新恐竜伝説(金子隆一、早川書房 620円)

 恐竜について何らかのイメージを持っている人は多いだろうが、それを「定義しろ」と言われてできる人はかなり少ないだろう。なにしろ、日本を代表する辞書「広辞苑」ですら、恐竜の「イメージ」を記述しており、正式な定義を載せていなかったというのだから。(もっとも、これは後日訂正されたそうだが。)恐竜とは「直立歩行するは虫類」を指す言葉で、翼竜やクビナガ竜は恐竜には含まれない。この簡単なフレーズを知るだけでも、我々の恐竜を見る目は変わってくるだろう。

 科学についての本を読む楽しさは、普段見過ごしてきたイメージに、このようにはっきりとした輪郭が与えられる部分である。恐竜の定義だけではない。恐竜の指の数が種の変遷の重要な要素であったり、骨格から筋肉を、筋肉から恐竜の動きを推察する例などは、とかく漫然と骨格標本を見るだけの我々に、パースペクティブを与えてくれる。恐竜の熱戦略について書かれた部分を読めば、生きた恐竜をより具体的に想像するこもできるだろう。パースペクティブがあれば、想像力はより大きく羽ばたくことができる。その行く先は、一直線に科学する心へとつながっているのだ。

 本書で圧倒されたのは、恐竜の分類に関する部分だ。さまざまな人間が推理を繰り広げ、論争を繰り広げながら、失われた真実を求めている。これを群盲象をなでるがごとき、徒労と見る向きもあろう。だが、この議論の活発さこそ、現在の恐竜学が新たな発見を元に再編されてつつある証拠だあろう。
 その活発さは、そのまま進化を促す生存競争に重なる。それに勝ち残ったものだけが、その世界で支配的な地位に携わることができるのだろう。生物だけではなく、科学もそうした、学説の死屍累々の上に築き挙げられているのである。
 本書は、恐竜だけでなく、さまざまな学説を紹介し恐竜学についてもパースペクティブを与えてくれる。恐竜の進化の過程だけでなく、恐竜学がこれからどのように進化していくかを夢想するのも読者の楽しみの一つであろう。
(97/08/13)


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