1章 「試金石」

オイゲン語る――

 ゼメンの日は時間との勝負だっていうのに、一昨日送りつけられた追加発注のおかげで徹夜だ。今日は絶対に早仕舞いしてやる。それにしても、何だってこんなもんが最優先なんだか、お偉いさん方の考えることは分からねえ。
 とりあえず久しぶりにいつもよりはまともなもんが食える。これだけが楽しみなのも馬鹿らしいがな。
「そろそろだな……」
 酒場にいる酔っ払い以外の人数を数える。今回町を出るのは二十三人。入ってくるのは九十人ほどと聞いてるが、こっちに着くまでに大抵減っているからあまり当てにはならない。どっちにしろこの町も寂れたもんだ。
 酒場を出て、城門に向かうとちょうど扉が開き始めたところだった。四つの扉のうち、最も外側と内側の二つは仕組みは全く分からねえが、鍵がない。ここに来て何度も見てるが半年に一度決まった時間にひとりでに開くのは不思議でならねえ。まあ、ここは訳のわからん仕掛けだらけだから、そのうち当たり前になってくる。それでも、この扉が開かなくなったら……と思わずにはいられない。全部鍵なしなら諦めもつくんだが、中側の二つの扉には鍵が要る。結局、これが一番質が悪い。
 扉が開ききらないうちに、先頭の役人を押しのけるように馬車が入ってくる。金の為なら危ない橋も平気で渡る連中だが、さすがに棺桶に閉じ込められるのは怖いらしい。
 まあ、そんなことはどうでもいい。まずは役人どもに臍を曲げられないように挨拶するのが先だ。アスロイトとバイレステの二大国の総督府の役人とはいえ、高級官僚ではないこいつらにとってもこの仕事は貧乏くじを引いたようなもんだ。鍵を盾に威張りたくなるのもわからんでもない。二大国にとってここが金のなる木である以上、実際には城門を開かない訳などないだろうが、駄々をこねられて時間切れ……なんてことだけはご免だ。
 いつもなら袖の下を握らせても嫌みの一つも聞かされるところだが、今回はやけにあっさりと引き下がる。嫌な予感を覚える前に現実を突き付けられた。
「……これだけか?」
 財宝目当てに押し寄せてくるはずの馬車が十台そこそこ。半分どころの騒ぎじゃねえ。
「すまねえ。途中で崖が崩れた。あそこからだと迂回しても間に合わんだろうな……」
「ちっ……」
 よくある事故だが、ここまで少ないのは初めてだ。馴染みの隊商も同情的な表情を浮かべている。早速算段にかかりたいところだが、今は荷受けが先決だ。
 町を出る連中にも手伝わせて馬車から荷物を降ろす。こいつらを乗せると今回出せるのは予定の三分の一ほどか。準備が無駄になったのは腹立たしいが、追加発注のおかげでとりあえず利益は出そうだ。
「こっちを先に載せてくれ」
「これは……」
 出荷用の荷を見た馴染みの隊商の目の色が変わった。交易商人といえども、外の人間がこれだけの数の魔法具を目にすることは近年では滅多にないはずだ。非力な冒険者にとっては貴重な武器になるから、総督府の目がなくなってからはあまり外には出さないようにしていたが、住民の激減で供給過多だ。相手が気に食わんが、割のいい商売だし、この際だ。
「両国の総督連名でのお達しだ。こっちを最優先で出荷しろだとよ」
「へえ……今のご時世で何に使うんだか」
「全くだ」
「よくこれだけ隠してたな、オイゲン」
 にやりとこっちを見る。やはり突っ込んでくるか。まあ、長い付き合いだ。それ以上詮索しないのはわかっている。上手くやってくれるだろうが、念のために対総督府用の回答を渡しておく。
「持ち主がそれだけいなくなっちまったってことさ」
「ああ、あの事故か……」
 奴は視線を遺跡の入り口の方に向けた。こっちも感慨に耽りたいところだが、時間がないし、それに……。
「やっと落ち着いたとでも言っておいてくれ」
「……わかった。まあ、これだけあれば他の商館も文句は言うまい」
 俺の意向を汲んだのか、奴は少し離れて部下たちに指示を出す。馬車の荷物はすでに入れ替えられ、町を出る連中が乗り込み始めていた。
「おやじさん、世話になったな」
「お前達も達者でな」
 声をかけてきた数人と言葉を交わすと、
「おい、そろそろ時間だぞ」
と役人どもがいつものように気忙しく追い立ててきた。
 いつもより積みおろしはゆっくりだったが、それでも早くすんだ。だから意趣返しといきたいところだが、鍵をかける前に自動扉が閉まると一番悲惨なのがこいつらだ。報復されても面倒だし、無難にすませておくか。
「積み残しはないか?」
 苦笑を浮かべた俺に、馴染みの隊商が声をかけてきた。辺りを見回し頷くと、右手を差し出す。
「じゃあ、次のゼウェアクの日にな」
「ああ」
 奴は手を握り返し、先頭の馬車に飛び乗った。それと同時に馬車がゆっくりと動き出した。いつもなら何十台と連なる馬車がもう門の向こうに消えた。
 今回は時間があるから城門の向こうの森の木々をもう少し見ていたいと思ったが……やはりそんな余裕は役人どもにはないらしい。さっさと中側の扉が閉じられた。
「まったく……余裕のない連中だ」
 吐き捨てるように呟くと、手伝いにきていた奴らからも溜め息が漏れてきた。
「さあ、こいつらを店に運んでおいてくれ。俺は新入りの面倒があるからな。晩飯は奢るからとっとと頼む」
 気分を切り替えるためにも、追い立てるように奴らを町の中に戻す。予想外の食糧の少なさと積み残した荷物を見ると、現実に引き戻されるというかそれ以上に引っ張られそうになるが、一応備蓄はしてあるし、まだ残ってる仕事は山ほどある。

 荷物が粗方片付き、総督府へ足を向けた時だった。背後で扉がずるずると地響きを立てて動き始めた。
「ん……」
 見慣れない奴がじっと城門を見つめている。
「新入りがまたちょこまかしやがって……」
 怒鳴りつけようと思ったが、フードからのぞく瞳が真剣で何故か声が出せなかった。
 ぴーん……。
 扉が完全に閉まったことを示すこの音が俺と奴を我に返らせた。
「おい……」
「あ……ごめんなさい」
 奴は俺の言葉を待たずに総督府へ走って行った。本当なら取っ捕まえて説教の一つでもしてやるところだが、奴の声の幼さとさっきの視線の鋭さの落差に驚いて呆然と見送ってしまった。

 それが奴との出会いだった。

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