第一章:最初の一歩

 イシスはあまりの眩しさに目を覚ました。
「う〜ん、眩しい!おばばったらいきなり雨戸開けないでよ」
と言ったものの、側には誰かいる気配はなく、この明るさは尋常ではない。初めは目を開けていられないくらいだったが、徐々に光に目が慣れ、目を開けることができた。そして、見えたものはあの光の世界だった。
「え…まだ夢見てるの?」
 意識がはっきりするにつれて、光は勢いを弱め、やっと周りの様子が見えるようになった。イシスは自分の部屋にいた。雨戸で閉ざされ、光が入ってくるはずはなかった。そしてその光は頭上から発せられているようで、イシスが顔を動かすとついてくる。
「何が光っているの?」
「真眼じゃよ」
 答えながら老婆が部屋に入って来た。そしてテーブルの上にあった手鏡をイシスに手渡した。それを覗き込んだイシスは息を呑んだ。光はすでに柔らかくなっていて眩しくはなかったが、イシスの額の中央の金色の瞳から発せられていた。
 真眼−額の中央にある第三の眼で、魔法が使える者の証。真眼を持つ者は神族の末裔だといわれている。そのため魔法はほんのわずかの者しか使えなかったが、近頃では魔石を額に埋め込めば、真眼の代わりになること(偽眼という)が判明し、『魔法使い』が激増した。さらに魔力を封じた魔道書も作られるようになり、魔法は世界に氾濫していた。もちろん魔法を使用するには本人の才能が大きく影響し、例え偽眼を入れたとしても占い位しかできない者も多かった。
「何?この色…」
 イシスは老婆に視線を向けた。老婆にも同じく真眼があった。それは他の二つの眼と同じ暗い灰色だった。そしてイシスの瞳は明るい青色…。真眼だけが黄金色に光っていた。老婆は狼狽しているイシスの額に手をかざし、呪文を唱えた。するとたちまち真眼の光は消え、明るい青い瞳に戻った。そして、
「とりあえず、着替えな。話はそれからじゃ」
とイシスを残し、部屋を出て行った。
 部屋を出た老婆は、
「せっかくの誕生日に…嫌みとしか思えない。まあ、向こうにすれば待ってやっていたつもりだろうが…さてどうしたものか」
と思案顔で呟いた。老婆の名はルーグラ。大陸随一の魔術師である。相当の年輪を重ねているようだが、正確な年齢は誰も知らない。人間の倍は生きるというエルフの長老でさえ、幼い頃にはルーグラの名は知れ渡っていたと言うほどである。幼い頃に両親を亡くしたイシスの育ての親である。
「おばば!一体どういうことなの!」
正気を取り戻したイシスがダイニングに飛び込んで来た。ルーグラは興奮しているイシスを後目に朝食の支度をしている。それを見てイシスはしばらく呆気に取られていたが、不思議と気持ちは落ち着いていった。「大丈夫なんだ」という安堵感が自分に起きた異変に対する恐怖を洗い流していく。イシスは手伝い始めた。
 朝食を取りながら、ルーグラはようやく口を開いた。
「今日はお前の十七歳の誕生日じゃろ。リーベナスへ行って買い物でもしてくるといい」
「ほんと!…でもどう言う風の吹き回し?」
「十七歳はもう大人じゃ。…最後の子供扱いってことさ」
「それはいいんだけど…」
口籠りながら、ルーグラを見つめる。
「わかっておる。さっきのはお前に施されていた封印が解けたんじゃ」
「封印?」
「アグール=メイラム。名前くらいは知っているだろう?」
 アグール=メイラム。この世でもっとも強力な破邪の魔法である。遥か昔、魔王グルナーズが世界に闇をもたらした時、光の女神アーシス=メイが闇から世界を守るために生み出した魔法。その後も闇の勢力との戦いは続いたが、この魔法のおかげで世界が闇に蹂躙されることはなかったという。しかし、ここ五百年ほどは小競り合いが起こる程度で、最強の魔法は完全に伝説となっていた。
「どういうこと?」
「アグール=メイラムはランカーサの王家に代々受け継がれている」
「受け継ぐって…?」
「真眼があるじゃろ。お前は女王の娘として真眼を持って生まれた。…まあ色々手続きがあるが…今はどうでもいいだろう。で、お前は継承者として認められ、使いこなせるようになるまで封印を施されていたという訳じゃ。成長期には負担が大きすぎるからな。十七歳まではいくらこの魔法が必要でも使えないようになっている」
「じゃあ、もう使えるようになってるの?」
「残念じゃが、アグール=メイラムはお前だけでは力を発揮できない」
「え。何それ?」
「だからここ五百年ほどはランカーサの王位継承者の証でしかなかった」
「でも、そのランカーサも今はもうないわ」
「だが、いや、だからこそ必要だとも言えるがな…まあいい。今朝お前に起こったことの説明は終わりじゃ。さあ、出かけておいで。明日からは一人前の大人として働きまくってもらうからな」
にい〜っと微笑んで、ルーグラはコインの入った袋をイシスに渡した。イシスは食器を片付けながら、
(これ以上こき使う気?)
と思ったが口には出さずに、
「はいはい。じゃあ、行って来ます!」
元気よく家を飛び出した。

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