フィリア語る――

「おい、次お前で最後だぜ」
 小柄な少年に肩を叩かれ、私は立ち上がり部屋の中を一瞥した。同じ年代の人間が十人ちょっといる。私もそうだったが、旅の疲れと山崩れのショックが未だに尾を引いているのか会話もなく、ただ訳もわからず次の指示を待っているという状態だ。
(……探すまでもなかったわね)
 ドアの前に立っている男を軽く観察して奥の部屋に入った。
 部屋に入るとさっきの男が書類と格闘していた。軽く顔を上げるとすぐに書類に目を落とす。
「お前か……。あのなあ、ここがどこだかわかってるのか?」
「……?」
 質問の意図が読めず首を傾げると、男はため息を吐くと今度は私を睨みつけた。
「ここには法律なんてもんはねえんだ。右も左もわからねえ奴がうろちょろしてたら格好の餌食だぞ」
「あ……」
「最近はあいつが目を光らせているから、町の中では酔っ払い同士の喧嘩くらいしか起きねえがな。だが、まだ手続きが終わってない以上、お前はまだこの町には存在しない。……わかるな?」
 頷くとそれで満足したのか、男は机の前にあった椅子を指差して言った。
「まあいい。今日は説教してやる時間はねえんだ。さっさと座りな」
 勧められた椅子に腰かけると、フードを取る間もなくいきなり質問攻めだ。
「性別は? 見りゃわかるが念のためだ」
「……女」
「名前は?」
「フィリア」
「国は?」
「レノス教皇領」
「レノスか……懐かしいねえ。商売で何度も行ったことがあるからな」
 言葉とは裏腹に全然感情がこもってない。おまけにあの町並みを思い出したのか顔もしかめだした。あの町が好きなのはお偉い方々かよほどの物好きくらいだろうから何とも思わないけれど。
「おっと、おまえの故郷なのに悪かったな」
 ここに来る途中散々故郷の悪評を聞いた身には大した悪口ではない。私は首を振ると、男はほっとしたのか少しだけ態度を軟化させた。口はうるさいが人は好さそうだ。
「身分は? ……これも決まりでな」
「聖職者」
「……目的は?」
「遺跡の研究のため」
「……嘘臭えな……」
 一気に警戒されてしまった。回答に偽りはないのに……。まあ、普通は嘘だと思うだろう。こんなところに研究目的に来る聖職者など皆無だったはずだ。それも教皇庁の人間が。全部嘘で固めてもよかったけど、いちいち辻褄合わせるのも面倒だし、それに……食らいついてくれると手間も省ける。
 書類に小難しいレノス教会文字でサインさせられ、それで面接は終わったようだ。先程の部屋に戻ると、まだ全員残っていた。大きめの声で話した甲斐があったか、彼に鋭い視線を浴びせかけられたが、素知らぬふりを決め込んで若い修道士の横に立つ。
「こ、こんにちは〜」
「よろしくね」
(さっきの人、この子で間違ったのかも……。それにしても……)
 見るからにお人好しなのは司祭としては強みだが、中身も同じようだ。レノスでは絶滅寸前の人種がこんなところに何しに来たんだか。……私も他人のことをとやかく言える立場ではないが。

 しばらく待っているとさっき面談した男が入ってきて、部屋にいた人間が一斉に注目する。そろそろ解放されるんだろう。……とほっとしていたら、別の男が外からやってきた。面接した男も年齢にしてはがっしりしていたが、この男はまさに屈強そのものだ。もちろん遙かに若いが。しかし、この二人によってここが無法地帯だと改めて実感する。とはいえ、もともと狢の巣窟にいたのだから大して変わりはないだろうけど。
 面接した男はオイゲンと名乗り、この町のことを説明し出した。年寄りの話は長いのが相場だからぞっとはしたが、聞かないわけにはいかない。何しろここはある意味別世界なのだ。とは言っても、ほとんどランツで聞いたことだった。もう聞くことはないと意識をあの男に向けようとした時、飄々とした男が入ってきた。
 先生と呼ばれたその男はクムランといった。『若き賢者』…レノスにもその名は届いていた。論文も幾つか読んだことがある。神学的立場では相容れないのだろうが、私にはそんなことはどうでもいい。彼の説には非常に興味がある。クムランも話をしたが、財宝目当ての人間向けの説明だったので、私には物足りなかった。時間を有意義に使うためにも彼とは一度話しをしてみなくては。
 最後の屈強な男の話は簡単にすんだ。彼――バルデス――は口下手というより行動で示すタイプなのだろう。私の周りには彼のような人間はほとんどいなかった。『安心』……彼を見ていると何故かそう思う。面接の時にオイゲンが口にした『あいつ』とは彼のことなのだろう。
「お前、武器は?」
 あてがわれた宿舎へ向かおうとした私は、彼に呼び止められた。教皇庁から支給された魔法具を放棄した上、武器を入手し損ねた私は丸腰だった。
「これなら使えるか?」
 私の様子を見たバルデスに促され、オイゲンが奥の部屋から鉄の槍を持ってきた。聖職者が持つことを許されている武器である。そもそも聖職者が戦うこと自体おかしな話であるが、教会は都合の悪い話は無視するか都合よく聖書を解釈する。『神の教えを守るため』なら戦うことも辞さないのだそうだ。
「研究者なら魔法具の方が良かったか……?」
 槍を差し出しながらもオイゲンは不審な眼差しを向けてきた。私は否定する代わりに槍に手を伸ばした。忘れていた感触が甦る。軽く振り回すと心地よい風が起きる。……やはりこれしかないか。
 三人の男達は意外だったのか顔を見合わせた。余計に警戒させたかもしれない。でも、今はただで武器を手に入れられた方が重要だ。
「ありがとう」
 意識してにっこり笑って礼を言うと、男達はこちらに向き直る。慣れないことをした成果があったのか、空気が少し和らいだようだ。
「礼には及ばんさ。持ち主を失った武器だ……飾っていても意味がないしな」
 バルデスは笑みを浮かべてそう言うと、オイゲンとクムランを伴って出ていった。

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