青色吐息


 一体いつまで続くのか…。どこに行けば解放されるのか…。
 
 深い森の中、一人の騎士が十数人の山賊に囲まれていた。光り輝く槍を手に瞬く間に数人が倒れる。それでも多勢に無勢。敵の攻撃は休む間もなく続く。紙一重で躱すものの、限界があった。
「フィン、後ろ!」
 その声に反応したのは敵の方だった。あっという間にその声の方に殺到する。フィンは背後の敵を槍でなぎ払い、慌てて二人を隠していた場所へ向かう。そこでフィンの目に飛び込んで来たものは、追っ手に囲まれながらも怯むことなく母の形見の剣を構える少年と少年の背後で癒しの杖を握りしめる少女だった。その姿にフィンにとって大切な人のイメージが次々と重なる。
(今はそんな場合じゃない)
そのイメージを振り払うかのように、フィンは馬から降り、包囲網に飛び込んだ。剣に持ち替え、山賊達の前に立ち塞がった。そして子供達に声をかける。
「少し下がっていてください」
 敵が二人を攻撃できないように気を配りながら、敵の数を減らしていく。しかし、完全に戦闘に集中できないフィンの隙をついて少年に刃が向けられた。少年の剣の腕は未熟で、少女を庇いながら攻撃をかわすのが精一杯である。
「リーフ様!」
少年の元に駆け寄ろうとしてフィンは斬り付けられた。それを無視し、少年を攻撃していた敵を斬り捨てる。その後は無我夢中で山賊を全滅させた。敵の存在が完全に消えたことを確認し、
「リーフ様、ナンナ、お怪我は…」
と問いかけた後、その場に崩れ落ちた。

 トラキア地方東部にあるフィアナ村―そこはリーフ達にとって終わりの地であり、始まりの地でもあった。この村はもともとは山賊の根城であるが故に帝国やトラキア王国の支配とは無縁の地だった。それは旅の剣士エーヴェルによって山賊が平定された後も変わらなかった。トラキアの中心部から遠く離れていたこと、帝国と国境争いするほどの重要性がなかったからである。それは帝国から見ても同じことで、フィアナ村を含め、周辺の村はどちらの陣営にも属さない独立村だった。
 エーヴェルがフィアナ村の領主として迎えられ、フィアナ義勇軍を結成し、近隣の村をも守るようになったため、山賊や海賊の被害はなくならないものの(足を洗う者も多かったが)、この辺りはトラキア半島では珍しい平和な地域となった。

 ある朝、フィアナ村の入口に村人が集まっていた。村人の視線の先には少年と少女、そして馬。馬上には意識を失った騎士が乗せられている。村人達の視線にさらされ、少年と少女は固まっていた。そこへ報告を受けたエーヴェルが駆け付けた。エーヴェルの姿を見た少女は我に返り、彼女にすがりついて、
「父をお救いください」
と懇願した。エーヴェルは馬上の騎士の傷がただならぬことを察し、
「彼を私の家に運んで!」
と側にいる青年に命じた。エーヴェルは少女を安心させるように声をかけた。
「もう大丈夫よ」
「助けてくれたらこれをやる」
 少年はエーヴェルを睨み付けながら、剣を差し出した。装飾だけでなく剣全体に気品がある。エーヴェルはなぜかその剣に懐かしさを覚えた。
「リーフ様、それは大切なお母様の形見ではありませんか。それなら私のを…」
と少女も腰の剣を差し出そうとする。それも少年の剣に劣らず名剣である。この剣にも見覚えがある。エーヴェルの頭がズキンと痛んだ。
(この子達は一体?)
「フィンが助かるのなら構わない。これをやるから、ナンナはいい」
と二人が競って剣を差し出すのを制し、エーヴェルは言った。
「大切なものなんでしょう?そしてあの騎士も…。もしただがお嫌なら後で少し働いていただきますわ。それでよろしいかしら?」
その言葉とエーヴェルの微笑みでやっと少年は安心したようだった。
「フィンのことどうか助けてほしい…」
「お願いします!」
 自分を見つめる少年と少女の姿に二人よりもっと幼い子供達の姿が重なる―。頭をガンと殴られたような痛みを感じながら、エーヴェルは二人を自分の家に案内した。
 
 エーヴェルの家ではフィンの手当てが始まっていた。傷は相当深いものであったが、応急処置のよさとライブの杖の力でかろうじて生命の危機から救われていた。
「見事なものね…。それにあなたはライブが使えるのね」
応急処置をした少年と命の炎を繋ぎ止めた少女を見つめながらエーヴェルは感心した。不安そうに様子を見ていた二人の目が輝いた。
「では、お父様は助かるのですね。ありがとうございます!」
「僕からも礼を言う。…ありがとう」
子供達は初めて笑った。そのはにかんだ笑顔を見てエーヴェルはこの三人が相当の苦労を重ねていると感じ、無性に彼等の力になりたいと思った。
「ううっ…。リーフ様!ナンナ!」
 意識を取り戻したフィンが飛び起きた。苦痛に顔を歪める。
「フィン、大丈夫か!」
「お父様…」
「二人ともご無事でよかった…」
飛びついてきた二人を抱き締めたところでフィンは初めて今の状況に気付いた。
「助けていただき感謝の言葉もありません」
と言いながら、エーヴェルと視線が合った。
「あ、あなたは!」
フィンは思い掛けない再会に戸惑った。さらに彼女の醸し出す雰囲気に違和感を感じていた。エーヴェルもフィンの表情に、
(もしかして私のこと知っているの?…私も…知っているような気がする)
と思ったが、知りたいという気持ちより知ることへの恐怖が勝った。頭痛に耐えながらエーヴェルは内心の葛藤を隠すかのように口を開いた。
「私はこのフィアナ村の領主でエーヴェルと申します。いろいろとお聞きしたいこともありますが、今日のところはゆっくりとお休みになってください」
フィンはエーヴェルの口調に戸惑いながら、
(他人の空似か…。いや、見間違える訳はない。何か事情がお有りなのだ)
と思い、口に出かかっていた名前を飲み込んだ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。私はフィンと申します。子供達の名はリーフにナンナです」
「リーフ様とナンナ様ですね。ではお二人ともご心配なのはわかりますが、あちらでお食事でもいかがですか。フィン様は静かに寝かせてあげましょうね」
リーフとナンナは素直にエーヴェルの後をついて部屋を出た。残されたフィンは横になり窓から空を見上げた。
「まさかこんなところで…」

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