カスミ伝、カスミ伝S(唐沢なをき、アスキー 640円・780円)

 漫画にも文法がある。それは手塚治虫に代表される作家たちが、戦後マンガの黎明の中で試行錯誤を繰り替えしながら確立したものだ。その中でもコマの持つ機能は、物語の入れ物としてのマンガの性能を大きく決定する重要な要素だ。
 手塚治虫は、そのコマを非常に自由に使った。そのストーリテーリングの上手さ故に、手塚治虫はよりリアルな劇画を産むに至る道のりを準備し、それと同時にコマを自由に使うギャグマンガの手法
後世に影響を残した。マンガ家とり・みき氏のいうところの「ギャグマンガ家としての手塚治虫」ということである。そして、とり・みき氏とともに、マンガの文法からの逸脱に積極的に取り組んでいるマンガ家が、この本の唐沢なをき氏である。
 カスミ伝は1987年から89年に、カスミ伝Sは95年から96年にかけて連載されているが、この約8年を経て描かれた2作を比較すると、ギャグの質が普通のネタ的なギャグより文法からの逸脱(メタ・マンガ)に傾いてきていることがよく分かる。そして、ギャグマンガ家として地位が安定してきた「S」の方が、はるかに貪欲にさまざまな約束事をまな板の上に乗せている。個人的には合作マンガ(さまざまな編集者に書かせた絵を組み合わせる)は、作者が描いていないという意味でも画期的なギャグ「マンガ」だと思う。
 絵についても8年の間に変化があった。線がフラットになり、以前の絵に残っていたある種の生なましさが消えた。こうしてよりキャラクターが記号化されたことにより、メタ・マンガへの傾斜は進行しのではないか。唐沢氏は、もともと「あまりキャラクターに思い入れはない」と話しており、その点で完全な記号となったキャラクターの方がギャグマンガを進行させる上で扱いやすくなったのではないだろうか。先に挙げた合作マンガもそうした感覚があればこその成果といえるだろう。
 唐沢氏のマンガは、メタ・マンガも手がけながら物語へのこだわりを捨てていないとり氏と対照的だ。むしろ、唐沢氏はどんな料理(物語)も乗せられない、風変わりな器をつくろうとしているのではないかとさえ思える時がある。そういう意味でカスミ伝とカスミ伝Sを見れば、おそらくそうした自分の資質を自覚、発展させていく過程を追うことができる記念碑的な作品といえるだろう。

追伸:ギャグマンガの解説でもこんな文章しか描けねえのか。情けない俺。


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