Country road

「レンスターへの援軍はデルムッドに任せようと思う」

 心臓が一度大きく跳ねた。そして頭が真っ白になった。身体中が脈打ってるみたいで、自分の鼓動しか聞こえない。
(俺が……?)
 呑み込んだ言葉が汗となって背中を伝い始めた。その冷たさが、一瞬で全身を凍り付かせた。
「……デルムッド?」
 結構な間があったようで、セリス様が怪訝な表情を浮かべていた。咄嗟に顔を隠すように髪をかきあげ、いつもの顔に戻す。
「すみません! 責任重大だなあって思って。でも、俺を行かせて下さってありがとうございます。俺……頑張ります!!」
 大袈裟なくらい深く腰を折って、その場から逃げ出した。
「あ、デルムッド! 出発は明日の朝だよ!?」
「わかってます! 準備がありますから!!」
 背後から溜め息や失笑が追い掛けてきたけど、もうどうでもよかった。

*****

 とりあえず誰もいないところへ行きたかったけど、勝手の知らぬ城内では土台無理な話だった。誰かに出会す度に進行方向を変えて、やっと落ち着ける場所に辿り着いた時には夕方になろうとしていた。
 悪趣味なほど華美な客間を抜けて露台に出た。夕日が海を鮮やかに染めていた。
「明日は……晴れるな」
 言葉とは裏腹な感情が声に出ていて愕然とした。認めたくはなかった感情。必死に押し込めようとしている時点で抱え込んでいるのに今更ながら気付く。

「不満そうな口調だな」
 心臓が止まるかと思った。本当ならすぐに振り返らないといけないのに、身動きが取れない。足音は容赦なく近付いて来る。
(落ち着け、落ち着け……)
 必死で言い聞かせて、髪を掻き揚げる。城中歩き回ってたせいですっかり乱れていた。前髪を上げると、勢いよく振り返る。
「あれ、アレス様、こんなところにどうしたんですか? もう夕食でしょ?」
 気取られるわけにはいかない。いつも通りにすればいい。そうすれば、いつものように呆れるはず。明るく、軽く……。
「それはこっちの台詞だ。こんなところでなにをしている?」
「えっと……」
 精一杯の虚勢を真正面で受け止められて、どうしたらいいかわからなくなる。いつもならいくらでも言い繕えるのに、言葉が出ない。
「俺が代わってやろうか?」

 アレス様は俺の返事を待たず、露台の反対側に向かう。そして手摺に凭れ掛かって俺を見据えた。陰になっていて表情は見えない。だけど笑われてる気はした。
「武者震いってことにしてやってもいいがな」
「え……?」
 俺は手摺に知らぬ内に手摺にしがみついていることに気付いた。腕も足もがくがくで、立っていられなくなりその場にへたり込んでしまった。
 今度こそ呆れたのだろう、アレス様は身を返した。夕日に背を向け、辺りを見渡している。俺が見ようともしなかった方向を。
「アレス様……」
「家族が心配だって言ってなかったか? もう諦めたんだな」
「諦めてません!」
 思わず立ち上がった。
「そんなに怖気付いているのに?」
「戦いが怖いんじゃありません!」
「じゃあ、何が怖いんだ?」
「それは……」
 口籠ってしまった俺の目の前にアレス様の顔があった。いつの間にか露台の反対側に進んでしまっていた。アレス様は楽しそうに笑うと、再び視線を東の方向に落とした。
「あの辺りか……?」
 俺はアレス様に倣って、東の方向に目を凝らす。まだ見えるほど近くはないようだ。
「ずっと、心だけでも飛んで行きたいと思っていました。でも……いざ行けるとなると身が竦んでしまって……」
「……」
「確かに怖いです。家族は俺のこと忘れてるんじゃないかって……。でも、役に立てるならまだいいんです。俺は自分で思ってた以上に何もできない……」
「少なくともお前は俺を揺さぶったんだがな」
「え?」
「いい思い出なんかないはずなんだ、あそこには……。だが、お前が信じているなら行ってみてもいいと思った」
 こちらに顔を向けずに、どこか拗ねた表情でアレス様は続けた。
「だから代わってやってもいいぞ。俺は期待なんてしていないからな」
「アレス様……」
 突き放した態度も挑発めいた言葉もアレス様なりの気遣いだったのだ。言いようのない温かいものが心に染みていく。従兄弟として歓迎されていないと思っていたから尚更だ。

 俺は目を閉じると大きく息を吐き出した。
「やっぱり俺が行きます」
「そうか……」
 決意を込めてアレス様を見ると、アレス様はそれを受け止めてくれた。
「アルスター城にはブルームがいます。どうしてもミストルティンが必要です」
「……まあな」
 溜め息を吐きながら答えているが、どこか残念そうだ。やはりアレス様にも何かが待っているのだ。それは希望か絶望か――行ってみないとわからないし、できることなら希望を手渡したい。
「じゃあ、しっかりやるんだな」
 いきなり肩をぽんと叩かれた。そして擦れ違い様に、
「……頼む」
と微かな声を残してアレス様は部屋へと入って行った。追い掛けようとしたけど、今は駄目だと思ってその場に止まった。

 もう一度、今度は自分で見付けなければ――故国への道を。

Fin

後書き
「きょうだい」の続編っぽいお話です。聖戦ではデルムッドだけレンスターに派遣することは無謀ですし(笑)、トラ7ではリーフ達は西の教会に逃げるなんてできないし、デルムッドはナンナと一緒にいたことがあるのかとか色々と辻褄は合いませんが、うちではこんな感じで進めようかと思っています。

ひとことどうぞ。

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