これでよかったのか…。
 ただ単に逃げたかったのではないの…?

 自分で決めた道とはいえ、その結果犠牲となったものの大きさがアマルダを押し潰そうとしていた。アマルダの背中を押してくれた部下達の消息は未だに掴めていない。自分一人が生き残ってしまった…。その思いをどうしても拭い去れずにいた。
 そして、自分を受け入れた解放軍の暖かさが余計に罪悪感を呼び起こす。その中には噂に聞いていた以上にフリージの人間がいたが、そのことに納得している自分が悲しかった。

 『全てが綺麗ごとですまないからって…努力を怠ってもいいって理由はないし、口実にしちゃいけないんだ!』

 リーフ王子の真摯な叫びが何度も脳裏に甦る。その言葉はアマルダに鋭く突き刺さっていた。綺麗ごとではないのだとずっと自分の心を偽り続けていたのだから。
 何ごとにも誠実であろうとする彼の姿勢は現実的には王として不適格なのかもしれない。しかし多くの人間の魂を揺さぶり、ついにはレンスターを取り戻すことができた。周囲の人々はそれぞれの事情を抱えつつ、彼への視線は信頼に溢れている。それは騎士として羨ましくもあり、故国にいた時の自分の姿でもあった。

「アマルダ将軍、いらっしゃいますか?」
 ノックの音の後に聞き覚えのある声。アマルダが返事をすると遠慮がちに扉が開いた。
「オルエン将軍…」
「お久しぶりです。アマルダ将軍。もっと早くお目にかかりたかったのですが…」
 士官学校の後輩で、尊敬する騎士ラインハルトの妹であるオルエンとはフリージにいる頃親しく付き合っていた。
「会えて嬉しいわ。でも…こんなところで再会するなんて皮肉ね」
「…本当に」
アマルダとオルエンは運命に半ば呆れたかのような笑みを浮かべて顔を見合わした。
 勧められた椅子に腰かけたオルエンはしばらく無言だったが、アマルダが口を開こうとした時ようやく話し始めた。
「アマルダ将軍…私、本当はまだ信じられないのです。本国とここではあまりに違い過ぎます。本当に北トラキアを治めているのはトードの末裔ブルーム様なのでしょうか?…それとも…本国でのお姿が偽りなのでしょうか?」
「………」
 アマルダは返答できなかった。北トラキアの現状を知った時同じことを感じていたからだ。そして、その答えは既に二人とも得ていたが、オルエンはなおも続けた。
「帝国の…いえ、フリージ家に仕えていることが私にとってどれだけ誇りだったか…。アルヴィス皇帝の掲げる理想を広げ、周辺国にも恩恵を与えるために…野心故にグランベルに刃を向けた聖戦士の末裔達を断罪し、民の保護に乗り出した…。ずっとそう信じてきました。それなのに民を虐げ、その上子供狩りにまで手を貸すなんて…。私、フリージ軍から離れてみてわかったのです。フリージ家もドズル家もそしてヴェルトマー家も…単に王になりたかっただけなのだと」
「オルエン…」
 オルエンの言葉の鋭さにアマルダは返す言葉を見つけることはできなかった。以前と変わらず無垢で聡い少女はそれ故に故国の所業を裏切りだと感じ、憤っているようだ。
「でも…私も…」
 それまでとは打って変わって弱々しい口調で呟くとオルエンは俯いた。
「私は士官学校を卒業して一人前になったつもりでいました。ずっとお兄様に守られていたことにも気付かずに…。お兄様は現実を見なくてすむようなところに配属してくれたのでしょう。それでも現実を見ようと思えば見えたはずなのに、私は見ようともしなかった…。そんなことはないと目を閉じ、耳を塞いできたのです」
 うなだれるその姿はアマルダの姿でもあった。いたたまれなくなって立ち上がるとアマルダはオルエンの肩を抱いた。
「それでも、あなたはちゃんと気が付いた。私よりもずっと早く…」
「………」
 顔を上げたオルエンの涙を溜めた目に映ったのはアマルダの苦悩に満ちた表情だった。
「…だからもう自分を責めないで。私達はできることをするしかないのよ」
 その言葉を吐く資格などないと思いながら、自分にも言い聞かせるようにアマルダは呟いた。それまで責められていると感じていたリーフ王子の言葉に今は励まされている。
「アマルダ将軍…」
「もう将軍ではないわ…お互いに」
「そうでしたね」
 二人に初めて心からの笑顔が浮かんだ。
「リーフ王子のおっしゃる通り、最初から諦めていては何も為すことはできないわ」
 いつしか笑みは消え、アマルダは表情を引き締めて続けた。
「帝国はトラキア半島や他の地域から撤退すべきよ。そのために私は戦うわ。たとえブルーム様やイシュタル様と戦うことになろうとも。オルエン…あなたはラインハルト卿と戦える?」
「兄に目を覚ませと言っても無駄なのでしょうね…」
 オルエンは目を伏せた。兄はイシュタルに心酔している。決して背くことはないだろう。イシュタルは次期トールハンマーの継承者としてその能力と人柄で父親をすでに凌駕していた。オルエンとアマルダも彼女に対する尊敬の念は今でも薄れることはなかった。
「ブルーム様はともかくイシュタル様が子供狩りを許されるとは思わないのだけれど…」
「ユリウス様がおられる以上は…」
 ラインハルトがイシュタルを裏切らないのと同様にイシュタルはユリウスを裏切ることはない。それは主君に対する忠誠心なのかそれを超えた感情なのか二人には想像することしかできない。いずれにしろ、彼らと戦う運命から逃れられない…それがアマルダとオルエンの選択だった。
「帝国が子供狩りやロプト教団に加担する以上、誰と戦うことになろうと後戻りはできないわ。そして、皇帝陛下…帝国の真意を知りたい。ロプト教団を認めたのは私達を生け贄にするためだったのか…」
「アマルダさん…」
「もしそうなら…」
 アマルダは口を噤んだが、その瞳は決意に満ち溢れていた。
「私達にとっても祖国を取り戻す戦い…」
そう呟いたオルエンも、アマルダと同じ思いを胸に抱いていた。
 アマルダは立ち上がり窓を大きく開いた。見渡す限り晴れ渡る空は故郷に続いている。
オルエンも彼女に続き窓から顔を出した。向い風が強く吹き付けるが、二人は身じろぐことなく遥か彼方の故郷を見つめ続けた。

 助けたいと思っていた存在に私は救われた。
 暗闇の中迷い続けていた私に道を照らしてくれた。
 だからもう悩まない。

 一度は捨てようと思ったふるさとも絶対に捨てない。
 信じていたのに…と恨むより信じていた姿に変えればいい。
 だからきっと戻ってみせる。

 遠く遠く離れていても空はつながっている…。

Fin

後書き
アマルダとオルエンの関係はこうだったらいいな…という願望です(^^;)。オルエンの家の方が格上かなと思いますが、オルエンやラインハルトとはかなり親しくてアマルダはオルエンを呼び捨てにしているということに。オルエンのアマルダの呼び方はさんざん悩みましたが、年上ですし、尊敬もしているということで「さん」付けに。本当は「お姉様」希望(おい)。こうなるとラインハルトとアマルダのカップリングもよいのでは…なんて新たな妄想が(^^;)。でも、スルーフがいましたね。ラインハルトにも考えるところがありますし。でも…大人同士でいいなあ(まだ言うか)。
フリージ家関係の話はもう少し書きたいと思ってます。結構好きなのです。それにフィン達の当面の敵でもありますし。
なお、リーフの台詞は『青色吐息』21に出ています。興味をもたれた方はそちらも是非♪

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