2.くる年

 さりげなく、さりげなく……と念じながら、あいつに電話して初詣に誘う。あっさりとOKされ、こっちの葛藤がバカみたいだ。それでもいそいそと支度して、迎えに行く。
「ねえちゃん、よかったな。一人だと可哀想だから俺が連れて行ってやろうかと思ってたけど安心、安心。これで彼女たちを誘えるよ。葉月もねえちゃんのお守り、大変だろうけど、よろしくな!」
「ああ……」
「尽!!」
「あ〜、怖っ」
 見送りにきたあいつの弟と掛け合いをしながら家を出た。あいつは弟が生意気だと詫びた後、本当に嬉しそうに、
「葉月くん、誘ってくれてありがとう!」
と笑顔を向ける。そこで気の利いたことが言えればいいのに、
「別に……」
としか言えない。たいていの奴はそれで終わり。なのに……。
「本当に嬉しいよ。……でもお仕事大変なんだよね。大丈夫?」
 どうしてこんな俺を気遣ってくれるんだろう。
「気晴らしになるといいけど……。疲れたらすぐに言ってね」
「ああ……」
 どうしてあの時と同じ目をしていられるんだろう……。

* * * * *

「すごい人だね……」
 ちょうど混む時間帯に到着したため、参道は人で溢れ返っていた。内心うんざりしたが、これだけいるとかえって他には関心が向かないようで、俺のことに気付く奴はいなかった。それにいい口実になる。
 あいつは俺が差し出した手にすぐに自分の手を滑り込ませると、きょろきょろと周囲を見回している。
「結構みんな晴れ着着てるなあ……。お小遣い節約しとけばよかったよ」
「高いんだろ、着物って」
「ジェスでバーゲンしてたの。もう少しで手が届きそうだったんだ」
 その時のことを思い出したのか、あいつは唇を尖らせた。
「ふーん……」
「でも、服とか買いたいし、やっぱりバイトかな……」
「バイトか……」
 ふと撮影所の隣の喫茶店に求人の張り紙が張ってあったことを思い出す。それを口に出すか悩んでいるうちにあいつは結論を出した。
「あとひといきでトップテンに入りそうだから、もう少し勉強頑張ってからかな」
「期末……頑張ってたな」
「うん。葉月くんにも教えてもらったし。でもね、家のみんなはびっくりしてた。わたしがそんな成績のはずないって。ほんと失礼だよね」
「……」
「あ……ごめんね。わたし……はしゃいじゃって」
 どんどん広がっていく話に相槌を忘れて聞くばかりになってしまっていると、あいつは表情を曇らせた。きっと誤解している。俺はあいつの家族の話を聞くのは楽しいのに。
「いや……話があちこちに飛んで面白い」
「そんなに飛んでるかな?」
「最初は着物の話だっただろ?」
「あ、そうそう。来年は着るからね、絶対」
 ガッツポーズをとるあいつにほっとしながら、
「着物でそのポーズはやめた方がいいぞ」
と言うと、あいつはぱっと顔を赤らめてそれから膨れっ面になった。
「わ、わかってるもん。来年はおしとやかなところも見せるから楽しみにしててね」
「ああ……楽しみにしてる」
「あ、葉月くん。順番が来たよ。お賽銭お賽銭……」
 頭を垂れて真剣に祈っているあいつの横顔を見つめながら、賽銭を投げる。
 何を願えばいいだろう。用意していた願い事はあいつが叶えてくれた。
『来年も一緒に……』

* * * * *

 その後はおみくじを引いて、露店でいろいろ買って食べて、何度か手を離したけど自分でも気付かないうちにいつの間にかあいつと手を繋いでいた。これでいいんだろうかと思う反面、あいつが意識すると手放すことになる。ついつい意識が手にいくのを制し、ひたすら平静を装って参道を下る。
 歩いているうちにこの心地よい感覚が前にもあったような気がして記憶をたどる。
 ……祖父さんだ。あいつと祖父さんを同列に扱うのは変な気がするが、手から伝わる暖かさは同じだ。俺を寂しさから救ってくれる。
「葉月くん……?」
 知らぬ間に立ち止まり、あいつが俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「疲れちゃった? ごめんね、引っ張り回しちゃって……」
「いや……ちょっと考え事してた。あ……悪い……」
 あいつの手を強く握りしめていたことに気付き、手を離す。
「ううん。そんなことより葉月くん悲しそうな顔してたよ。……おせっかいだったらごめんね」
 どうしてわかるんだ? 誰も気付かないのに。俺自身ですら気付かないことを……。
「明日、外で春夏物の撮影……」
 わざとらしいと思いつつげんなりした顔を向けると、あいつは目を丸くした。
「えーっ、こんなに寒いのに? って……お正月休みは?」
「今日だけ」
「本当に大変なんだね。葉月くん疲れてるのに一人ではしゃいじゃって……」
 心底申し訳なさそうに俯くあいつにちゃんと言いたいのに言えなくて、あいつの頭をくしゃりと撫でる。
「バカ……誘ったのは俺だろ」
「そうだけど……。嬉しくて調子に乗っちゃったかなって」
「いい気晴らしになった」
 あくまでも自分のせいにするあいつにそう言うと、
「本当? よかった」
と本当に嬉しそうに笑った。
 それは『花が咲いた』という表現がぴったりだと思うほど綺麗でどこか暖かくて……。
「じゃあ、学校始まってから植物園に誘ってもいい? あそこなら暖かいよ」
「そうだな……行く」
「やったー!」
 子供のような歓声を上げるとあいつは俺から離れて二、三歩前に出た。
「年賀状にも書いたけど葉月くん、今年もよろしくね。勉強もだけど、今年も一緒にあちこちデー……あ、遊びに行こうね!」
「ああ……」
 訂正しなくてもいいのにと思いながら、頷いてあいつの横に立つ。
「俺……送るから」
とあいつの戦利品に手をかける。
「でも、迎えに来てもらった上に送ってもらうなんて……」
「迎えに行ったんだから送るのも当たり前だろ」
「ありがとう! おみくじは今イチだったけどいい年になりそうな気がする♪」
 すまなそうな表情を浮かべていたあいつはもう楽しそうに笑っている。
 ころころと変わる豊かな表情に本当に目が離せない……。俺には全くないものだと思い知るのと同時に羨望や嫉妬といったものとは全然別の感情が湧き上がる。今までだと違うと切り捨てていたのが、共感といっていいのか自然とあいつの感情が俺の心に入ってくる。
 あいつが持っているものが全く羨ましくないというと嘘になる。でも、あいつはそれを惜しげもなく、そしてさりげなく俺に与えてくれていた。それはいつの間にか俺の中で……。

 いつの間にかといえば、あいつの家でおせちと雑煮を食べていたのは何故だろう……。
 家に帰っても暖かかったのは何故だろう……?

Fin

後書き
タイトルが例によって例のごとく……で申し訳ないです。葉月くん最速ゲット(違う)記念に、前に書いた小説の設定より少々好感度を上げてあります。友好から好きに変わる辺りかな。それにしても早く仲良くなるといろいろと幸せで……(笑)。台詞一つでもそれぞれの状態で細かく設定されているので、まだまだ飽きそうにありません。小説にももっと反映できたらいいのですが、葉月くんの口調は本当に難しい……。

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