映画興行師(前田幸恒、徳間書店 1957円)

 映画館主としてこれまでに11の映画館で、3000本の映画を手がけてきた筆者の半生を聞き取りしてまとめた。映画というとその作品や周辺の文化などが語られる場合がもっぱらだが、この本は「興行」という視点から映画の魅力に触れられる内容となっている。
 映画館は「在庫」のおけない商売だ。時間と空間を売っているともいえるだろう。一度売り逃してしまえば、その上映時間のそのシートを観客で埋めることは不可能だ。だから興行師は知恵をこらして、一人でも多くのお客に劇場に足を運んでもらうように工夫する。興行師は役者のようなもので、映画の内容に合わせて、映画の動員になりそうな自衛隊から共産党まで幅広くつきあうようでなくては−と、語る前田さんの言葉は、「この映画を誰が見たら喜ぶか」という映画製作の基本の姿勢にも通じるものがある。
 印象的なのは、「カクテル」を上映する時にバーテンダー協会の推薦を取り付けて劇場でカクテルを作ってもらうなど、映画を売るためにさまざまな仕掛けをこらすことだ。カクテルは「トム・クルーズのプロモーション映画」と、皮肉っぽく言われるぐらい中身のない映画なのだが、前田さんは一切そういう評価をしない。もちろん、自身の映画の評価というのはしっかり持っているとは思う。でも映画の「小売業」のプロとしては、傑作だろうが駄作だろうが、どうして売れば多くの人が楽しんでもらえるか、ということの方が重要なのだろう。だから、この本を読んでいると、駄作とは分かっていても「カクテル」を見ようかなという気持ちにさせられる。興行について話している前田さんは、それほど楽しげに見える。
 観客動員数は減る中で、外資系のシネコンが劇場数の増加やビデオ、CS・BSの普及など、映画は今流通革命の時期を迎えている。「映画というのは、こっちからこういう見方をしてくださいと理屈など前置きをするものではない」あるいは「映画という素材でその土地に合った料理をつくるのが、興行師の仕事」。前田さんがこれまで信じてきた信念は、そのまま「顧客ニーズをいかにつかむか」という流通業の基本に尽きると思う。
 こうした顧客主義の考えが、日本の映画会社にどこまであるのか?過渡期の中、前田さんの言葉は興行師という一部分だけにとどまらないものを多く含んでいるように思う。
(97/03/30)


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