HOME(内田春菊、ぶんか社 880円)

 痴漢にあったことがある。就職1年目、決して混んでいるとは言えない東海道線の車両の中で男性から尻をもまれたのだ。その時僕は、自分に何が起きているかよくわからなかった。そして、尻を触られているというのが分かっても、それが痴漢であることを理解するまでしばらく時間がかかった。今改めてあの時の戸惑いの源を突き詰めて考えてみると、結局男は自分が「性」の対象として見られることに慣れていないということに思い当たる。
 内田春菊はその個性的な半生や独特の職歴などが話題になってきた作者だ。しかし、彼女の作品を2、3読んだだけでも、彼女はそうしたある種のスキャンダル的なアプローチしかしてこない「世間」というものにはっきりNOと言っていることがよくわかる。それは女性を「性」の対象として見るというポジションに安住している「男」に対するNOで、それを無批判に受け入れている「女」への「NO」だ。家族などをテーマとした異色作が多い今回のアンソロジーでもはっきりとその姿勢は貫かれている。
 双子の女の子の家族がでてくる「ふう子とみちるのパパもふたご」は、一見ほのぼの4コマの体裁をとっているが、その「パパ」の描き方にも作者の明確な姿勢は感じられる。ふう子とみちるのパパは婦人雑誌の編集長で、非常に家庭的な一面を持っている。隣の愚かな女子大学生の本質をはっきりと見抜く力もある。こうした理想的な男性像を持つえられる一方で、自分自身が双子で兄弟と似たように育てられたために、みちるを男の子のように育て、姉妹を似せないことに執着するという側面も持っている。パパも男として抑圧者側に加担することは避けられないのだ。
 何も内田春菊の作品が男性の無神経な世界観を告発している、と言いたいわけではない。作者はただ、この男女のどうしょううもないメカニズムを、誰もがその中に抱えていることを冷静に突きつけている。作者の示した真実の姿をどこまで直視できるかどうか、読者の姿勢が問われているのだ。
(97/01/31)


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