2002 「文月不可思議地獄変(後編)」
「けむりだま99個持てるんです!!」――ミネルバはもうみんなわからんだろせっちん。
台風は気がついたら去っていた、感じか。
七月も半分過ぎてしまった。今月後半は楽しみなイベントが結構あるので忙しくなりそう。
ってゆーかホントに出るのか? メイド本。
「手さえ使えらコッチのモンだ!
見てろ! ガンガンシュート決めてやる!」――円谷
というわけで、今日はサッカーけるける団全一巻の発売日でした。
連載終わっちゃったということは勝負としては負けだったのかもしれないけれど、俺は面白かったので良し。マンネリになって評価落とす前にサクッと終わって良かったと考えるべきではないだろうかと自分を説得。
俺は好き。
でもGOLは全然ダメだった。
だからギャグ漫画というのは各人の笑いのツボによって評価が全然変わるのだろうから、簡単に面白いとかつまんないとか言えないんだよねー。でも俺は好き。
お約束を丁寧についていく姿勢が、安心して読めるギャグ漫画です。そのへんが「タルい」と感じる人も多いかもしれない。実際、多かったからコミックス一巻分で終わってしまったのだろう。
でも俺は好き。なので、ちょっと読んでみて貰えれば嬉しい。
「寛大な主人のもとに奴隷であること。これほど楽な生きかたはありません」――ナルサス
長野の田中知事が議会解散ではなく失職を選択肢、次の知事戦に撃って出る模様。
議会を解散させて選挙となった場合、なんだかんだで地元の支持を受けている現職の議員さん達が、総入れ替えという結果になる可能性は低い。これをやっちゃうと知事的には「知事はあんただけど民意が選んだ議会は俺等だよ」ということを言われ、うっかりするともう一度不信任を喰らってしまう。
逆にここで職を降りて、知事選に出馬して勝てば「議会の皆さんよ。県民の支持は俺。田中知事だぜ?」ということになり、強い立場からさらに行革を押し進めることが出来る。
戦略的に見て当然の行動だな。
あとは純粋に県民意志に委ねられたわけで。そう、悪い状況ではないと思うのだが。
問題が起きているから問題だ、という報道や一部県民の姿勢は勘弁して欲しい。なんの問題もなく社会が進むことなどあり得ないのだから。
その時々に理性的に判断して適当なる対処を行っていけば、必ず道は開ける。そう信じてそうやっていくしかないのが民主主義だということを。誰か教えてやれ。
決断は常に責任を伴い、その一つ一つが自分達の生活に跳ね返ってくる。誰も無責任ではいられない。
それが民主という思想だ。
それが嫌なら奴隷にでも戻りますか。俺は願い下げだけどね。
「会社の食堂に「インド人シェフがやってくる!」」――いいなあ浅見京介
博士課程の先輩二人の中間発表。お二人とも二次諮問。
てことはこれが終われば博論なわけで。当然高度に専門的な発表内容。知識面では頷くばかり。発表の様式やレジュメの書式も参考になることばかり。
つまりいただけ。役立たず。
やはり人にモノを伝えるための発信というものは、論理的に筋道立ててやるのは当然としても、それ以前の段階で基礎となる資料を徹底的に集め、またそれらをわかりやすく見せる工夫をし、など。
伝えるための努力をしなければならない、ということを痛感。
ちょっとその場で思い付きでなにか言ってみるのとはわけが違う。根拠のない主張は意見とはなり得ない。無駄な会議を100やるより、こうやって一人の人が自分の考えを発表する場を一つ設けた方が余程良いのではないだろうか。組織運営ということについて、そんなことを考えた。
夜、国分寺の貴族がマシントラブルというのでSEことヤスを連れて訪問。働くヤスを後目に漫画を読んで過ごす。
ケーブルテレビのアニメを見てヤスが凄い顔をしていたのが印象的だった。なんかコスプレするヤツとか、変身するヤツとか。いいじゃん。萌えアニメ。
いくら自分の大好きな触手が出ていないからって、そんなに嫌わないでもいいのに。ネエ?
「シリーズ第一回。メイドVSエビ。
メイドVSエビ、というタイトルの四コマ漫画。近日発表ですらしいよ。
たたたたのしみー。」――ヲベロン
なんの話だろうと思った皆さん。
例のメイド本のことだそうです。
どうやら「ネタがない」と煮詰まっていた柴三郎氏に対し、ヲベロンが親切にもネタを出してあげた模様。
「メイドVSエビ」……。
柴三郎君。そいつ、ホントに味方か?
後半、裏切るユニットじゃないのか? ちょっと攻略本とか見てみた方がいいぞ?
補講。つきじ
「『○○だと思う』なんて書き方は、もう一番悪い。やめなさい」――寺ア昌男
新宿校舎の社会人大学院の補講。
しかし向こうには資料図書がないので、わざわざ町田の方で。頭が下がります。
単に補講でなく、研究発表会のようになっていて参考になることが多かった。各人の修論に向けた研鑽の成果というヤツを見せていただいたわけだが、やはりデータなしで空論を語る人は一人もいなかった。
調べたいことがあって、その分野の周囲についての資料を読み込みたいがさてどうやってどのへんから探していけばいいのか。そういうResearch Methodologyについての質問が集中する。
答えられない。
図書館利用には、少し自信があるというか。昔から本はたくさん読んでいたし、大学では図書館学の講義も取っていたので、図書館の中へ行って自分の必要としている本を探すことについてはそれなりに出来ているつもりだった。
しかし例えば「臨定についての文部省内における議論の有無」についての資料を、さて探したいと思ったとき。そういうものは何処を探せばいいのですかと聞かれたときに。
まるでわからない。『文部科学時報』バックナンバーか? アレを延々読んでいくのか? 或いは目次集のようなものがどこかにあるのだろうか。
そもそも俺自身が私大の臨時定員についてまったく詳しくない。だからバックナンバーの検索を推奨しようにも、どの時代のどのあたりを読めばいいと言えばいいのか皆目見当もつかない。
「○○さんに手紙を書いてみなさい。僕が紹介しておくから」などとサクサク進めていく先生とは大違いであるし、てゆーかそういうことか。何を聞かれてもそれなりに対応できるし、専門外のことについても人脈がある。なんとか出来る。アレが要するに「教育者」というものなのだろう。
そして両者とも「リサーチは基本」という認識は一致している。あっても仮説。無根拠な推論など一切ない。
だから建設的な結論が出る。主観だけで話していてはこうはいかない。
こういう「まともな人間」がたくさんいると嬉しくなる。世の中も捨てたものではない。
その後、町田の「寿司つきじ」で打ち上げ。皆さん締めるところは締めて、抜くところは抜きますな。
メリハリ、大事。でも飲み過ぎじゃないんスか……? 俺ちょっと、撃沈気味。
「大関の地位は責任が問われるし、不安が先に立つが、希望もある。
勝ちにこだわらず、自分の相撲に磨きをかけたい」――千代大海
遅くなりましたが、優勝おめでとうございます。
一時期やたらに引いたり変わったりしてたのでどうかと思ったけれど、やっぱり調子のいいときは強いね。どんどん当たってどんどん押して、これからも爽快に進んでいって欲しい。
今日は歴史研究会。ログ取り、とは言わないか。会議の議事録を作る役を仰せつかったのでわりと面倒。
テレコを用意して録音しつつ、大事そうな発言はある程度書き取り。議論の流れは押さえておいて、あとで文書にする算段。
TRPGのリプレイを書いてた経験が役に立っている。人生なにがどう幸いするかわからない。が、どうしてこういうことが得意なのかはやはり延々内緒です。
「たとえばたとえば。ウサギが好きってお話をしていて。
A子ちゃん「ウサギって可愛いよね。立って耳を掻く仕草とか」
B子ちゃん「Aちゃんちの犬も可愛いじゃない」
A子ちゃん「うん、可愛いけど仕草は犬よりウサギのが全然可愛いような。犬なんか、大きいな爪でガシガシ掻いちゃうのよ。風情がないよう。」
「犬よりウサギのが全然可愛いような。 犬なんか、大きいな爪でガシガシ掻いちゃうのよ。風情がないよう。」
会話のここだけ取り出して、前後の話の流れの説明もなく[A子ちゃんは犬が大嫌い」の論拠にされても困るわけなのです。
でもってネットは言葉の世界だから、それが「ログ」として証拠になっちゃう時もあったりして」――某女史
インターネットのマナーの指針として「ネチケットガイドライン」を挙げることは間違いではあるまい。
ガイドラインは冒頭でこう述べている。
「私たちは、ある個人が別の個人に面と向かって会話するように通信すること、つまり
対話のことを1対1の通信と定義します。
人々と付き合うための常識的な礼儀作法は、 一般にどんな場合でも尊重するべきですが、インターネットの場合には、身振りや声 の調子を推測させることしかできないなどの理由から、その重要性が2倍になります」
『2倍になります』
おわかりだろうか。文字だけ。文字しかない、という特異なコミュニケーションを行うからには、「一般にどんな場合でも尊重すべき常識的な礼儀作法」が、さらに倍の慎重さをもって行われるべきである、と。
これは強制や法律ではない。コミュニケートにとってひどく不利な限定環境で、なんとか円滑なコミュニケーションを行うための、先人の培ってきた知恵である。
その遺産を生かさないというのはどういう考えから来るのかちょっと理解しがたいが、当然「マナーについて配慮の乏しい人間」との外部評価を受けることは覚悟の上でやっているのだろう。
そうでないとしたらあまりに回りが見えていない。そこまでガキならネットで遊ぶ資格がないと判断せざるを得ない。
もし、ガキじゃないと主張するのであれば、では「わかっているのにマナーを守らない」ということになる。それは要するに「私は無礼者です」と言っているに等しい。
礼儀知らずに対してこちらだけ礼を尽くす必要は全くないし、相互主義者の俺からするとそういういびつな対人関係の構造は不愉快極まりない。
「殴れば殴り返される」。当然の結果だ。
そのへんが理解できていない人達は、どうしようもなく「甘ったれていやがる」としか言い様がない。少なくとも彼等は社会人ではないのだろう。学生の、それも若い、中学か高校くらいの年代と推定される。
何故ならば、俺の知る限り、およそきちんと社会生活を送っている人間ならそんなに手前勝手な自分ルールで「自分だけは何をやっても許される」と考えながら生きている筈がないのだから。
つまり、どっちにしろガキである。
インターネットは広い。そして誰にでも使える。だからガキが入ってくるのは、これはもう仕方ない。
内心反吐を吐きながら、そういう自己中なガキの相手をする必要がある立場にある人には、本当に同情する。
ってまあ、かく言う俺も、義理があってイヤイヤながらそういうガキの相手をせざるを得ないのだが、俺は根っこの所では相互主義者なので、ガキ相手には「話聞いてるふりだけして適当に持ち上げて流す」という不誠実なズル技で対応させて貰っている。多少良心は痛むが、理を説いても通らないガキ相手に啓蒙してやる義理もないし。
そういうことはお家でママにやってもらいなさーい? って感じか。
損をするのはこういう風に割り切れない、性格的に「お母さん」のような優しい人達で。こういう人達はガキの相手に疲れ果ててどんどんネットから撤退していく。
それで不利になるのは君ら自身だよ? わかってるのかなー。ガキの皆さん達?
自分の味方をどんどん心労で潰していることに、早めに気付きなさいネー?
俺には関係ないけど、一応心配するポーズだけはしておこう。義理で。
「シリーズ。メイドVSエビ。
二人の死闘にゲッターロボが加わってくるようです。あとメカメイド。
果たして敵か味方かメカメイド。風雲急を告げる原稿締め切りは今週末!」――ヲベロン
だからさ、柴三郎。
アイツは味方じゃないって。レコア。レコア。
ずーっとやっていた本の箱詰めと整理作業がやっとのことで終わり、今日は引っ越しの本番。
って、やっぱりやることは本の箱詰めと整理なんだけどね! 五十箱以上あるとさすがに疲れたー。
四人がかりでやったけれど、それでも午前から始めて、お昼を挟んで夕方まで。さらに俺はその後も残って発送手続きとかやっていたので結局夜になってしまった。
今日わかったこと:荷物が全部運び出された夜の研究室は怖い。
「とらハDVD版押さえてきました」――ナイス! young!
そんなわけで完全限定発売であっさり買い損ねていた「とらいあんぐるハート1.2.3DVD版」!
”漢”youngが名古屋でGETしてきてくれましたよ! イェーイ! 持つべきものはオタクの友達だね!
オタクの友達と言えば劉秋華(非道い紹介だ)ですが、彼も先日無事中間発表をこなし、夏コミに向けて全力投球中の模様。皐月亭のファンは期待して良し! なんかセンチでやってくれるそうですよ。クックック。
これは今年の夏コミも期待大だね!
……なんか忘れてる? 自分達の本?
エー。その件に関しては出来てからってことで!
「キャラデザが変わったくらいで騒ぐってのは、ホントに好きだったわけじゃないってことやね」――貴族
出たね。
出てしまったね。
痕リメイク。
昨日とらハ1.2.3の話をしたばっかりで、今日発売の痕リメイクを買ったと書くとまるで俺が毎日エロゲーしか遊んでないように思えるかもしれませんがそれは違います誤解しないでくださいお嬢さんはははどこのお嬢がこの日記読んでるか言えるもんなら言ってみろぜいはあ。
まーつまりアレですよ。凄い好きなゲームで舞台になった場所を見たいという理由で旅行に行っちゃうようなゲームがあったとして。
それが結構昔のゲームで、新しく作り直されて出るとして。
複雑。
複雑気分になりつつ一応予約はしたし、発売日に買ってきたのだけれど。
インストールする気にならなくて。なかなか。
未だに箱も開けてません。てゆーかソフマップの袋から出してません。
ど、どうしよう……。
「オレたちの世界じゃあ、粗筋や設定を得意げに喋ったりするってことはねえ…!
オレたちが粗筋を作らなきゃならねー時と「思った」時は…すでに「終わって」いるッ!」――ヲベシュート兄貴
明日です。
明日がメイド本の〆切です。
ってことで鷹村家で原稿。
洒落になりません。終わりません。どうしましょう。
テケスタ!
「こんばん若旦那」――妹子。それはもうお嫁に行く歳の女の子の挨拶ですか。
えー。
本日の若竹の会は、始まって依頼の。
「みんなで原稿をやる会」になりました。
TRPGとか、保留。だって今日が〆切なんですもの。
時間ギリギリまでやって、それでも終わらない人多数。で、続きは我が家で。
我が家でも延々原稿。
とりあえずなんとか終わったけれど、全員反省しるー。
「次も頑張りますね」――ヲベロン
ワープロ打ちバイトの日。
相変わらず日本語変換ソフトと苦闘。一日でスッゲエ憔悴して帰宅。
夜、国分寺の貴族のところで原稿をちょっと手伝いつつ、クダを巻いてリフレッシュ。
オフセットの〆切が近いって事は、コミケが近くなったのだなあとひしひしと感じる。
でもまだカタログとか全然見てないんですけど。周りはどんな感じなんだろう。調べとこ。
「1+1=2ではなく、1+1=1あるいはマイナスへとその価値を減少させている。
この傾向は個人のIQが高いほど顕著であり、残念ながら、「優秀な人材」の採用が弱い組織を作り出しているともいえる」――Japan Research Review 1996年3月号 MANAGEMENT REVIEW 個人IQ<組織IQの実現より
今日も原稿手伝い。
というか具体的に手伝えることは実はあんまりないので、インクリボン買ってきたりとかそういう雑務だけれど。
研究室のバイトとかやってても、ほとんどが雑務なんだけれど、例えば手紙出したり切れてる文具揃えたり、そういうことを自分でやってると、十五分くらいはすぐに取られる。
先生は朝九時から講義に出て、十時半に戻ってきて、十時四十分からまた講義。ってことは、朝メールで支持貰うとか、或いは書き置きになってることをやって。で、休み時間で戻ってきたときにちょっと見て貰って続行。
昼休みは食事もしなきゃならないので忙しいし、午後は講義がなければ良いけれど、あればまた午前と同じようにチェックだけ。講義のない日にやっとまとまった時間が取れても、せいぜい一時から五時までの四時間くらい。ここへ会議が入ってないということはほとんどないので、結局は自分のために使える時間はあって二時間か三時間か。
そういう暮らしを横で見ていると、「ああ俺が雑務を変わりにやることにも意味はあるだろうなあ」と思えるし、だから別に小僧さんみたいなお手伝いばかりが仕事でも、特に不満はない。コピーなんかは絶対必要な作業だけれど、わざわざ先生がやるのは時間が勿体ないよなあ。
助手。アシスタント。そういう立場の人は、絶対にどの研究室にも必要だと思うし、これはおそらく会社とかでも同じなのではないだろうか。
世の中にはやたらと、正面に出てわかりやすく「仕事してる」ことが伝わる仕事に拘る人がいるけれど、一人で全部やりきれると思っているのだろうか。或いは、そういう性格で縁の下の力持ち的なサポートスタッフがついてくるとでも思っているのだろうか。
本当に良く思う。グループワーキングの訓練を積んでる学生が異常に少ないぞ。この国。
全部社会に出てから実地で学べ、ってことなのだろうか。
俺は正直、ものの見えてない人間とは一緒に仕事をしたくないよ。ホント。
個人の能力が高いのはご立派。そのことに自負をお持ちになってるのも別に悪いこっちゃないでしょう。誇りは大事。
ただ、それとは「関係なく」、集団作業という面から見れば、あんた単に無能だよ。
そういう人間が一番厄介。またネットには多いんだこの手が。ハァ。
「ジィーーーーーー……」――セミ
案の定忙しい日々だった七月後半。といってもメイド本はまだ印刷製本が終わってないのでこれから。
八月はとりあえずコミケへ向けて。年に二度のお祭りであるし、全力で準備ということになるのだろう。
なんだかんだで楽しみ。