ディアス語る――

 総督府での面談時、ドアの向こうから聞こえてきた忌まわしき土地の名。そして最も軽蔑すべき職業。それを口にした女が今、目の前に立っている。
「『友達』ねえ……。欲しくてできるもんなら苦労しないんじゃない? ま、私も友達を作りに来た訳ではないし、どうでもいいわ。それよりも……あなたすごく自信あるみたいだけど、本当に戦力になるんでしょうね?」
 揶揄するような表情で俺の顔を覗き込んでくる。やはり関わらない方がいいようだ。口だけは達者なところはさすがレノスの聖職者といおうか。それにしても何故今、俺に接触する……?
「…………」
「ま、それはそっちも同じことだけどね。で、お試しってことで早速遺跡に行ってみない?」
 拒絶しようと本を閉じ、奴を睨みつけた。だが、奴はどこ吹く風で、隣の家に行くような調子で遺跡への同行を持ちかけてきた。
「何故俺を誘う……? 他に断られたのか?」
「別に……。確かにもう一人くらいいた方がよさそうだし、他も当たってみるつもりだけど」
「それなら……」
「だ・か・ら、私も戦力が欲しいの。誘う順番に意味が欲しいのなら……新入り同士で戦ってみる訳にもいかないし、くじでも引いたと思ってくれる? それに、あなたが使えないと思ったらもう誘わないから」
「……わかった」
 鎌をかけるどころか、捲し立てられた挙げ句につい頷いてしまった。それにしても全く意図が読めない。しかし、どちら側の人間だとしても俺にとっては敵であることには変わりない。遺跡内で仕掛けてくるのならそれもいい。いずれにしろ……あの一番簡単で最も下らない命令を無視する口実にはなるだろう。

* * * * *

「ふふっ……あははは……」
 最後の部屋を出るや否や、奴は腹を抱えて笑い出した。部屋の中にも聞こえただろうに、そんなことには構わず廊下の壁を叩きながら歩き出す。
 俺の視線に気付いたのか、振り返った奴は手をひらひらと振りながら弁明を口にした。
「あ、別にあなたの主義と矛盾するって指摘するつもりはないから。ただ……面白かっただけよ。だから……干渉……なんてしてないわよ……ふ……ふふふっ」
 喋っているうちに再び笑いが込み上げ、ついには爆笑である。やはり関わるべきではなかったと痛感した。

「これが僕の使命だと思っているよ」
「騎士道精神のつもりか?」
 同行する条件として互いに干渉しないことを求めたのに、懐古趣味の貴族のあまりの馬鹿さ加減に口を挟んだのは迂闊だった。家柄の良さと個人の品格が一致しない例などいくらでも見てきたし、むしろあの貴族などずっとましな部類に入るだろう。それなのに言わずにいられなかったのは何故なのか、自分でもわからなかった。
 貴族に向けられた剣の鋭い光よりも、ずっと震えていた奴の肩が己の過ちを悟らせた。表情を見るまでもない。失敗したと思ってももう引き返せなかった。貴族が剣を収めているというのになおも言い募る。
「まだ虚構の世界に夢を見ているのか?」
 その言葉に再び貴族は剣の柄を握ろうとしたが、それを制するかのように奴が俺と貴族の間に立った。
「五十年前はここだって『虚構』の世界だったじゃない。魔法も魔物もおとぎ話か神話の世界のものだって思われてたんでしょ。今だって……魔法はともかく、魔物なんて本当にいるのかまだ実感湧かないし」
 それまで全く口を挟まなかった奴が捲し立てるのを貴族は唖然とした表情で見つめていた。
「で、早くご対面したいから、議論は後にしてくれない? 時間はたっぷりあるでしょ。死なない限り半年はここから出られないんだし」
 強引に話を打ち切ると、奴は貴族に背中を向けて部屋を出ようとした。何かを思い出したか振り向くと、きょとんとしている貴族に話しかけた。
「少なくとも……あなたがその気持ちを貫けば『虚構』ではなくなるわね。でも、騎士道物語の読みすぎには気をつけて。じゃあ、またね」
 奴に続こうと踵を返した瞬間、貴族は俺に挑発の言葉をぶつけてきた。
「僕は……君には負けない!!」
 貴族は奴の言葉の意味には気付かなかったのだろう。ここまでくると相手にするのも馬鹿らしいのだが、つい口が滑ってしまう。
「すぐに白黒をつけたがるのも、温室育ちの悪い癖だ。どうしてそこまで単純でいられるのだ?」
 言い捨てて部屋から出ると、奴の爆笑が待っていた……。

 館の扉の前まで来るとようやく落ち着いたのか、奴は立ち止まった。
「建前で綺麗ごとを吐く連中よりはいいんじゃない? ……まあ、現実を見てどう転ぶかによるけどね。悲劇になるか喜劇になるか、はたまた英雄譚になるか……」
 俺に言い聞かせるつもりだったのだろうが、奴が最も辛辣な発言をしているような気がする。しかし、内容には同意ではある。
「それで、どうするのだ?」
 話を元に戻すと、奴はすぐに切り替えたのか通路や階段を数回見渡し、軽く溜め息を吐くと意外な提案をしてきた。
「このまま行ってみない?」
「二人でか?」
「へえ……不安なの?」
 再びからかうような視線を向けてきたのではね返す。
「馬鹿な」
「ならいいじゃない。特に誘いたいって人もいなかったし、何よりももう一度誘いにいくのが面倒だし」
「ならば、最初から……」
「あら、話してみないとわからないんだし、無駄ではないわ。それにお互いに使えなかった時のために……ね」

 奴はにやりと笑みを浮かべると館の扉に手を伸ばした。と同時に扉は大きく開かれ、中年の男が入ってきた。
「おう、いいかい? 丁度よかった」

つづく

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