エビータ

 貧しい家庭に私生児として生まれたエビータは、自分の美貌と野心を武器にのし上がっていくが、ガンのため33歳の短い生涯を終える。アルゼンチンの現代史に大きな存在感を残した女性の一生をマドンナが熱演した。マドンナはこれまでに数本の映画に出演しているが、主演としては初めて名実ともに成果を残したといえるだろう。
 オリジナルはアンドリュー・ロイド・ウエーバー作曲、ティム・ライス作詩のミュージカル。全編が歌で展開するこのミュージカルに奥行きを与えるという意味で、エビータとイメージの重なるマドンナをキャスティングしたことがこの映画を成功させた。マドンナとエビータに共通するのは、毀誉褒貶の中自分の思う道を貫く姿。マドンナを得たことで、エビータの矛盾する2重のイメージ(労働者の味方と演説しながら、豪華な生活をしていた)をセリフや歌に頼らず、役者の個性そのものでリアリティを持たせることに成功した。
 この映画はまた、「階段」の映画であったようにも思える。階段はそのまま社会的に成功していこうとするエビータの人生そのものの比喩であり、さまざまな男性はいわば踊り場のようなものだ。この階段は最終的には、大統領官邸の2階バルコニーに続いているのだ。
 階段がまず印象的な働きをするのは、最初の愛人マカルディの自宅に訪れたシーンだ。エビータは、彼の家族のいる家に入ることができず、一人寂しく階段を降りていく。彼女の最初の挫折だ。しかし、さまざまなパトロンを取り替えるうようになった彼女は、今度は2階の階段の手すりから、去っていく男性人を見下ろすようになる。成功の象徴であるバルコニーのシーンはこの発展型だと言えそうだ。
 映画はエビータ以外にアントニオ・バンデラス演じるさまざまな庶民の姿「チェ」と、演技派ジョナサン・プライス扮する大統領ホアン・ペロンが重要人物として登場する。ジョナサン・プライスは確かな演技で、政治家とエビータを愛する男という2面を演じきって、映画に歴史劇の重みを加えた。
 バンデラス演じる「チェ」は舞台版ではゲリラの「チェ・ゲバラ」になっているが、映画では無名性の強いキャラクターにしたことで、民衆からの視点を映画に与えることになった。プライスが歴史劇の重みを与えたとするなら、バンデラスのキャラクターは歴史という視点を提供することで、エビータ像をより立体的に構成することに成功している。
 バンデラスとマドンナには、無意識の中での一瞬の出会いが用意されている。「ワルツ・フォー・エヴァ・アンド・チェ」を歌いながら進行するこのシーンは歴史と個人のふれあう一瞬だ。映画は多かれ少なかれ寓話性を帯びているが、このシーンがあるために映画「エビータ」は一つの寓話として完結したといえるだろう。そのシーンには「私が死んだら私や世界はどうなるのか」という誰もが抱えている死への想いが含まれており、それ故にエビータ個人の物語から抜け出して、普遍性を獲得することになった。永遠の歴史と有限の生が向かい合う一瞬は、切なく甘美で、ロイド・ウエーバーの音楽がそれを華麗に飾っっていた。(97/02/16)


映画印象派 RN/HP