傷だらけの天使

 探偵・木田満はやせ我慢をする奴だ。借金を抱え、寒さをこらえ、それでもなんとか生きている。でも、それだけでは辛いから、相棒の石井久を巻き込むことになる。そして、やせ我慢につきあわされる久は「言うこととやってることが違うんだから」と、ぼやくはめになる。
 冒頭、2人がガス欠の車を置き去りにして、夕暮れの道を歩くシーン。そこで交わされる言葉の端々から、そんな2人の間柄が伝わってくる。そして、この道は、青森まで続く旅にそのままつながっているのを我々観客はやがて知るのだった。
 
 満はひょんなことから、死んだヤクザの息子「蛍」を東北にいる母親の下まで送り届けるはめになる。そして、最初は同行しないと言っていた久も、文句をいいながら結局愛車「ジョニー」で駆けつけてくる。みちのくプロレスに飛び入り参加したり、子供の受け取りを拒否する母親や祖母と喧嘩をしたり、と一筋縄ではいかない旅であったが、満は本当の表情はサングラスの下に隠したつもりになって(本当は怒ったり、笑ったり、泣いたりしてるのがすぐ分かるのだが)、ひょうひょうとふるまっている。

 ついに金がなくなり、サラ金店で喧嘩をして青森市内を逃げる満。コートを落としても寒いとも言わないで町の中を走り抜ける。旅先で何度か出会っている英子と再会するものの、持ち前の気性ゆえにか、「金を貸してくれ」なんて言わない。道路ごしに「東京へいったらまた一杯やろう」と、大きな声で呼びかけるだけ。英子が楽しそうに「大バカモノー」と応えるのは、彼女も何度目かの出会いで彼のやせ我慢ぶりがどうしょうもないことが分かったから、特に救いの手はさしのべずにさっさと別れたのだろう。それから、床屋の髪形のモデルをやっていたことが蛍にばれた時のセリフも、言い訳というにはあまりに突っ張っている言葉で、やはりやせ我慢としか言いようがないものがある。

 そんなやせ我慢の最たるものは、やや前後するが、レールバスの駅で蛍と別れる瞬間だろう。満は蛍の父親の死をずっと隠し通してきた。勘のいい蛍はうすうす勘づいていたようにも見られ、別れ際にその死について満に問いただす。だが、満はその問いには答えない。彼の顔は、本当のことを告げたがっているように見えるが、口から出てきた言葉は「お前、あったかいなあ」という、蛍の父が最後に残した言葉だけ。蛍の額に自分の額を近づけて、満はこの言葉だけを告げて去る。
 そこには、「事実を知らないのはかわいそうだ」というセンチメンタルな気分を押さえ込むやせ我慢に加え、「10年後になったら一緒に酒を飲もう」と誓い合った蛍なら、きっとこの言葉だけで分かってくれるのではないかという満のある種の甘えを見てとるのは強引だろうか。

 満は何故、やせ我慢するのだろう。それは彼が探偵だからだ、といってもあまりピントは外れていないのではないか?探偵というのは、職業ではなく生き方だ、と言ったのは誰だったか。おそらく満は探偵の生き方の実践方法として、やせ我慢を選びとっているような気がする。そう、やせ我慢とは彼の言葉に言いかえるときっと「ハードボイルド」のことに違いない。

 満はサヨナラも言わずに久と我々観客の前から姿を消した。それも、ハードボイルドを追い求める満が選びとったことなのだ。やせ我慢する奴なんだから、何があっても応援や助けを求めるわけがないのはこの旅を見つめてきた我々が一番よく分かっているはずだ。
(97/05/08) 


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