陰の行路

序章

フィリア語る――

「おい、本当に要らないのか?」
 差し出された錫杖には目もくれず私は首を振った。これでどうやって戦えっていうんだろう。確かに目の前にいるのは私の護衛だけど……。
「手っ取り早く用事を済ませるには私も武器を持った方がいいと思うわ」
「だが……」
 明らかに馬鹿にした目で私を見る。私も一応訓練は積んでいるんだけど、今それを披露して、警戒されたら元も子もない。とりあえず別の方向から攻める。
「教皇庁公認の魔法具っていくらになるのかしら……」
「…………」
 やはり効果はあった。護衛は無言で皮算用を始めたようだ。魔法具は教皇庁がほぼ押さえている。攻撃魔法は門外不出だが、治癒魔法は神の奇跡を演出するために地方の教会でも使用されている。聖職者しか使えないという暗示が効いているのか奪おうとする者はほとんどいない。もちろん奪ったところで末路は見えているけれど。しかし、あの教皇庁にいくら金を積んでも入手できない代物だから、出すところに出せば治癒魔法用の魔法具とはいえ見返りは想像できない。
「じゃあ、俺が好きにして構わないんだな」
「ええ。代わりの武器と交換してくれればね」
 所詮は金で雇われた傭兵……一生かけてもお目にかかれない金貨の山が目の前にぶら下がっていて飛びつかないはずがない。
「でも、ランツでは足が付くからやめた方がいいと思うけど」
「……わかっている。これから武器屋に行ってくるが、何がいい?」
「そうね……やっぱり槍にしておくわ。一応聖職者だし」
 護衛は口元を軽く歪めた。まだ呆れているみたいだが、とりあえずなめてかかるのはやめたようだ。修道院の箱入り娘だと思われて色々期待されてもこちらが困る。
「ふん……そろそろあんたは集合時間だな。後は向こうで合流後ということでいいな?」
「ええ。じゃあ、向こうで」
 互いに背を向けて歩き出す。気分が高揚しているのは魔法具を手放したことによる開放感からか、それとも自分の焦りがすり替わっただけなのか……。

* * * * *

 結局、護衛と再会することはなかった。

 私の乗った馬車が通り過ぎた直後、崖が崩れて後続の隊列を飲み込んだ。冒険志望者は年齢順に振り分けられ、若い者からランツを出発した。護衛とは歳が離れていたから、崖崩れには巻き込まれなかったかもしれないが、目的地が本来隔離されている場所のため迂回しても相当時間を食うだろう。棺桶の蓋が開くのはわずかな時間らしく、到底間に合わない。
(やっぱり自分で手に入れておくべきだった……)
 魔法具から離れることに気を取られていた自分の詰めの甘さを悔やんでも仕方がない。戦う手段がなければ棺桶に足を突っ込む意味がないのだから。
(手持ちから出すしかないけど……物価高そう……)
 気を取り直して、抱えていた膝から馬車内の様子を窺う。幌の中は荷物だらけでその隙間に三人が埋まっている感じだ。荷のほとんどが食糧のようで、帰りには遺跡から出た財宝に代わるのだろう。それを思うと食糧の大半が入って来ないということになったりして……。
 それはさておき、この馬車の中の未成年者はもう一人。ずっと同じように膝を抱えているポニーテールの女の子だ。崖崩れの時は頭を上げていたようだが、私も呆然と流れる土砂を見ていたので顔は見ていない。何が事情があるようだけど、会話しなくてすんで楽だった。多かれ少なかれ誰しも事情を抱えているものだし、気にしても仕方ない。何より私にはそんな余裕などない。

 突然馬車ががくんと揺れ、速度が大幅に落ちた。また崖崩れかと外を見ると、右側一面には高い壁がそびえ、そこだけ切り取ったかのように異質である。カルス・バスティード……棺桶の蓋を閉じられ重しを乗せられても、必ずこじ開け這い出してみせる。

 真実を見つけに来たのだから……。

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