雪待月

(前編)――妖花


月は朧 花は霞
乱々 狂々
濡羽珠(ぬばたま)の夜にむせかえる
色は桜 白に淡く(くれない)()
舞いて 舞いて (また) 舞いて
留むることを知らず
ただひたすらに
涙の如く花弁を散らす

◇◆◇◆◇


「散り終わらないらない桜、ですか」
オスカーが怪訝な顔で問い返した。
女王補佐官のディアは静かに頷く。
「ええ。その惑星はここ数年目覚しい発展を遂げています。
ところが、その開発で開拓されたある場所で、季節を問わず桜の木々が葉を芽吹くことなく花をつけ続け、そして散りつづけているというのです」
「……それで?」
クラヴィスが問う。
確かに異常な事態ではあるが聖地に報告されるからには、ただ桜が散らない、というだけではないのだろう。
「はじめは何事もなかったようです。ですが人々が定住し始め、数年経った頃、ある異常に気づき始めたのです」
それは、他の地域に比べて異常に低い、
―― 出生率

ディアは続けて、
はじめは電磁波、風土病などの影響を調べたが関連あると思われるデータは得られなかったこと、
その土地に住んだものも他の地域に移住すれば体に変調はないこと、
サクリアに関しては僅かに闇が不足しているがそれが著しい影響を及ぼすとは、これまでの例から考えづらいこと、
そしてその地にはかつてにも都があり、しかし原因不明の理由で ―― 出生率低下による離散、自然消滅が妥当だろうが ―― 再び開拓の手が入るまで荒れ野であったことなどを説明した。

「……なるほどな」
それでも、闇のサクリアの不足が関係しているのかもしれないという推測の元、聖地に報告があがったのだ。
そして、自分が呼ばれたわけか。
めんどうなことになった、とクラヴィスは思う。
―― 出向かぬわけには、行くまいな。難儀なことだ。
如何にも面倒くさいという顔をしているクラヴィスをみて、オスカーは聞こえぬようため息をつく。
一緒に呼ばれたということはこの件に関して同行せよということだろう。
―― しかし何故俺なのだ。この御仁を働かせるならよっぽどリュミエールのほうがよかろうに。
そんなことを考えている。
察したようにディアが言った。
「桜の木のあたりには、最近不穏な気配が立ち込めているとの報告もあります。 万が一に備えて、王立軍を同行してください。指揮を頼みましたよ、オスカー」

◇◆◇◆◇

こうして、彼らはその惑星に降り立った。
「これが、問題の桜ですか。しかしこうしてみると美しくはあれ、そんなに問題とも、いや ―― 」
オスカーが不穏な気配を感じ取り、ふと言葉をとめた。
今、本来ここは秋から冬への季節。
しかし、そこはなまあたたかい風が。
小春日和、というにはなにやら重くのしかかるような。

その時(ひょう)、と風が、通った。
乱々と狂々と。
霞か雲か。
散れど舞えど尽きることなくむせ返る淡紅(あわくれない)花弁(はなびら)
華に匂う()の無きが故に逆に息の詰まるようなその気配。
狂わんばかりの(あや)しさ、美しさ。
そして桜のふもとに女がひとり。
しろい、しろい、花嫁のような打掛姿(うちかけすがた)
―― いや、あれは。喪服、か?
クラヴィスが思ったそのとき。

にっこり。
禍々しいまでの紅い唇で弧を描き、女が(わら)った。


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