きょうだい

「おとうとなんていらない!! わたしだけのおかあさまとおとうさまなのよ!」
 とても怒っていたから、嫌いなんだと思っていた。
 だけど出されたおやつを半分残して、不器用な手つきで包む。アップルパイは大好物のはずなのに。
「これリーフのぶんよ」
 それは嬉しそうに笑う。まだ食べられないって言われているのに、
「いいの!」
の一点張りで持って帰ってしまった。

 とても不思議な感じがして、僕はつい言ってしまった。
「ははうえ、ぼくもきょうだいほしい」
って。
 だけどその瞬間、僕は本当に後悔した。母上が泣いたような気がしたから。でも、母上は泣いてはいなくて、おひさまのようににっこり笑って僕を手招きした。
 僕が母上のそばに行くと膝の上に座らせてくれた。そして僕の顔を覗き込む。
「アレス、もう弟も妹も生まれてはこないの。でもね……大丈夫。叔母上様と叔父上様に赤ちゃんが産まれたらその子を兄弟だと思って仲良くしてね……ねえ?」
 母上が顔を上げたから一緒にそっちを見ると、叔父上が困った顔で立っていた。
「きっと再会できると信じていますわ」
「……はい」
 叔父上は一瞬泣きそうな顔をしたけど、すぐにいつものように笑ってくれた。髪の色だから変わる訳ないのに、ぱあっと晴れたような気がした。
「おじうえ!! ぼく、おとうとがいい!」
 僕が叔父上に飛びつきながらそう言うと、叔父上と母上は顔を見合わせて首を傾げた。
「あら、どうして?」
「だってアルテナはすぐたたくもん。だからおんなのこはいやだ」
「……ふふっ」
 母上も叔父上も笑っている。何だか悔しくて黙っていると、母上は近付いてきて膝をついた。
「男の子でも女の子でもあなたにとっては大切な従弟……兄弟よ。いつか……会える日を楽しみにしていましょう」

* * * * *

『……さま、アレス様……』

「う……、うわっ!」
 突然目の前に現れた顔に驚いて飛び起きる。いつの間にか寝入っていたらしい。
「……何だお前か。何の用だ?」
 覗き込んでいたのは、従弟だと名乗った男だった。一目見て居心地の悪さを感じた人懐っこい笑顔が今は余計に癇に障る。気まずさもあって目を合わさずに用件を尋ねた。
「あ……すみません。そろそろ軍議の時間なので……」
「そうか、今行く」
 言葉を遮るように立ち上がると、そいつは一歩近付いてきた。
「……アレス様、ありがとうございます」
 構わず行こうとしたが、イメージにそぐわない硬質な口調につい立ち止まる。
「何のことだ?」
「セリス様に合流して下さって、心より感謝しています」
「……ふん。借りもあるし、とりあえず……だ」
「それでもお力を貸していただくことに変わりはありません。ブルームを倒すにはアレス様のお力がどうしても必要なのです」
「お前に言われるまでもない」
「……レンスターには家族がいます。どうか……」
 震える声で絞り出した言葉は何かを引き出そうとする。
「レンスター……」
「アレス様……?」
「……間に合うかどうかもわからんがな」
 わざと意地の悪い言葉を投げ付けると、奴はきっぱりと言い切った。
「僕は信じています」
 その目の光は強いのに穏やかで、見覚えのあるものだった。だからか、思わず口が滑ってしまった。
「俺もレンスターにいたことがあるからな。できるだけのことはする」
「……はい! ありがとうございます!!」
 ぱっと明るくなった奴の表情は、晴れ渡った空を思わせた。その瞬間、ぼんやりとしか見えなかった夢の中の叔父が脳裏に鮮明に浮かんだ。
「本当に……いたんだな……」
「はい?」
「……。それよりもう始まるんだろう? 行くぞ」

 あれは夢ではないのだという言い様のない喜びを噛み締めながら廊下を歩く。それと同時に自分には無縁だと思っていた温かい風景に戸惑いも覚える。何故、忘れてしまっていたのだろう……?
「……」
 思わず息を呑んだ。
(あれは……誰だ?)
 夢の中で母と呼んだ女は朧げで、顔すら思い出せない。だが、違うことだけはわかる……。
「アレス様、どうしたんですか?」
 いつの間にか立ち止まってしまっていた俺は、従弟の声で我に返った。
「……いや、何でもない」
 混乱を振り払うように早足で歩く。従弟を追い越すと、奴は歩調を合わせてついてきた。さっきまでの悲愴な表情は消えていて、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべていたが、もう嫌悪感はなかった。
 ただ、どこかくすぐったい感じはする。それは不快ではなくて……。

Fin

後書き
ゲームではアレスとデルムッドの会話が全くなく、ナンナに会うまでどうしてたのかわかりませんが(笑)、普通は接触してるだろうなと思ってこの話を書きました。一番しっくりしたのでアレス視点で書いたのですが、そうなると色々削らざるを得ず、わかりにくい話になってしまったような……。ここでは私の願望のアレスとアルテナとは幼なじみという設定にしています。アルテナにはもっとやんちゃぶりを発揮してもらいたかったかな(笑)

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