1997年8月中旬

<8月11日>
 ◇ 午前10時に旅館をチェックアウト。バスで駅まで移動し、そこから特急で東京へ向かう。キオスクで、なんと「”コーチ”のサバカレー」を販売しているのを発見。実家への手みやげとして購入する。
 これは、ドラマ「コーチ」で登場したカレー風味のサバ缶のアイデアをいただいた商品だが、どうやら軸足はサバではなくてカレーの方になっているようだ。どちらにしろ、あのドラマは両親が楽しんでいたので、まあ話の種にはなるだろう。

 車中では熟睡。昼食は、銀座でカレー。6年ぶりに訪ねたそのカレー店は、味や店の雰囲気は全く変わっていなかったものの、大旦那が昔より確実に年寄りになっていて、少々痛々しい感じもした。もっとも、店は息子らしきひとがメーンで切り盛りしているようなので、その点では安心はするのだが。
 その後、映画「ウォレスとグルミット 危機一髪!」を」見る。いい。全国のアニメファンは見るべし。なんといっても、ワンダバのシーンと後半のバイクとトラックのアクションは最高だ!!とても楽しい思いをして劇場を後にする。こういう幸せな気分になれる映画はいいなあ。
 同時上映作品もなかなか凝っている作品(クレイアニメ)ばかり。特に、シエークスピアが登場して、一人芝居をする作品は、実写と見まごう表情のリアルさ、アニメならではの仕掛け(場面転換)のおもしろさ、どこをとっても一級品であった。これだけでも入場料分の価値はあるだろう。

 映画を見た後は、ビアホールで一杯。軽く飲むつもりが、クルミの入ったミートローフのうまさについつい杯を重ねてしまった。ここも、ジンジャーエールはウイルキンソンだった。食事後は、そのまま新幹線に乗って一路静岡へ帰省する。車中ではアルコールが回ってきて熟睡。気がつくと、新幹線は静岡駅に停車する瞬間だった。

 ○ 在来線に乗り換えて帰宅。家では、父とサラダをつまみながらまたもやビールなぞ。酒を飲みながら、最近購入したというビデオプロジェクターでLDの「ID4」を見る。やはり、バカ映画だ。でも、それだけに酔っぱらいの脳味噌にはちょうどいい。 

<8月12日>
 ◇ 日中はひたすら読書。午前中に「現代文学理論」をある程度まで読み進めた後は、夏休み気分を味わうために小説へシフト。「3001年 終局への旅」を読み始めて、午後一杯をかけて読了する。なんつーか、過大な期待を持たないで読めばいいんじゃないでしょうか。俺的には「2010年」で「宇宙の旅シリーズ」は完結していて、あとの2作は蛇足(駄作?)というか番外編的なものだと勝手に思っているのだった。とはいうものの、本文中に「パトリック・スチュワート」「レナード・ニモイ」なんて、宇宙心をくすぐる単語が登場したときには瞬間的に燃えたけれどね。

 BGMは「イングリッシュ・ペイシェント」と「シャイン」のサントラ。

 □ 映画「シャイン」の主人公であるピアニスト デヴィッド・ヘルフゴットの小品集があったので聞いてみるが、えらくつまらない曲ばかりで「なんじゃこりゃ?」と驚く。曲の雰囲気でいうなら、メリハリのないポール・モーリアというか、センスの悪い(叙情的になりすぎた)大江光といったところ。こんな作曲したのは誰だと思って、ケースを見て2度びっくり。なんと、新興宗教「ワールドメイト」の深見東州が作曲者だった。ついでにCDの製作も、ワールドメイト系のたちばな出版。

 もっとも、CDの方のライナーノートにはワールドメイトの「ワ」の字も書いていない。現在は武蔵野音大特修科・声楽専攻にも在籍しているとか、クラシックバレエ(41才から始めたそうだ)、指揮者(ロンドンのホールで指揮者デビュー)なんて音楽・芸術関係の華々しい(笑い)業績が中心に書かれている。
 とはいうものの丁寧に読んでみると、作曲は35才から始めたとのこと。35才というと、ワールドメイトを立ち上げた時期とぴったり重なるはずで、この時期になにか心中に期するところでもあったのか。あるいは、教祖は作曲をするとやはり何かメリットがあるのだろうか。あの、目の不自由な教祖もシンガーソングライターとして活躍していたしなあ・・・。

 映画を見ると、ヘルフゴットの現在の奥さんは占星術師なので(彼との結婚も占星術で決定したように描かれていた)、ニューエイジっぽい新興宗教とは親和性が高いのかもしれない。

 ところで、手元に資料がなくて分からなかったのだけれど、この深見東州氏と「コスモメイト」の深見青山氏って同一人物でよかったのでしたっけ? 「夏目そうしき」「フランソワーズ・ヒガン」って名乗って、爆笑コスプレ系霊界本を出版していたのは、東州氏だったと思ったけれど・・・。

 ○ 夜はワインを飲んでさっさと自滅。夏エヴァのCDをエンドレスでかけながら、ぐっすりと眠りこけるのだった。 

<8月13日>
 ◇ 早朝に目が覚めて、とりあえず前日の日記の更新。午前中は、噂真をつらつらと読んだり、ちくま新書「虚構の時代の果て」を読み始めたりする。昼前に、お坊さんが登場して読経。今年はお経の書かれた冊子を渡され、読経に合わせて唱和させられた。漢文の脇に振られた声の高低を示すアンチョコ(?)を見ながら読むと、なんとなくお経のリズムが分かってくる。やはり、どこかでグレゴリオ聖歌に通じる部分を感じないでもない。勢いづいて適当に読んでいたら、2度ほどフライングをして、お坊さんより先に声を出してしまった。まあ、それもよいか。

 午後は父が購入した、ビデオプロジェクターで映画「遙かなる大地」を見る。やはり大画面で見るクライマックスのオクラホマ・ランのシーンはすごくいい。ここ2年ほどはトム・クルーズってけっこう個人的にひいきにしているので、彼を見ているだけで楽しかったりする。競演はトム妻こと(?)ニコール・キッドマン。改めて見て、すげえ背の高い女優であると感じるのだった。
 何が傑作とは言えないけれど、何だか好きな映画。その一因は、フォロンティアにいくことで主要人物が精神的に回復するっていう結構安直な部分にあるのかもしれない。それに、けっこうよく見ると少女漫画のテイストがあるので、そこも僕と周波数があう部分だろう。

 夜は庭でバーベキュー(?)とでもいうのか<ホットプレートに肉と野菜を乗せて焼いた・・・。教員であるところの父が、部活動(野球部)の思い出などを披露。初めて聞く話題だったので興味を持って聞く。

 ○今日のBGMは、実は初めて聞いたグレン・グールドのバッハ。機械的に正確ではあるが、軽いタッチで冷たくない不思議なピアノ。もっとも、モーツァルトのピアノ・ソナタはものすごく早弾きで、びっくりしたけどね。

 ☆ 地元に帰ってきて、ああ地元だなあと思うのはやはり地元紙を読む瞬間である(マジ)。特に朝刊のコラムを読むときにそう感じるかもしれない(ウソ)。それにしても、この地元紙のホームページに社会系の話題が少ないように感じるのは気のせいか? 

 △ やはり、深見青山と深見東州は同一人物であった。きっと、コスモメイト時代に脱税騒動があったので、その後に改名したのかもしれない。

<8月14日>
 ◇ 午後8時ごろから、小学校時代の同級生2人と一杯やる。毎年、年末かお盆に顔を合わせているメンバーだが、今回は1週間早く帰省していたもう一人の同級生とは行き違いで会えなかった。彼は今回は婚約者とともに帰省していたというので、まずは彼の結婚を祝して乾杯。また、東京で婚約者と一緒に食事をしなくてはならないなあ。12時過ぎまで飲んだ後は、カラオケへ。このメンバーだとやっぱりアニカラなんだよなあ。なつかしのアニメの主題歌(個人(ぴょん太)を誹謗中傷する替え歌あり・笑い・)をぞろぞろと歌って、午前4時ごろ解散した。

 □ 「さよならダイノサウルス」(ロバート・J・ソウヤー、早川書房 621円)、「戦争を演じた神々たち」(大原まり子、アスペクト)を読了。「さよならダイノサウルス」は、恐竜SF・時間SF・侵略者SFという3つのガジェットがしっかりと組み合わさった作品で、なかなか面白かった。個人的にはもっとハリウッド映画調というか、駄菓子っぽい内容でもよかったのだけれど、けっこう地味な作品ではあった。一方「戦争を演じた神々たち」は、想像力溢れる物語の入れ物としての「SF」作品とでもいうべきだろうか。その奇想は非常に魅力的で、なかでも最後の一編「戦争の起源」が印象に残った。
 ところで、「ワイドスクリーン・バロック」って何? どうやらSFの流儀(?)らしいんだが・・・門外漢にはよく分からないのだった。
 日中のBGMはバッハ。

 ○ そういえば、「カルト資本主義」には教員である父親が批判している(笑い)「教育技術法則化運動」の代表者である向山洋一氏も、EM菌を使った教育を行っていることから登場していた。分かりやすく言うと、僕の「敵」(笑い)と父の「敵」(笑い)は、一連の人脈でつながっていたわけだ。

<8月15日>
 ◇ 浜松工が、これぞ浜工という試合展開で報徳学園を下し、3回戦出場を決めた。浜松工業打線がこれほどに爆発したのは、甲子園では初めて。このまま打線が波に乗っていけば、次も期待できるかも。

 ○ 起床して、朝食後にはさっさと荷物をまとめて実家を出発。午後3時前ぐらいに、東京へ到着した。とりあえず、いくつか必要な書籍を購入するために池袋へ。今日、購入した書籍は次の通り。

・著作権法の解説(千野直邦ほか、一橋出版 680円)
某掲示板での著作権についての意見交換(笑い)のための資料。
・地獄で笑ふ男(唐沢俊一編、二見書房 1300円)
編者おとくいの貸本マンガの復刻版。かつての「キッチュさを笑う」という姿勢がやや弱まったか?
・マンガゾンビ(宇田川岳夫、太田出版 800円)
これも埋もれたジャンクなマンガに光をあてようという試み。
・ターミナル・エヴァ 新世紀アニメの世紀末(永瀬唯編、水声社 1200円)
・エヴァンゲリオン限界心理分析(速水栄・サーフライダー21、ネスコ 1400円)
やはり買ってしまった。エヴァについては、近日中に総まとめしたいと夢想している。
・20年目のザンボット3(氷川竜介、太田出版 1900円)
資料価値は満点。特に、富野監督が他人の絵コンテに書き込んだ修正指示はものすごく勉強になった。やはりLDボックスを買わねば。
・密会 アムロとララァ(富野由悠季、角川書店 上下各200円)
今更ファースト・ガンダムであることはあえて問わない。キャラクターというのはこういう風に考えて造形するもんだぜ、と監督が言っているように思った。記号としてのオタクではない、実体をもったオタクっぽい少年としてアムロが描かれている。
・日本漫画家大全 石ノ森章太郎(双葉社 1000円)
手塚治虫崩御(といってもいいだろう)の時に発表された作品など自伝的作品を中心に収録。やはり石ノ森氏も天才だった、と読みながら思う。
 ・ドラゴンヘッド5(望月峯太郎、講談社 514円)
 ・ウは宇宙船のウ(萩尾望都、小学館 495円)

 △ 夕食を食べた後に、力つきて2時間ほど眠る。明日は午後からちょっとお仕事である。が、これほどゆったりと夏休みをとったのは、社会人になってから初めてだ。なんだかいろいろ書きたい気持もするのだが、今日はさっさと日記を終わりにしてしまおう。

 ☆ 敗戦記念日。ボーヴォワールが言ったそうである。「人おのおのは死にますが、人類は死ぬべきではないことをわれわれは知っています」。希望的観測にすぎないかもしれないが・・・。

<8月16日>
 ◇ 友人から、「某MLで著作権に端を発するゴタゴタがあったよ」と、聞いてその内容を概ね見せてもらった。やはり、人のケンカは面白い(笑い)。とはいうものの、攻める側も、守る側も切れ味が足りない、という感じは否めなかった。(まあ、僕も技巧者ではないけれど)

 Aさんが所有したテレビ番組を録画したビデオを、Bさんが貸してほしい(文脈では、ダビングもしてほしいといっているように解釈できるが、その後ダビングの話題は出てこないので、ここではあくまで借り貸しに話題を絞る)と申し出たことが発端。このBさんの発言に対して、「違法(と思われる)行為を平然とやってほしくない、不愉快だ」という意見が出たところ、Bさんが「私自身は不愉快とは思いませんが(^^;」「ひょっとしたらこういう話題になると思って冗談半分で流してみた」(要約)という、意見の交換と言うにはいささか挑戦的な態度で応じたことで、一挙にほかの発言者の血圧(笑い)があがるのだった。

 MLという一種のサークル的な雰囲気(?)からか、最初に問題を大きくした張本人Bさんを「ナメクジ野郎」(笑い)などとバリバリ攻撃する人がいないのが、まず残念である(ウソ・笑い)。
 個人的に不満なのは、「違法行為」であるという部分を詰める発言が手ぬるかったこと。私的コピーをどこまでの範囲で活用するかは、かなり解釈の分かれることの指摘がないのは、なんだかなーである。
録音物の私的利用の範囲に、知人に貸す、というのは含まれているのである。手元にある資料では、一応「個人的結合関係の深い4−10人ぐらいまで」という範囲が示されている。これを調べてあれば、すでに問題は半分ぐらい解決する。あとは、MLの参加者を「個人的関係が深い」と考えるかどうかである。

 そういう意味で、Bさんは自分を援護するための論理が薄弱なところで意見したのが作戦の失敗だった。また、反対意見にを言う人について、合理的な反論でなく、自分の立場を説明する種類の発言しかしていないのも弱い。突っ張るなら、ちゃんと理論武装すべきだろう。攻める側も、大半は、Bさんの発言態度にイライラしていただけで、「借り貸しは私的使用の範囲でない」なんて誤った意見に飛びついてしまうんだから、これはこれで困ったものである。

 建設的な意見としては、Bさんの発言に対して「そういう私的なことは直接メールを送り、ML上でやらないのが望ましい」という意見があった。ところが、Bさんは「ML上での話題を、ダイレクト・メールに切り替えるのは私の主義じゃない」という頭の悪い発言をしている。法律の解釈からいっても、個人的にメールをやりとりした方が、合法の要素は高まるはずのに・・・。
 まあ、挙げた拳をどこでおろすかの判断ができることが、大人の大人たるゆえんだと思うがなあ。

 ○ 以上、いろいろ考えてみたが、僕なりの解釈を一つ。ML上でメンバーがビデオの借り貸しをするのは、大筋で可能であると思う。MLは個人的つながりの深いサークル的要素が強いからというのがその判断の理由である。しかし、積極的に貸しますと呼びかけたりする行為はグレーゾーンかもしれないから、理想としては、そのビデオの話題が出たおりに、個人的にメールを送り互いに交渉するのが、流れとして望ましいのではないだろうか。
 また、映画ファンのMLが著作権の保護に対して敏感である(私的使用の範囲を狭く解釈する)場合、貸し借りについて厳しく対処するというのは正当だと思うが、そういう場合は、やはり参加者に周知しておくことがトラブルを減らす方法だろう。これが違うと思う方は、ご指摘ください。

 △ 知人から借りたクレイアニメ「ウォレスとグルミット」のビデオを見る。先日、劇場で見た作品は第3作にあたるので、今回は第1作と第2作を借りたのだ。すごい。第1作は小品という程度だが、第2作はなんと犯罪アクションである。きょーあくなペンギンがウォレスをだましてダイヤを盗ませる、そしてそのペンギンをとっつかまえるために体を張るグルミット! ダイヤを盗むシーンはまるでルパン三世かと思うほどの大胆かつ説得力ある計略だし、ラストの列車を使ったアクションはダイ・ハード並というか、あの緊張感と開放感は、宮崎駿の「名探偵ホームズ・青い紅玉」のクライマックスにも匹敵するゾ。みんなこれを見ろ。

 ところで、ウォレスとグルミットのヤオイ本ってあるのだろうか? (←外道な俺)

 ☆ 続いて、「クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望」を見る。これでレンタルするのは三度目である。やっぱり何度見ても面白い。はっきりいって「マクロスプラス」より好きだ。LD買おうかなあ。時代劇と思わせて実は時間SFというだけで十分恰好いいのに、歴史改変の時に、改変のタイミングがずれるのをメタ時間を使って説明するなんてすごすぎる。まあ、僕にとってのSF的おもしろさっていうのはこの程度なんだけどね。(SF初段程度か?)本格的なファンの人は怒らないように。それは別にしても、すばらしい殺陣をみるだけでも価値があるんだゾ。ああ、みんなこれも見ろ!
 それとPG×2。 

<8月17日>
 ◇ 朝、目が覚めたのでいきなりアニメ「機動戦士ガンダムV めぐりあい宇宙」をLDで鑑賞する。ひょっとすると(ひょっとしなくても)、これエヴァより面白いんちゃうか? と思ってしまう。大きな物語(世界)と小さな物語(個人)の距離感が微妙なために、ものすごくリアルな世界に感じられるし、演出もそういう作業をしっかりしている。なんと言っても、この物語には<他者>が存在していることが、大人の仕事を感じさせるのだった。

 □ 昨日、列車の中でパンツが見えそうな姿勢で腰掛けている女性がいた。どうやら酩酊している様子。こころなしか彼女の半径2メートルの範囲に、ピリピリとした雰囲気が溢れている。生活の中にある小さなエロチシズムという要素を別にして、列車の中にパンツが見えそうな女性がいることがなぜこれほどに人々の心を騒がすのだろうか?(←お前の心が騒いでいるだけよ、という突っ込みナシよ)

 おそらく我々は生活する上で、ある程度世界のルールを予測して行動しているのだ。多数の想定するルールは結局、暗黙の了解というその場のルールとなってその場を支配している。ホームレスの人とか電波系の人が、我々の心を騒がすのは、この暗黙の了解を無視した行動をとるからだ。<ここ>のルールで守られている世界が、彼らの登場でゆらぐのだ。
 このパンツが見えそうな女性も、「公共の場所では下着は見えないはず」という我々のルールを乱す(厳密にいうと乱しかけている)存在であると言えるのではないだろうか。
 おおげさな。

 ○ 「20年目のザンボット3」を読む。放送データだと「無敵超人ザンボット3」は、1977年秋からテレビ朝日系で放送されたとあるが、僕の記憶が確かなら静岡県では何故か1978年TBS系のSBSで放送された。ちょうどテレ朝系けんみんテレビ(当時)での「無敵鋼人ダイターン3」の放送と並行してオンエアされていた。僕も当時熱狂したファンと同様、あのリアルで暗い世界観に惹かれて友達と大騒ぎしながら見ていた。
 小学校6年の時にBGMとドラマが収録されたLPが発売になったので、さっそく購入した。そこに書かれていた監督のコメントには「この作品はSFでいうなら狂戦士(バーサーカー)ものともいうべき作品」「神ファミリーを特別な家族として描かないようにした」というくだりがあり、僕はかなり衝撃を受けた。
 一つは、自分の見ていたアニメが、別の文脈からも捉えられるという驚き。もう一つは、アニメの演出術というものに初めて触れた驚き、と言えると思う。振り返って考えると、それ以降から僕は似たような驚きを求めてアニメを見ているような気がする。そういう意味で、ザッンボット3は原点だったのだろう。

 △ だらだらとした一日。PG。 

<8月18日>
 ◇ なんというか、寝ても寝ても寝たりない。昨日からちょっとその傾向はあったのだが、それにしてもちょっとつらいので、早めに会社から帰ってきて、がっちり眠る。

 □ 浜松工は平安に敗退。しかし、いい試合だった。浜松工はやはり走塁ミスで同点のチャンスをつぶしたのが痛かったが、浜松工らしい野球を展開して負けたのだから、それはそれでしょうがないのだと思う。 

<8月19日>
 ◇ 会社の飲み会の後で、5年ぶりぐらいでボーリングに挑戦。当然ながらダメダメなスコアであった。なにしろ一桁の足し算しかないボーリングだからなあ。まあ、周囲のレベルも僕よりやや上手いという程度(130なら優勝ペース)だったので、別にどうということはなかったのだけれどね。もう一度ボーリングをやるのはいつのことであろうか。

 □ 最近は「知と愛」を読みつつ、「虚構の時代の果て」を読む毎日。「虚構の時代の果て」は春先に読み始めて7割ぐらいまで読んだところでストップしていた本。心を入れ替えて再挑戦し、半分ほどまで読み進めた。しかし、大して忙しくもないのに、昼夜が逆転する生活になってしまったことで、日記を書く時間がなくなっている。やれやれ

<8月20日>
 ◇ 昨日食べた焼き肉のためかなんだか胃がもたれている感じがする。とはいうものの夜は飲みに出かけてしまった。

 □ そういえば先日、某掲示板を覗いていたら、僕についての発言を発見。現実のうわさ話は、本人が耳にするケースは少ないけれど、掲示板であったらこういうこともあるのだなあ。これは2度目の経験だけれどやはりちょっと奇妙な感じはする。


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