遠き願い

 本当にこれでいいの…?
 この問いを何度繰り返しただろう。
 答えは決して出ない…のではなくて出したくないだけなのかも知れない。
 色んなものを秤にかけて何が大事なのかわからなくなってきている。
 そして…大事だと思うもの全てを失っていくのだ…。

 これまでにも気の進まない命令は数多くあった。いや、フリージ公国を出てから喜んで受けた命令など皆無に等しかった。だが、今回の命令ほどアマルダの気を重くするものはなかった。アルスターから逃亡した市民を反逆罪で捕らえ、処刑する…。まさかこんな言葉を主君の口から聞くことになろうとは。
 アルスターはブルームが直接統治していることとフリージ領になった経緯から、他に比べればはるかに優遇されていた。したがって民も比較的従順だったのだが、アルスターでも子供狩りが行われたことでその関係は呆気無く崩れ去った。ブルームは全てをベルクローゼンの所業にしたかったようだが、見て見ぬ振りをしているだけだということは子供でもわかる。あちこちで暴動が起き始めたが、指導者となるべき人物が現れなかったこともあり、散発的な小競り合いで終わっていた。しかし、執拗な子供狩りとリーフ王子率いる解放軍によるレンスターの奪還で反フリージの気運は一気に高まったのだ。
 レンスター城の裏門を守備していたアマルダが解放軍に追われてアルスターに戻った時にはすでに反乱はほぼ鎮圧していた。鎮圧に加わらずにすんだことに安堵すると同時にそんな自分がたまらなく許せなかった。
(私だって見て見ぬ振りをしている…)
 少しでも助けたいと子供を逃がしたのはただの自己満足に過ぎないのだともう一人の自分が責め立てる。
『そんなことはありません…。わずかでも確実に救われるのです。そのことがどれほど大切か…。決して焦ってはなりません』
(スルーフ様…)
いつしか心の支えとなった人物の言葉。アマルダは決意を新たにした。
「どんなことをしてでもブルーム様にお目通り願わねば…」
 その願いは叶うことはなかった。面会を願い出たアマルダに対する返答は脱出した市民の捕獲と処刑という非情な命令だった。
「暴動の鎮圧の暁にはお会いになるとの陛下の仰せだ」
「それでは遅いのです!どうか陛下にお目通りを!」
「レンスター城を奪われた上に暴動が重なり、陛下のご心労はいかばかりか…。今、お心を煩わせることは慎まれよ。将軍の働き如何では陛下のお心も晴れよう。早々に暴動を鎮圧し、レンスターを奪回するのだ!」
「くっ…」

 追い立てられるようにアマルダは第十軍団を引き連れ、アルスターから出陣した。同時に出陣したのはコノモール伯爵率いるアルスター軍だった。アルスター市民をアルスター軍が追撃するとは。
「何ということ…」
 コノモール伯爵の苦悩を思うとアマルダの胸は痛んだ。しかし、この期に及んでもなおブルームの命令に従っている彼には怒りも覚えた。
(でも…私も同じだわ)
「将軍、レンスター軍です!」
 まもなく市民に追いつこうというところでレンスター軍と遭遇した。安堵と怒りが再びアマルダを襲う。
「レンスター軍をこれ以上アルスターに近付けてはなりません。直ちに迎撃を!」
自分への苛立ちを振り払うように意識を戦場に集中させた。
 できることならばレンスター軍と戦っているうちに市民の全てを逃がしてしまいたかった。しかし、レンスター城を奪回したばかりのレンスター軍の兵力はわずかで、第十軍団とアルスター軍の前では敵ではく、壊滅状態に追い込むのにさして時間はかからなかった。それでも、撤退するレンスター軍は危険を顧みず市民の保護を最優先していた。そんな彼らを見るにつけ、アマルダの心はますます沈む。
(…私は一体何をしているの?)
 取り残された市民の一団を取り囲んだものの、部下達は手が出せずにいた。それはアルスター軍も同じようで、市民を挟んで睨み合いの形となる。ともに市民は殺したくないという気持ちは一致しているが、それを互いに知ることはなかった。あるのは不信感のみ。下手に動けば裏切りだと攻撃されかねない。
(本当にどうすればいいの…?教えて下さい…スルーフ様…)

 時間ばかりが過ぎていき、苛立ちが頂点に達しようとした時、アマルダの目の前に淡い光が現れた。その光は瞬く間に強さを増し、眩しさに思わず目を閉じた。
「アマルダ様!」
「えっ…」
 ずっと待ち望んでいた声。それゆえに現実だとは思えず、反応が遅れる。部下達が光が消えた後に現れた人影に刃を向けようとしているのに気付き、慌てて制する。
「待って!」
「アマルダ様、どうか剣を引いて下さい」
「スルーフ様…どうして…?」
「あなたをお迎えに参りました」
 予想外の言葉にアマルダは司祭を見つめ、呆然とするばかりだった。
「え?」
「このような戦いはあなたの本意ではないはず。これ以上フリージ軍に身を置いても事態は変わらないのではないですか?それにこのままではあなたまでが…」
「私のことなどどうでもよいのです…。ただ…もうわからなくなってきました。私は何をすべきなのか…」
 今にも泣き出しそうなアマルダの表情にスルーフは瞳を曇らせた。
「アマルダ様…。そんなあなただからこそ解放軍はあなたを必要としているのです」
「私に国を裏切れとおっしゃるのですか?…それはできません。それができれば…」
「アマルダ様、よくお考え下さい。国とは何なのでしょう?国を守るということは王や貴族を守ることなのですか?」
「それは…」
「間違っていれば正す…それも騎士の務めなのではないのでしょうか。確かに裏切り者の烙印を押されることになるかもしれません。でも、あなたはそれを恐れるような方ではないはずです」
「…おっしゃる通りです。しかし、そうすれば私の部下達が…」
「それは彼らが決めることでしょう。あなたはご自分の心に素直になるべきです」
「そうです!」
 それまで固唾を飲んで推移を見守っていた部下の一人が声を上げたのを皮切りに部下達は口々にアマルダに訴えかけた。
「将軍が苦悩されていることは存じておりました。我々も疑問を感じながら国のため、家族のためと考えないように…」
「アマルダ様、我々のことは気になさらずご自分の道をお進み下さい」
「みんな…」
 自分を思う部下の言葉に目頭を熱くしながら、アマルダは心を定めた。
「スルーフ様、私は子供達を救い出したい…どうかお連れ下さいませ」
「アマルダ様…」
スルーフはほっとした表情で頷いた。周囲の緊張感が一瞬和らぐ。
「ここは我らで食い止めますから将軍と司祭は市民を連れて一刻も早くこの場を離れて下さい」
 副官がそう言うと、部下達は一斉に戦闘体勢に入った。その言葉の持つ意味を理解したアマルダは言葉を失った。
「でも…」
「将軍がご決心なされたように、我々も決めたのです。死ぬことになるにしても、市民を守るためならば本望です。それに…祖国に帰ることは国を出た時点でできなくなった…そんな気がします」
「………」
 アマルダを励ますように微笑さえ浮かべながら話す部下。何かを言うと彼らの思いを無にするような気がして、アマルダは無言で背を向けた。
「…スルーフ様、直ちに市民達とともに脱出しましょう。それから…」
軽く顔を拭うと、再び部下に向き合った。
「あなたたちも無理はしないで…」
 アマルダが口にできなかった言葉とともに、第十軍団は市民の前に飛び出し、アルスター軍に対峙した。アマルダは振り向くことなく市民を先導し、前線に残っていたレンスター軍と合流した。

「再びフリージでお会いできることを!」

後編に続く

まだ終わっていないので言い訳(^^;)
本当は青色吐息の本編の中に組み込むつもりでしたが、フィンが出てこないので(おい)、別の作品にしてしまいました。最初はもっと短かったのに、膨らんでいく妄想…。アマルダって結構好きかも知れないです。これを書いておこうと思ったのは、アルスター軍が同盟軍になるのは不思議ではなかったのですが、第10軍団まで全部同盟軍になるのは変だと思ったからです(ゲーム上仕方のないことですが)。アルスターに逃げ帰る者、アルスター軍とともに攻撃してくる者もいてもおかしくないのに。もちろん全員アマルダに心酔してるってことなんでしょうけど…(身も蓋もないって)。

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