きた年

「…旨かった」
「ありがとうございます」
 箸を置いて席を立ったアレスの背に向かって深々と頭を下げるデルムッド。扉を開けて部屋を出ようとしたアレスはふと足を止め、振り返った。
「ずっと何か忘れてると思ってたんだが…」
「は?」
「…雑煮だ」
「ぞ…ぞうに?」
「正月は雑煮だ」
「正月はぞうに…ですか?」
 初めて聞く言葉にデルムッドはおうむ返ししかできない。その反応に業を煮やしたアレスは、
「雑煮は雑煮だ。明日とは言わんが三ヶ日中には何とかしろ」
と言い放ち、今度こそ部屋を出ようとした。
「はあ…」
 しかし、途方に暮れるデルムッドを不憫に思ったのか、扉を閉める前にこう言った。
「彼女ならお前にもわかるように説明してくれるだろ」
「は?」

 ばたん。

 問答無用とばかりに閉ざされた扉をしばらく呆然と眺めていたが、我を取り戻したデルムッドは、
「とにかく…聞きに行くか…」
そう呟くと、心なしか軽い足取りでアグスティを後にした。

 二日後…。
 テーブルについたアレスとリーンの前に黒い椀が置かれた。
「…これでよろしいでしょうか?アレス様」
緊張気味のデルムッドは少し掠れた声で問いかけた。アレスはそれに応えて椀の蓋を取る。
「ああ…これが雑煮だ」
「え〜っ!これってぜんざいじゃないの?」
 アレスの返答にほっとしたのも束の間、リーンの言葉に心臓が飛び出しそうになる。
「リーンは雑煮を知ってるのか?」
「うん。エッダでコープルに作ってもらったの。お餅なんて食べたことないからびっくりしたけど美味しかったわ♪あ、でもお雑煮は家ごとにいろんな種類があるってコープルが言ってたっけ。ハンニバル家のお雑煮は丸餅におすましなんだって。そうそう、前のトラキア王家のお雑煮にはあん餅が入ってるって…」
 元旦にエッダで舞を奉納してきたリーンの説明的な台詞もデルムッドにはちんぷんかんぷんである。アレスも話の半分も理解していないようであったが、
「それならこれも雑煮でいいんだろ?子供の頃レンスターで正月にこれを食べたからな」
と箸を手に取った。
「そうだね。レンスターのお雑煮なのかもね。そういえばエッダでもぜんざい出たのよ。すごく美味しそうだったんだけど、衣装が入らなくなりそうだったから我慢してたの。だから…いただきま〜す!」
 リーンも嬉しそうに口に運ぶ。
「おいし〜い♪」
「旨い」
二人同時の反応にそれまで話題について来れなかったデルムッドもやっと会話に加わることができた。
「あ…ありがとうございます!」
「ねえねえ、これアレスが昔食べてたのと同じ?」
「ああ」
「じゃあ、これをうちのお雑煮にしましょうよ。デルムッド、私にも作り方教えてちょうだいね」
 アレスが頷く前にデルムッドの方を向くリーン。
「え…あ、はい」
「そうだ…お餅もつかなくっちゃ。ねえ、杵と臼ノディオンにあるのかしら?」
「ええ。トラキアから送ってもらったそうで」
「じゃあ、アレス、餅つき大会しましょ♪きっと楽しいわ」
「そうだな。俺もついてみたいしな」
リーンとアレスの期待のこもった視線がデルムッドに注がれる。
「…わかりました。直ちに手配します」
 半ば呆れながらデルムッドは使命を果たそうと退出しようとした。
「アレス様、ありがとうございました」
「何を言ってるんだ、あいつは…」
深々と頭を下げて部屋を出たデルムッドを怪訝な表情で見送るアレス。
「照れなくったっていいじゃない。素直じゃないんだから」
 リーンはからかうようにアレスの顔を覗き込む。アレスは一瞬顔を赤らめるとすぐに背けた。
「な…何のことだ?」
「デルムッドは新婚なのにず〜っとアグスティに詰めてたからノディオンに帰してあげたかったんでしょ?私には隠さなくてもいいじゃない」
「うっ…」
 まさに図星ですと言わんがばかりのアレスの反応にリーンは勝ち誇ったような笑顔を見せる。
「何だかんだいってもデルムッドが心配なんだよね♪」
「た…ただ俺は…雑煮が食いたかっただけだ」
「本当に?」
「確かにあいつの奥方は怒らせるととんでもないことになりそうだし…それに…俺もリーンが出かけてたから…」
 しどろもどろなアレスの言葉であったが、リーンはこれまで以上の笑顔でアレスに抱き着いた。
「アレス…嬉しい…♪」

 数日後、アグスティでは盛大に餅つき大会が行われた。その時の国王夫妻のはしゃぎっぷりが話題となり、アグストリアでも餅を食べることが流行ったという。そして米の輸出国新トラキア王国はますます潤ったとか…。

Fin

後書き(?)
だからここは何処…(^^;)その2(笑)
デルムッドの奥さん、結局登場しませんでした。その代わりリーンが大活躍(違…)。それにしてもトラキア半島って一体…(って私の妄想なのですが^^;)。それはさておき、今年もよろしくお願いいたします。

戻りましょうか… ゆく年へ行ってみる