battle!!」も、終わらせることが出来よう (余談ではあるが、我が家では前者を「100秒」、後者を「キッチン100秒」と呼んでいる のだが、普通のポッパーは後者を「キッチンバトル」と呼んでいるのだろうか。 是非御意見を戴きたい)。 彼は失った思考を絞り出し、全力で呟いた。 「ま、マジ?」 「マジ」 気が付けば朝だった。 鳥のさえずりが聞こえ、青い空が広がり、ベッドには朝日が降り注ぐ。 業界用語でいう所の、夢オチという奴である。 「…へんな夢を見ちゃったな」 透は手元にある時計を持って、時間を確認した。 次の瞬間、彼はカタパルトのような勢いで、ベッドから飛び出した。 AM 8:39 県立五ツ川高校。 「わ〜い、遅刻魔遅刻魔〜」 「遅刻してない!!まだ32秒残ってるだろ!!」 透は荷物も置かずに、そう叫んだ。 その他の面々は、金井を中心にして、大富豪の真っ最中だ。 「立石。お前、1時間目はマラソンだって事覚えてた?」 トランプカードを持ちながら、パソ研中西がさり気なく聞いた。 「…あれ?」 時間割を見てみると、確かに1校時目の欄に、堂々と「体育」と書かれている。 透は呆然と、時間割を見ているしかなかった。 「それ、革命!」 金井は、力強く叫ぶ。 「金井は、これで大貧民からおさらばか」と誰もが思ったその時、中西はカードを数枚 差し出した。 「…革命返し」 チャイムの音が鳴った。 「金井。お前、トランプ片づけといてな」 そう言って、隆介は自分のクラスへと戻っていった(余談ではあるが、隆介は一般クラスで あり、透達とは別クラスである)。 時間割を見ながら固まっている透と、手を大きく広げて固まっている金井。 BGMに、文字通り、ショパンの「革命のエチュード」が似合いそうな勢いだ。 ドアが開く。 担任は、教室に入ってくるなり一言 「そこの2人は何だ?新しい宗教か?」 返答はなかった。 「ダメだ。体力が続かない」 「そりゃそうだ。朝っぱらから坂ダッシュしてきたんだろ?」 ゴール付近にて、倒れている人影と、その様子を見ている人影。 透と金井だ。 「それじゃ、2巡目も行って来るかな」 ある程度人が集まったところで、金井が呟く。 「何でそんなに元気なんだ?」 息を切らせながら透が聞くと、金井は爽やかに微笑んで一言。 「坂ダッシュなんて馬鹿なことをしなかったから」 もっともらしい回答だった。 あまりにももっともらしすぎて、反論が出来ないぐらいだ。 「大体、透が寝坊するなんて珍しいよな」 「夢オチが…」 「?」 「いや、何でも無い」 透はそう言って、ゆっくりと起きあがった。 「どうにもダメだな。3時間目の後にやってくる疲労感が、俺の中に漂ってる」 「次の授業、寝てれば?」 金井の、専門学校志望者ならではの、至って呑気な返事が返ってきた。 当然、透は 「そういう訳にはいかない。全国では何万人もの高校生が大学受験のために 熱心に勉強してるんだ!!寝れば、その分、俺は遅れをとって…」 「…重傷だね」 金井が肩をすくめる。 「ホント。受験の何ヶ月も前から、そんなにネガティブになってどうするの?」 涼子が溜息を吐く。 「そうそう。城之崎の言うとおり…」 『!?』 気が付けば、2人の間に涼子が割って入っていた。 「ある程度余裕を持ってやらないと、プレッシャーに負けて、受かる物も受からなくなるよ」 何喰わぬ顔で正論を持ち出す涼子。 あまりにも堂々としすぎてて、違和感すらも麻痺してしまう。 「お前さ、マラソンは?」 「ん?ああ、平気。後は、そこに走って行くだけでゴールインだから」 涼子はケロッとした表情で答えた。 呑気そうな彼女の後ろでは、苦しそうな顔をしながら、女子の皆さんが最後の追い上げを掛けている。 何とも奇妙な光景だ。 「何でそんなに余裕なんだ?」 透が思わず口を開く。 「う〜ん。坂ダッシュなんて馬鹿なことをしなかったから…かな?」 もっともらしい回答だった。 あまりにももっともらしすぎて、反論が出来ないぐらいだ。 「あ〜、そうだよ。みんな自業自得だよ。俺が悪かったんだよ…」 そんなことを話し込んでいるうちに、涼子は肩を叩かれた。 その手の先には、真樹の姿がある。 「タイムオーバーまで、あと15秒だけど?」 「嘘!?」 涼子はもの凄い勢いで走り出していった。 「ばーか」 透はボソッと、そう呟いた。 「コラコラ。ホントのこと言ったら可哀想だって」 フォローになっていない。 かくして、平和な空気が戻ってきた。 …と思った瞬間、10秒後、涼子は凄い勢いで戻って来た。 絶対零度の微笑み。 (嫌な予感がする…) そう思う間もなく、涼子は透の胸ぐらを掴んだ。 「今、ちっちゃい声で『ばーか』って言ったでしょ!!」 「うぐぐぐぐぐ…」 (口は災いの元) 金井はそう肝に銘じて、まるでその場から逃げるかのように駆けだした。 「それじゃ、俺はもう4周してくるから!!」 青春ドラマの主人公並に、とても爽やかな笑顔だ。 そして、速い。 「ちょ、金井…金井も…」 「今は、立石君のことを聞いてるの!!」 「ぐ、ぐぐ…」 彼にとって何が一番不幸かというと、誰1人として涼子を止められる人間がいないことが 不幸なのかも… やがて、返事はなくなった。 2校時目 化学実験室にて。 「ああ〜、酷い目にあった」 透はそう言って、首もとに手を押さえる。 よく見れば、うっすらと手の跡が付いているのが分かる。 「自業自得だよ」 中西は冷ややかにそう答えた。 真樹も涼子も、黙って頷いている。 「で、実験の準備をしないと」 「そうだな。それじゃ、機材を用意してるから、真樹は薬品を持ってきて」 透はそう言って、席を立った。 真樹も教卓の方へピョコピョコと歩き出し、薬品の入った入れ物を持ってくる。 そんな最中、何故か転がっていた空き瓶に、真樹は突っかかってしまった。 何が起きたかは、推して知るべし。 「高坂〜。大丈夫か〜?」 「ふにゅ〜。大丈夫です〜」 (んなわけねーだろ!!) 班内での意見は一致した。 第一、こんな所で不幸発動なんて、洒落にならんぞ!! 透達は身構えた。しかし、予想に反して、30秒経っても何も起こらない。 「ふぅ。助かった…」 彼らは、ようやく笑顔に戻した。 「うぃ〜。マラソンめんどくせ〜。 昨日のバイトの疲れも残ってんのに」 「シャンとしろよ。シャンと」 隆介は、クラスメートに諭される形で、渋々走り出した。 そんなこんなで、ちょうど校舎の裏側、化学室の辺りを走っていたときである。 ふと、何処からともなく爆発音が聞こえ、頭上から何かが落ちてきた。 ビーカーの破片だ。煤が付いている。 「な、何だ?」 ふと見上げてみるが、そこに変わったことはない。 化学室のガラスが飛び散って、中から微妙に煙が立っているだけだ。 「…疲れてんのかな。今日はバイトを休むか」 隆介は何もなかったことにして、再び走り出した。 「そうかそうか。そういう呪いだったか」 「成る程ね。私には、立石君が単純に計量を間違えただけのように見えるけど…」 涼子は苦笑しながらそう言った。 「何処かの誰かさんが、さっき俺のことをどついたのが原因で、まともに調整できなかった んだ」 勝手な理由である。 「痴話喧嘩?」 「違〜〜〜〜〜〜う!!」 何処からともなく聞こえてきた声に、涼子と透は声を揃えて叫んだ。 「ていうか、俺には真樹がいるし!!」 どさくさに紛れ、透は真樹の肩に手を掛けた。 「私だって、そりゃ片思いだけど…神田君という人が…」 「俺がどうかしたって?」 『!?』 気が付けば、涼子のすぐ後ろに隆介の姿があった。 当然、涼子の顔はみるみるうちに赤くなっていく。 「わ、私、ちょっとトイレに行って来ます!!」 涼子は、先程の爆発で失神した教師にそう宣言し、化学室の外へと出た。 「何だろうね。あれは…」 「お前は何なんだよ!何でこんな所にいるんだよ!!授業はどうしたんだよ!! ていうか体育だろ?マラソンだろ?」 透はそう言って、隆介を問い続ける。 ほっといたら、本当に何しに来たのか、小一時間問い詰めそうな勢いだ。 「いや、さっき上から爆発音が聞こえてさ。その時にビーカーの破片が頭に刺さったらしく て、いや、俺は気が付かなかったんだけど、一周終えた時点で、先生が『お前、頭から 血を流してるぞ』って…」 そう言っている合間にも、隆介の頭からつつーと血が流れ出してきた。 「お、おい!とっと保健室に行って来い!!」 「それがさぁ、保健室行ったら、先生がいなくて」 隆介は明るく笑いながら言うが、その間にも隆介の顔はスプラッタな事になっている。 透は隆介から視線をずらした。 「保健委員って誰だっけ?」 「城之崎じゃねーの?」 そんなことを言っている間に、涼子が帰ってきた。 「城之崎―。今なら神田と2人きりになれるチャンスが先着1名様に無料ご奉仕状態 なんだが…」 「え。どゆ事…」 涼子はそう言って、何の予備知識もなく、透越しに隆介の姿を見て… 赤く桜咲く 風に舞う 螺旋の糸もつれ合い 帰路を無くした(注:これはイメージです) 「かかかかかかかか神田君!!ど、どうしたの、その傷は!?」 「いやぁ。何かさっき、ビーカーの破片が落ちてきたらしくて、ちょっと頭切っちゃって」 隆介は至って平和そうに、そう語った。 「え、えーと!?保健委員、保健委員!!」 「お前だ」 「あ。そうだった」 涼子、最愛の人が怪我をして、パニック状態。 「いいから、とっと保健室に連れてって、手当してやれ」 「分かった!」 涼子はそう言って、隆介と共に保健室に向かった。 「やれやれ。あの2人が進展するか否か、見物だな」 「…若いって、いいものじゃな」 やたら白っぽい老人が1人、そう言って茶をすすった。 瞬間的に、辺りにざわめきが走る。 「お、おっさん。誰?」 「儂?儂か」 老人はそう言って、また茶をすする。 この周囲だけ、極めて悠長に時が流れている様にも感じる。 どれだけの時間が流れたのだろうか。 「ただいま〜」 涼子と隆介も、何事もなかったかのように帰ってきた。 そして、ふと立ち止まる。 「誰?このお爺さん」 「非常勤講師…じゃないよな?」 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん」 老人は突然叫んだ。 「び、びっくりした〜」 勢いで後ろに飛ばされた透が、思わず感想を漏らした。 「儂はハクション大魔王じゃ。 願い事を言いなさい。叶えてあげようではないか」 「嘘つけ、嘘を!!」 透が思わずツッコミを入れる。 「お、お祖父ちゃん!?」 真樹が、老人出現から6分も経ってから、そんな言葉を発した。 呆気にとられたのは、その他の面々である。 「反応遅ッ!!」 「ってか、『お祖父ちゃん』って何?『お祖父ちゃん』って…」 今出来ることは、真樹達の様子を見ることだけである。 透達は、そう断定した。 「おお、真樹か。随分と大きゅうなって…」 老人はそう言って、真樹の頭を撫でようとしたが、その手は真樹をすり抜ける。 一瞬、周りの人間は驚いた。 真樹と、透、涼子、隆介、金井の4人を除いて。 「何だ。幽霊だったのか」 「成る程ねぇ。それなら、白っぽいのも半透明なのも納得できるし」 「微妙に季節外れだけどな」 「ああいう、すり抜けるっていうのも、結構ありがちだよな」 全員から溜息が出る。 「種を明かしてみると、案外詰まらん物だったな」 何処ぞの光画部のような(知らんかなぁ。『究極超人あ〜る』なんて…)結論で、情研部の面々は納得した。そういえば忘れていたが、金井も情研部の部員なのである。 何故、こうやって落ち着けるのか、情研部の面々には小一時間問い詰めたいところだが、いちいち問い詰めていると面倒なので、やめることにしよう。 やがて、真樹の祖父は、遠巻きに見ていた4人に気が付いたようだ。 「これはこれは。真樹がいつもお世話になっています。真樹の祖父です」 ぺこり。 幽霊は、礼儀正しくお辞儀をした。 「あ、どうも」 反射的に、4人が首を下げる。 一生のうち、幽霊に挨拶する事なんて、そう何度もあることではない。 「良い友達を持って、幸せだな」 「えへへへ〜」 真樹は嬉しそうに言った。 ごく普通の有り触れた空気が流れている。 「マズイ。このままじゃ私達、あのお爺さんのペースにハマッちゃう」 「今一瞬、普通の空気が流れてたよな?」 「ていうか、どっからどう突っ込めばいいのか、全然分からない」 ちらりと振り向く。 数年ぶりの祖父と孫との会話。 ほのぼのホームドラマ的なノリである。 お爺さんが、半透明で白っぽく無ければ…の話であるが。 「あの〜、すいません」 「何だい?」 「つかぬ事をお伺いしますが… 今日はどのような御用で?」 思い切って、涼子がそう問いかけた。 「いや、たまたま真樹の様子を見ていたら、何か実験をやってるようじゃったからな。 受けを取るために、ちょっとな」 (何ですとー!!) 瞬間凍結で、しっかり長持ち。 授業は大混乱し、先生も失神。挙げ句、隆介が軽傷を負う大惨事になった理由が、 「受けを取るため」。 なるほど。立派な理由である。 これ以上立派な理由など、何処にも存在しないだろう。 そんな皮肉を込めた溜息を吐きつつ、涼子は再び、2人の様子を観察し始めた。 「ところで真樹。呪い解除の術が載っている古文書を見つけたようじゃな?」 真樹祖父は唐突に、話を変えた。 「え?うん。愛が何とかこうとかって…」 真樹がそう言って、鞄の中から古文書を取り出す。 (ってか、持ち歩いてるんかい!!) 見守る4人全員が、心の中で鋭いツッコミを入れた。 「え〜と、これだよね?お祖父ちゃん」 真樹は問題のページを開く。 「そうそう。それそれ。で…」 一瞬、真樹祖父の目が光った気がした。 真樹と透には、何となく次の質問が分かる気がした。 「お付き合いしとる人はいるのか?」 予想通りだった。 「う、うん」 真樹はそう言って、透の腕を引っ張った。 透には、真樹の力が異様に強く感じられた(真樹って、意外と力あるんだ)。 「ど、どうも。付き合わせていただいている、立石 透と申すでございまする」 緊張からか、変な日本語が炸裂している。 まぁ、仕方ないだろう。 死後も幽霊となって、孫娘を見守るほどの人物である。 万が一、相手に「こんな奴に孫を任せらんわー!!どんがらがっしゃ〜ん(ちゃぶ台、崩壊)」と思われたら… パッと見、古き良き頑固オヤジである。 しかも幽霊である。 一体、自分はどんな目に遭うか。 それを考えれば、平静を保つなんて絶対無理であろう。 幸い、真樹祖父はそんなそぶりもなく、安心した表情で口を開いた。 「そうですか。こんな孫ですが、これからもよろしくお願いします」 透は安心した。 そして、油断した。 「ハイ。命に替えても、真樹さんは僕がお守りします!!」 透は断言した。 素で断言してしまった。 いや、こういう事を言うのは悪いことではない。 問題なのは、ネタとかではなく、ごく普通に、その言葉が発せられたことである。 彼にとって残念だったのは、この小説がシリアスな小説ではなく、ラブなコメ的雰囲気 溢れていそうに見えるが、その実ギャグ小説に分類されてもおかしくない物語であった ことだろう。 これが普通の小説であったら、この場面は見せ場であっただろう。 しかし、この小説はC調脳天気スチャラカ小説だ。 こんな一言は、ギャグ以外の何物でもない。 「くくく…」 「ちょ…ッ…ちょっと。笑っちゃ…ッ…ダメ…くくっ…だって…」 「だ、だって…くくっ…命に替えても…ッ…お守りします…ッ…だって…」 案の定、当事者以外の面々は、笑いを堪えるのに必死である。 (ちくしょ〜。自分たちは関係ないからって、そうやって人のことを笑いやがって…) 透はそう思いながら、引きつった顔で後ろを振り向いた。 (おい、おまえら。後で覚えとくように!!) 透は、そんな意味合いを込めた睨みを利かしたが、それはむしろ逆効果であった。 「…〜ッ…怒ってる〜、怒ってるよ〜」 「何かヤケになってる人がいるよ〜」 透は溜息を吐いた(こんな奴らに、何を言っても無駄だ)。 その後数分間、真樹と真樹祖父、そして透による世間話(というより、真樹祖父による 夫婦円満になるため講座)が続くことになった。 随分と気の早い話である気がする。 事実、透も真樹も、微妙に照れ笑いしながら、困ったような表情をしている。 周囲のギャラリーは、既に祝賀モードになっているらしい。 何処から持ってきたのか、隆介と涼子に至っては、クラッカーを鳴らしている。 「ま、待て!!それは一体何処から沸いた〜!!」 「部室」 隆介は何食わぬ顔でそう言うと、最後の一発を、透達に発射した。 「…いつの間に取ってきた?」 「ノーコメント♪」 涼子はにっこりと微笑んで、そう答えた。 透は、30人のボケを、1人で相手にしないといけなくなった若手漫才師の様な顔で、 周りを見渡した。 何処を見ても、帰路はない。 時計の針は、まだ授業時間は5分残ってるよんと、透に冷たく語っている。 普段だったら短く感じる300秒という時間が、今日に限って長く感じた。 「…ぅ、ゴホッ、ゴホッ!!」 突然、真樹祖父がせき込んだ。 「ちょ、ちょっと。大丈夫ですか?」 周りにもざわめきが走る。 「ああ。しかし、儂も、もう余命幾ばくもない。 その前に、真樹の呪いを解いてやろうとしたんじゃが…」 「っていうか、お祖父ちゃん、もう死んでる…」 真樹は思わず、そうツッコミを入れた。 何となく、高坂家の方々の人柄が象徴される一瞬である(真樹がツッコミ係というのも変だが)。 「オホン!それはともかくじゃ!!」 真樹祖父は咳払いをした。 「儂としても、あそこで、誰でもない我が孫娘に呪いをかけたまま死んだとあっては、 呪術で名を馳せた高坂家の恥じゃ。ここは1つ、儂が呪いを解くのが筋というもの!!」 「おお〜」 「素晴らしい!」 真樹と透は、拍手をした。 日本の祖父!祖父の鏡である!! だが、 「・・・じゃがの」 真樹祖父は、更に話を続けた。 真樹と透の拍手も、途端に鳴り止む。 「真樹は昔から要領の悪い子じゃからの。 ここで呪いを解いたとして、仮に真樹と透君が別れると、恐らく真樹には一生彼氏が 出来ん!!」 ある意味残酷な事を、真樹祖父は断言した。 2人の血の気が、音を立てて引いていく。 「あ、あの・・・」 「そんな心配しなくても、僕は・・・」 「それにじゃ!」 2人の言うことを尽く無視して、真樹祖父は続ける。 「やはり …愛だろ、愛」 急にニヒルな口調で、真樹祖父はよく分からない言葉を発した。 「かの体育会系パンクロックミュージシャン『ヒデヲ=スワ』も、こう言っておる。 『君は知っているか “恋”という字に“下心”あり!!アーンド じすい〜ず!!』」 一呼吸おいて、更に一言。 「『愛じゃな〜い』」 もはや、音楽ゲームをやっていない人には、何が何やらサッパリな内容である。 「すいません、お祖父さん。本当に死んでいるんですか?」 「ていうか、何処でそんな歌を覚えたの?」 何年も前に死んだはずの人間が、今年の夏ごろに出回り始めた曲を知っている不思議。 それに対して、2人が絶妙なツッコミを入れた。 「というわけじゃ」 真樹祖父は、真樹と透の方に手を置くそぶりをした。 「この不景気の真っ只中じゃが、2人で愛を育むのじゃぞ!じゃあな」 真樹祖父の姿が、見る見るうちに消えていった。 タイミングよく、チャイムが鳴った。 「・・・何だったんだ。今のは・・・」 「さぁ・・・」 呆然とする面々。 互いに顔を見合わせることぐらいしか出来ない。 誰かが呟いた。 「教室に帰るか」 ちなみに失神した化学教師は、1時間後に高柳教諭によって発見、回収されたが、 ゲシュタルト崩壊を起こし、口を利くのもままならない状況となってしまった。 化学教師 越前谷 幹晴教諭(53)はこの日、教師生活30年の幕を閉じた。 結論:教育の危機は教育の危機ではなく、生命の危機なのだ。 byペギー(仏・詩人) 合掌。 |
|
<< Back | Top | Next >> |