1997年11月上旬


<11月1日>
 ◇ というわけで、31日からの組立作業で、帰宅したのは昼前。掃除、洗濯をしつつ今日はリフレッシュの日と決めて「皇帝」をかけながら、つらつらと読書。夕方から書店に出かけて買い出し。それとPG。

 ○ 今日はあまり買うつもりはなかったがマストアイテムが多くて、まるでダイエットのあとのリバウンドのような世界である。「新宿鮫Y 氷舞」(大沢在昌、光文社 848円)、「東京大学物語 20」(江川達也、小学館 486円)、「無限の住人 7」(沙村広明、講談社 505円)、「一緒に遭難したい人 1」(西村しのぶ、主婦と生活社 743円)、「脂肪という名の服を着て」(安野モヨコ、主婦と生活社 980円)。それと「クイックジャパン16」

 △ 「一緒に遭難……」は西村ファンにはマストアイテム。やはり西村作品の魅力は「女の心意気」だな。主人公の彼氏が身長170センチというのは心強いぞ。←それと比べても低いくせに。
「脂肪と言う名……」は、安野モヨコのダークサイドを見るようなドラマ。ボクは安野キャラクターの造形のポイントは「いかに絵として描かれているか」ではないかと疑っているので、今回の作品はそんな妄想の恰好の素材となりそう。

 ☆ 先日、某週刊誌で「巣鴨が今若者に人気」というネタが小さく掲載されていたが、住んでいるとあまり実感はないんだよなあ。でも、商店街を歩いていたら男子高校生らしい3人組がいて、「こういうところにコンビニとかあわないよな」と、いかにも巣鴨にはじめてきました的な発言をしていた。うーん、彼らはやはり雑誌かなんかを見てきたのだろうか。

 □ 日本代表が韓国に勝利。よかったなあ川口。

<11月2日>
 ◇ 映画「Lie lie Lie」を見る。面白かった。中原監督はこれまでと違う演出スタイルを作り出そうとしているではないだろうか? と思った。以前より不安定なアングルが多様されていて、それが作品のムードにマッチしていた。主役の3人がよかったのに加えて、本田博太郎がコメディーリリーフ的に大活躍。ちょっとヨーロッパ的な味わいがある映画だった。映画印象派を久々に更新。
 暫定的にアップするので、目次とのリンクとかはまだやってません。10月分の日記を収録するときなどにまとめて整備しますんで……。

 ○ 「東京日和」を見ようかと思ったら大混雑、ということでいつも通り本屋を「こらしめ」にいく((C)一緒に遭難したい人)。ところが、これがまた買わなければならない本が多くて逆に「こらしめられる」結果に。先月の二の舞だけは避けたいが。
 「ブルー・ワールド 3」(星野宣之、講談社 830円)、「孤独のグルメ」(久住昌之・谷口ジロー、扶桑社 1200円)、「ジョジョの奇妙な冒険 55」(荒木飛呂彦、集英社 410円)、「10秒のプラネタリウム」(白山宣之、マガジンハウス 1000円)、「青春マンガ列伝」(夏目房之介、マガジンハウス 1500円)、「真夜中の弥次さん喜多さん 2」(しりあがり寿、マガジンハウス 950円)。雑誌は「コミッカーズ」と「WIRED」。CDは「サニーデイサービス」(サニーデイサービス)と「ファンタズマ」(コーネリアス)。

 「コミッカーズ」連載の高寺氏の意見については基本的に賛成なんだが、当然異論もあるので、明日以降にこの日記で書くつもり。下品がそんなにいけないこととも思わないんだけど。

 ◇ 劇場では「ラブ&ポップ」の予告編が。庵野作品らしいカメラワークではありました。デジカメの効果もグー。あとはどんな文法で人物を描写しているかだけだなあ。不安は残るが。   

<11月3日>
 ◇ おくればせながら「ザ・エージェント」をビデオで見る。よかったのは、トム・クルーズとアメフト選手だけかな。脚本、演出はダメダメの部類。もっとも、この評価には邦題「ザ・エージェント」にミスリードされた部分も多分にあるとは思うのだ。「ジェリー・マクグワイアー」という主人公の名前のタイトルであれば、ヒットしたかどうかは別として、もう少し違った気分で見たことだろう。

 ○ 昨日書こうと思って書かなかったコミッカーズの高寺氏の連載についての感想を書く。
 以前も書いたけれど、基本的に無自覚に他人の絵をコピーすることで絵をつくっているようなマンガが問題であるという姿勢にボクは共感する。が、そういう人・その人の絵にも一定のニーズがある、というのは否定できない事実だと思う。
 それに通じることだが「上品/下品」についても少々。ボクは「下品」であることがそれほど悪いとは思わない。それがその人の世界観なのだから、「好き」か「嫌い」かという判断はできても「ダメ」とはいえないだろう。同様に「下品」をほめるのは「映画が分かっていない」という論法についても違和感を禁じ得ない。「上品」はいいことであるし、今そういう作品が少ないこと、そういう作品を目指すべきというところまでは大賛成である。が、同時に「下品」を否定してもいけないと思うのだ。

<11月4日>
 ◇ 先週末の疲れが、連休を通り越して今日にまで持ち越された感じ。夕方から中途半端に眠くて疲れた。

 ○ 「タイタンの妖女」を読了。なんと言えばいいのだろうか? 運命についての小説?偶然についての小説?あるいは奇妙なラブストーリー? とても面白かった。ボクなりの泣きのツボも押さえられていたしね。ジャンル分けというのはそもそも無意味なのだが、人に聞かれたら「SF的な味わいのある文学作品」という説明をするのが一番シンプルな説明かも。ちなみに「治療塔」と「治療塔惑星」は、大江健三郎がいつものテーマを未来世界に置き換えて展開した小説、というふうになるかな。こちらにはSFとか純文学ということばはあってもなくてもいいだろう。
 氏の作品でいうなら、どっちかという「同時代ゲーム」のほうがSFというかファンタジーというか「超・現実的」ニュアンスは強いと思う。かつて「「治療塔」にはSF的ガジェットは多いが、SFのあの感じはないのだ」という指摘を読んだことがある。「あの感じ」というのがファンでないボクには知るよしもないが、おそらく「同時代ゲーム」にはその感じがあるのではないだろうか。
 とはいうものの「同時代ゲーム」なんて読んだの10年前だからなあ。再読しないと何も語れないのが実際のところだ。
 それにしても、暴走したデイダラボッチって「壊す人」だと思いません?<分かってくれる人はいないって。

 △ 帰宅して柳美里の「タイル」を読む。

<11月5日>
 ◇ 先月末締めの伝票類をザザザザと仕上げながら、こなすべきいくつかの仕事をこなす。やっと疲れもとれた感じ。中途半端に時間があまって、忙しいのかヒマなのか分からない一日。

 ○ 「日経エンタテインメント!12月号」だんだん内容が苦しくなるような気がするのは、ボクがテレビについてあまり興味がないからだろうか。制作スタッフのいい部分しか紹介しないので、批評性が薄くてつまらない。なんというか、アニメ誌から番組紹介を引いて、 舞台をテレビ・音楽業界にすればこうなるのかなあ。いや、アニメ誌の方がスタッフの製作姿勢については取材してるかも。「面白いマンガはここにある」もチト薄すぎ。もっともこれは、現在のマンガ状況の反映ということも大きいと思うが……。
 結局、日経エンタで唯一面白いのは「最新ショウビズレポート」だけかな。雑誌の中では、キネ旬報の大高氏の連載と似たようなポジションを占めているかもしれない。が、エンタが本来提供すべきニュースはこの連載にあるような内容であるべきでは。もしかすると単にボクが読者としてズレてるだけかも知れないが……。

 ◇ 「別冊宝島349 空想美少女読本」(宝島社 857円)を購入。別冊宝島も地に墜ちたものだな……。これじゃあ「同人誌」(同好の士があつまって愛を語り合うだけの本という狭い意味で使用)だよ。これはライターを責めるのは酷というもので、企画そのものが間違っていたとしかいいようがない。まあ、妄想度120%の座談会は薄いGON!みたいでそう思えば笑えないことはないが、所詮それだけ。
 読んでいて脱力感だけが勝る内容だった。こんなのは同人誌とか個人ホームページでやればいいのだ。

 △ というわけで追憶モード入りつつ、懐かしの女性キャラの話なぞを少々。
 やはり、原点的すり込みキャラでは一番に挙げざるを得ないのはメーテルかなあ。個人的には「さよなら…」のメーテルが好きで、先日新作999の予告を見たときも、「さよなら…」での鉄郎との再会シーンが出てきた時はなかなかくるものがあった。ああ、青春の日々は遠いのお。これが中学のころか。
 当然そこのろにはマクロスとかうる星とか、女性キャラが気になる作品も多々あったが、思い出してみると と て も 恥ずかしくて書けません。やれやれ。若さ故の過ちというか、取り返しのつかないこととか、ねえ>初台方面の同級生
 で、高校時代といえば「風と木の詩」のパトリシアというのははずせない。うーん彼女には幸せになってほしかったのだがのう。遠い目。 
 その後、何かにはまったかなあ。記憶を辿ると次はセラムンがくるんだけど。高校時代までだったら明らかに水野亜美ことセーラーマーキュリーにはまっていたはずなんだが、このときに琴線に触れたのはセーラームーンこと月野うさぎだったんだよなあ。このへんの差が、成長といえるのかもしれない<ウソ。ハマッた理由は単純で三石琴乃さんの芝居がよかったから。高い声でギャーギャーいってたかと思うと、すっと低くなってシリアスな芝居を展開するそのギャップがよかった。アニメってそういう楽しさがあるものだし、セラムンはまるで70年代後半から80年代、90年代のアニメの歴史をなぞるように成長していったアニメだと思う。だから、オールドファンの俺も楽しめたわけだ。ちなみに作画は初期の少女漫画っぽい方が好きだな。

 そうそう、一つだけ別冊宝島に賛成するところがある。野原みさえ(クレしん)は俺も好きだ。ところで、クレしんの「嵐を呼ぶ園児」とかいうタイトルはいつからなくなったのだろうか?

<11月6日>
 ◇ 今日は比較的時間のあった一日。得てしてこういう日に限って何もやらなかったりするものだったりするが。あらためて鶴見俊輔の「限界芸術」を読み直し始める。頭が悪いので2回ぐらい読まないと自分で理解できないのは、困りものである。「限界芸術」は薄目の文庫本だからいいけれど、厚い本になるとねえ。夜はちらちらと「新宿鮫 Y」を読む。
 ところで、ヒロイン晶が好きな人の意見を聞いてみたい? ボクはどうも苦手なんですけど……。

 ○ そういえば日記に書き忘れたが、今週月曜日(3日)は吉祥寺に出かけた。吉野屋のある駅前のたたずまいを見て、どこかで見た風景だなあと思ったら、「孤独のグルメ」の中の1シーンだった。確か「牛丼って感じでもないけれど……」といいつつ、主人公は近くの回転寿司に入るのだ。で、歩いていくと本当に(当たり前だが)回転寿司がある。しかも作中にも登場するトロのサービスタイムであったのか、多くの人が行列を作っていた。
 今回は、回転寿司には入らなかったのだが、いつか入ってみようと思って吉祥寺を後にした。

 しかし、外食していると「孤独のグルメ」ごっことかしたくなりますね。「うーん、○○って気分じゃないなあ」とか「そう、この懐かしい味だ」とか「○○と○○が重なってしまったな」とか。
 あまりにマイナーなネタかも。

<11月7日・金>
 ◇ めずらしく時間に余裕のある金曜日。というわけで、原宿へそそくさと出かける。たまたま、ある方からいただいたメールに、これまたたまたま名前を知っていた太郎千恵蔵氏の展覧会が始まるということが書いてあったので、「それなら俺も覗いてみるか」と出かけてみる。丁度、ある現代美術に詳しい方に「アートというジャンルの情報の圧縮度は高い」と、説明されたこともあって興味があったのだ。

 ボクは学生時代に合唱をやっていたのだが、自分に音感がないことが分かって、そこで音楽についてどういうスタンスをとったかというと、「音楽史をいろいろ調べる」という方向へいったのだ。正直いってこれは失敗だったと思っている。
 美術に関しても「美術史」にかなり関心を持っていた時期もあるのだが、幸い「現代美術」まではよく分からなかった。そこでこれを機会に雑誌を読んだりして、ちょっと情報を遮断しつつ、作品優先でいろいろ覗くことができればなあ、と思っている。

 太郎氏の作品は面白かった。「ROBOT LOVE」というタイトルからして、メカメカしいものを想像していたがそういう感じではなかった。なんというか、強いて言うなら有機ロボットというイメージだろうか。ロボット系では、幼女の服に台車がついていて動き回るという悪夢のような作品とか、6足歩行するシカ?とかもあったけれど、その一方で手塚キャラをモチーフにした絵もあった。「crime」はハム・エッグだったけれど、「sleeping woman」はムーピーのタマミ(だっけかなあ?)ではないだろうか。これは想像だけど。ブラウン管に映るウインクをローファイな写真で撮影した「one night heven」なんて作品もあった。
 ウサギの下半身がリンゴになってる作品が、培養槽のような水槽に入っているいかにもなものもあったけれど、こちらは一応理系なので、ああいうブラブラしているコードがもっとリアルだったらいいのになあと思った程度。ただ、そうすると「アート」にはならないのかも。いや、ほんとうに門外漢なんだけどね。

 ○ 原宿で一杯やって帰宅。なんだか飲み足りずに、山本直樹とか柳美里を読みながら墜落睡眠。

<11月8日・土>
 ◇ 午後から広尾で仕事。国立競技場の前を通ると、周囲にはサポーターばかり。いやーよかったなあ中山&川口。仕事は準備不足がたたって、冷や汗をかきながらの仕事だったのだけれど、まあ無事に終わる。早めの夕食の後、新宿で一杯。それから巣鴨に戻って一杯。酒ばかりである。昨日小耳に挟んだ極秘情報(ウソ)について、口止めのメールが。それからPG。

 ○ けっこう美形は好きだ。美少年もオッケーなのだけれど、「女になって一晩過ごすなら誰がいい」という質問には答えようがない。今日もたまたま、自分が女だとしてSMAPの中で誰と付き合いたい?と聞かれて、それにはまあそれなりの答えは出せたのだ。でも、自分が男でも女でも一晩過ごすなら、となると、絶句してしまう。しかし、「攻めとして」とか聞くなよなあ。>質問者
 試しに、Kinnkiの片割れでシュミレートしてみたが、やはり琴線には触れなかったなあ。←そんなことするなって。
 でも、kinnkiでショタ心はそそられてる人いるだろうなあ。それともあれじゃあ年齢が上すぎるのかなあ。
 
 △ 池谷の浮気・離婚騒動について一言。あれは愚者・池谷の作戦マケであって、たまたまああいう少なくとも悪さ?をしたことと離婚は直結していないのではないかと思う。少なくとも浮気の発覚以降、離婚に至らないシナリオをつくるチャンスはあったと思うのだけれどね。まあ、池谷は愚者愚者ということなんでしょう。一人の愚かさを男全体の愚かさに敷衍されるのは結構迷惑だ。というわけで、気を付けるように>奥さんが出産のため実家にかえっている後輩

<11月9日・日>
 ◇ 寝て起きて、仕事?のために地下鉄・都営三田線で水道橋へ。しばらく前の大阪出張に続いて、東京ドームで「K−1」を見る。佐竹は予想通りフグに秒殺されてしまい、決勝はフグとホーストで、判定でホーストの勝ち。準々決勝はKOが多かったが、それ以降は判定ばかり。試合内容は決して悪いとは思わなかったが(といっても素人の意見だ)、個人的にはもう少しKOがみたかった気もするが……。
 試合後、新宿まで出かけてメシ。一杯やって店外に出ると該当のモニターで、K−1のテレビ放送を見ている人が結構大勢いた。やっぱりあの分かりやすさが人気があるんだろうか。

 そういえば会場のモニターで会場に来た有名人を写していたが、レオナルド・ディカプリオも姿を見せていた。とりあえず双眼鏡でその姿を視認、「左前方に生レオ確認」と口に出してみたりして(ウソ)。

 ○ メシの後はカラオケ。久々にJOYSOUNDだったが、かつてよりだいぶアニカラが充実してビックリ。とはいうもののアニカラ方面はあまり攻めず(Gガンの後期OPぐらいかな)井上陽水奥田民生を3曲歌ったり、安室浪江(←ウソ・変換ミス)の曲にも挑戦してみたり……。それから、久々に無意味に(な)B’zなぞも歌ってみて、高校生の落書きみたいな歌詞を堪能した。

 △ そんな合間を縫って「カール・セーガン科学と悪霊を語る」(カール・セーガン・青木薫訳、新潮社 2300円)を150ページほど読む。分かりやすく読みやすい。学問の世界もこれほど科学的思考が通用する世界であれば、いいのであるがなあ。ともあれ、理科系出身としては科学的な思考方法が普及していくことを切に願う。とはいうものの大槻教授が増えても困るのだが……。
 しかし、催眠術で過去を思い出すことが同書で触れられているように不正確なら、「記憶を消す子供たち」だったかな、で虐待を催眠で思い出すエピソードがあったと思うが、あれはあまり信用できないことになるなあ……。
 それからPG。  

<11月10日・月>
 ◇ 10日は雑誌の日なので定期購読しているアニメ誌2冊と「創」、「噂の真相」を購入。アニメージュで深夜アニメ急増の背景を追った緊急レポートは読み応えがあった。専門誌だから当然だ、という感じもするが、日経エンタあたりでも特集になりそう広がりのある話題ではあると思う。でも、エンタでやると、アニメは今が旬的な文脈で記事化するから、中小スタジオの再編なんて話題は出てこないだろうしなあ。それと、プレゼントで紹介されていた「ねじ式」少年のゼンマイ人形にノックアウト。ほ、欲しい。

 ○ ジブリのページでも確認していたが、ジブリの次回作は高畑勲監督作品、とここまでは折り込み済み。噂の真相によると「おじゃまんが」(原作いしいひさいち)ということだが、原作?も未読なので、ジブリのページを読んでも、伏せ字を埋めることができなかった。はてさて正解は?しかし、いしいひさいちのキャラをCGでペインティングする、という可能性とその意味はあるのか?疑問符だらけ。

 ☆ 夜は仕事の本を読みつつ、武満徹なぞに挑戦。しかし、漠然と聞いていると何度聞いてもどこが曲の切れ目か分からないのお。それにしても、現代音楽(といっても武満しか持っていないが)は、音楽(曲)を聞くというより、演奏を聞くという感じになるなあ。
 もしかすると、これもアートの圧縮の話と同じことかも知れない。つまり、分かりやすい旋律というのは、聞いている人に時間を実感させやすくする装置として働いているのだ。音楽はもともと時間の芸術なわけだが(4分33秒、なんてのは象徴的だ)、現代音楽はその時間を無化する方向に進行していると考えると面白いかも。音階もなくなり、時間も「音」に含まれるわずかなものだけになると、音楽は分節された音の連続になる。これは、一枚の絵とコマ割されたマンガの関係に対応するだろう。
 ああ、現代音楽なんて知らないのに、妄想を書いてしまった。
 
 △ ある方にページを見たと好意的に言われる。うれしいものである。 


もっと過去

偽名日記へ

RN/HP

もう少し未来